素直になるのよ! 2
屋敷の外に出て、庭園へと足を踏み入れる。
外の気温は低いが、日差しが出ているため、ほんのりあたたかく感じる。
わたしの数歩先をデューイが歩いている。
彼の広い背中を見ながら、わたしも庭園の中を進む。
ちらりと頭上を見上げ、談話室と思われる部屋の窓を確認する。
おばさまとお母さまが窓際に立てば、この庭園が見下ろせるはずだ。
するとちょうど、談話室の中に動く人影がふたつ見えた。
わたしは密かに胸を撫で下ろす。このままデューイと庭園を散歩していれば、そのうちわたしたちの姿も目に入るだろう。
ふと視線を前に戻すと、懐かしさを覚える。
(小さいころに戻ったみたい……)
今よりもまだ幼かったころ、デューイとよくこの庭園で一緒に遊んだ。
しばらく進んだあとで、わたしは口を開く。
「ねえ、久しぶりじゃない? ふたりで庭園を歩くのも」
素直に言葉が出る。
デューイがわずかに振り返り、
「あー……、まあ、そうだな……」
そっけない口調はいつもどおりだが、やや上の空なのは気のせいだろうか。
少し気にはなったが、普段王都で学院生活しているデューイがそばにいて、こうして話ができる。それだけでわたしはしあわせな気持ちになる。
少しだけ小走りをして、彼の隣に並ぶ。
「ねえ、学院での生活はどう? おばさまがデューイはとても優秀だって言ってたわ。この間の試験でも学年で一番だったって」
彼はわたしに合わせるように、少しだけ歩調をゆるめてくれる。
「俺なんてまだまだだ。みんな物知りで、学ぶことは多いから」
先を見据えるような瞳で答える。
いずれこのアイヴズ伯爵領を背負っていかなくてはいけない彼なりに、色々と考えることがあるのだろうと思えた。
と同時に、羨ましいと感じる。
「わたしも学院に通えたらいいのに……」
学院に通えるのは子息のみだとわかっていても、思わず言葉が漏れる。
(そうすれば離れることなく、一緒にいられるのに……)
「それよりも、お前……」
そう言われてわたしはふっと顔を上げる。デューイはなぜか緊張しているようにも見えた。
「……何?」
わたしは首を傾げる。何か言いたいことでもあるのだろうか。
少しばかりの沈黙のあとで、デューイは息を吐き出し、
「……いや、なんでもない」
と言って歩き出す。
わりとなんでもはっきりとした物言いをする彼にしては、めずらしいことだった。
どこかいつもと違う雰囲気に、わたしは不安に駆られる。
「ねえ、デューイ──」
そう口にした瞬間、頬に水滴が当たる感触がした。
空を見上げれば、さっきまでは日差しが出ていたのに、今はどんよりとした雲に覆われている。
ポツリポツリと雨粒が落ちてきて、またたく間に大粒の雨となる。
「──うわっ、すごい雨だな! エレナ、戻るぞ!」
デューイがわたしの手をつかんで、駆け出そうとする。
「で、でも──!」
わたしは一瞬ためらう。
散歩を始めて、まだ少ししか経っていない。
(デューイの態度も気になるし、それにこれじゃあ、お母さまたちの目に留まったかわからないわ──)
「いいから、早く! 濡れるぞ!」
大きな声を上げたデューイが勢いよくわたしの手を引っ張り、屋敷へと急ぐ。
さほど離れていないにもかかわらず、屋敷のエントランスホールにたどり着いたときには、わたしのドレスはぐっしょりと濡れていて重たくなっていた。
水滴が髪の毛を伝って、足元の絨毯にポタリポタリといくつもの染みを作る。
「デューイさまっ! エレナさまっ!」
マーリーンがタオルを手に慌てて駆けつけてくれる。
「すぐにお湯を沸かしますので、お部屋にまいりましょう」
と言って、マーリーンはわたしの頭や肩を手にしたタオルで拭きながら部屋へ促す。
わたしがためらっていると、
「早く部屋に行け。風邪引くぞ」
タオルで頭を拭きながら、デューイがわたしに視線を向けて言った。
「さあ早く、こちらへ」
マーリーンに急かされ、わたしは仕方なく、その場を離れるしかなかった。
その後、しばらくして雨は止んだ。
湯浴みを済ませ、ソファに座っていたわたしは恨めしげに空を見上げる。
まるで行く手を阻むような天気に、気持ちまで落ち込んだ。
その後、昼食の時間になり、気を取り直して昼食の席へと向かったが、そこにデューイは現れなかった。
「ちょっと急いで対応しなければいけない用ができたみたいで、すまないね」
おじさまが申し訳なさそうに詫びる。
昼食を終えたあとで、わたしは思い切ってマーリーンに声をかけた。
そうしてしばらくしたあとで、マーリーンと一緒に訪れたのはデューイの執務室だった。
「エレナ? 悪い、ちょっと手が離せなくて──」
執務机に座っているデューイが書類に目を通しながら言う。
わたしは彼に近づくと、執務机の上に持ってきたものを置いた。
「え?」
デューイが驚いて顔を上げる。
「……お昼まだでしょ。お腹空いてるんじゃないかと思って」
わたしが持ってきたのはサンドイッチだった。
しかし、コックが作ったというには不恰好で、わたしは徐々に恥ずかしくなる。
「……いらないなら、いいけど」
わたしの反応で察したのか、デューイは目を見開く。
「……もしかして、お前が作ったのか?」
わたしはそっぽを向いたまま、
「そうよ、最近は料理もやるようになったの」
本当は料理なんてほとんどやったことはない。
でも少しでもデューイのために何かできればと思って、マーリーンに相談したのだ。
しかし、当然ながら慣れていないせいで、サンドイッチの出来映えはあまりよいとは言えない。
微妙な沈黙が流れる。
沈黙が続く分だけ、わたしは勢いでしてしまったことを後悔し始める。
「……やっぱり、いらないわよね」
沈黙に耐えきれなくなり、そう言ってお皿を下げようする。
「いや、食べる」
デューイはさっとお皿を手に取ると、大きく口を開けてサンドイッチを頬張った。
しかし、次の瞬間──。
「──ごふっ!」
大きく目を見開き、口元を押さえる。
「えっ、ど、どうしたの⁉︎」
わたしは慌てて声をかける。
デューイは、わたしがサンドイッチと一緒に出した紅茶を一気に喉に流し込む。
ごくんと大きく喉を鳴らすと、
「──お前、これ、何入れたんだ⁉︎」
「え⁉︎」
(別に変なものを入れた覚えはないけど──!)
サンドイッチの具材は、デューイが好きなハムとサーモンの二種類を用意した。サーモンには、魚料理と相性のよい香草のメリエを刻んだものを混ぜたクリームチーズを添えた。我が家でもよく食べるクリーム状のソースだ。
すると、そばに控えていたマーリーンがさっと前に出て、
「失礼いたします」
と言って、お皿にあるサンドイッチを手にとる。
サンドイッチを挟むパンを広げ、中の具材をたしかめるようにじっと見つめる。
マーリーンはやや視線を伏せてから、ちらりとわたしに目を向け、
「……エレナさま、香草のメリエはどのくらい入れられましたか?」
「え、いつも我が家で食べているのと同じくらいの量を刻んで入れたと思うけど……」
そう言いながらもわたしは不安に駆られ、サンドイッチに手を伸ばし、一口食べる。
「──ぐ‼︎」
口にした途端、ひどい苦味が押し寄せ、咳き込みそうになる。
マーリーンに差し出されたコップに入った水を一気に飲み干す。
「……い、入れすぎたわ」
(あまり少ないと風味が出ないと思って、もう少し、もう少しと継ぎ足したのがいけなかったのね……。いえ、そもそも途中で味見をしながら進めるべきだったのよ。こんなことじゃデューイにますます呆れられるわ。空回りもいいところじゃない)
ギュッと拳を握りしめる。
すると、マーリーンがひどく申し訳なさそうに頭を下げる。
「私が少しその場を離れたばかりに、申し訳ありません……」
わたしは慌てて、
「マーリーンのせいじゃないわ。これくらいならひとりでもできると思って、進めてしまったのはわたしだもの」
デューイに向き直り、なんでもないふうに明るく笑うと、
「ごめんなさい、こんな味のものを食べさせてしまって。あとできちんとしたものをコックに作ってもらってちょうだい」
強引にお皿をつかむと、逃げるように部屋から飛び出す。
「──おい、エレナ!」
背後からデューイの呼び止める声が聞こえるが、わたしは立ち止まることなくそのまま走り去った。
その日の晩餐の席では、わたしは朝の庭園での散歩や昼間のサンドイッチの失敗は考えないようにして、何事もなかったかのように振る舞った。
むしろ、普段よりもしゃべりすぎたかもしれない。
ただ、いつもならわたしの失敗を面白おかしくつついてくるはずのデューイが、それらのことには触れずやけに静かで、それだけが気になった。
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