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まさかの婚約解消

 部屋に戻ったあと、わたしはマーリーンの手を借りてドレスを脱ぎ、寝支度を整えたものの、まだ眠る気にはなれなかった。


 ベッドの端に腰かけたまま、ガラス窓の向こう、夜空に浮かぶ月をぼんやりと眺める。


(久しぶりにデューイに会えたのに……。なんであんな態度しかできないのよ……)


 反省と後悔が絶え間なく押し寄せる。


 わたしの膝の上には、アイヴズ伯爵邸に来たときに持っていた手提げ袋がある。


 袋を開け、中から取り出したのは外装にスエード生地をあしらった四角い小箱。

 小箱の蓋の上部には、きれいに結われたリボンが付けられている。


 小箱の蓋をそっと開けると、そこには精巧な細工が施された銀色の蓋つきの懐中時計がおさまっている。


 デューイへの聖夜祭のプレゼントだ。


 自領にある衣装店や宝飾店、筆記用具店などを何日もかけてあちこち回り、ようやくこれだと思うものを見つけた。


 これまでいくどとなくデューイへのプレゼントを用意したが、結局どれも渡せていない。


 刺繍を刺したハンカチやネクタイ、デューイが好きそうな色の万年筆、あたたかそうな手袋にマフラー……。


 それらはすべて、わたしの部屋のキャビネットの奥にひっそりとしまわれている。


 わたしは指先を伸ばし、そっと懐中時計に触れる。


(今年こそ、渡せるかしら……)


 そして、この懐中時計を渡すときに、自分の素直な気持ちを伝えられたら──。


 そう決めているが、思いとは正反対の態度をとってしまう自分に不安しかない。


『もう少し愛想よくできないのか?』


 屋敷に到着した直後、会った早々デューイに言われた言葉を思い出す。


「きっと愛想のない婚約者なんて、わたしくらいよね……。わかってるわよ……、でもうまくできないんだもの」


 ぶつけようのない気持ちがぽつりと漏れる。


 デューイが王立学院に通うため王都へ行ってから、わたしは置いていかれる寂しさだけでなく、ある不安も感じていた。


 デューイ本人はまったく気づいていないようだったが、領内にいたときから彼に好意を寄せる令嬢は何人もいた。


 その令嬢たちに比べて、愛想のよさも素直さも、淑やかさも、わたしには何ひとつ勝てるところがないことは、十分すぎるほど自覚している。


 それなのに、さらに洗練されて愛想のよい令嬢がたくさんいる王都で長い間過ごしてしまえば、さすがのデューイだって、会えばケンカばかりするような愛想のないわたしが婚約者であることに疑問を抱き、我慢できなくなるかもしれない。


 わたしがデューイの隣にいられるのは、親友である父親同士が決めた婚約者だからにすぎないのだから──。


 聖夜祭だって、あと何回こうして一緒に迎えられるかわからない。もしもデューイに心から愛する人ができて婚約が白紙に戻ることでもあれば、これまでと同じというわけにはいかなくなるだろうから。


 この国では、聖夜祭の当日に金緑木(アウルム)の枝を赤いリボンでくくって束にしたものを、玄関や部屋のドアにぶら下げる風習がある。金緑木は冬になっても淡い金緑色の葉を絶やさないことから、昔から聖なる力が宿る木とされ、聖夜祭には欠かせない。


 そして、その金緑木の下でキスをすると、その愛は永遠に続くという言い伝えがある。


 貴族の令嬢も平民の娘も、この聖夜祭の時期になると相手がいるいないにかかわらず、永遠の愛を夢見てそわそわと落ち着かなくなるものだ。わたしもかつてはそうだった。しかし、今となってはきっと自分に起こることはないだろうと、夢見ることすら諦めてしまっている。


 わたしは、ふうと重苦しい息を吐き出す。


 喉の渇きを覚え、ベッド横の台に置かれたガラス製の水差しに手を伸ばすが、いつの間にか飲み干していたようで中身は空だった。


 ベルを鳴らせば夜番をしている使用人が来てくれるはずだが、手を煩わせるのもと思い、止めておく。


 ひんやりとする室内履きにそっと足を通す。

 立ち上がると、持ち歩き用の燭台のロウソクにマッチで火をつけ、それを片手に部屋を出た。


 昔からよく出入りしているため、邸内の配置は頭に入っている。


 迷うことなく厨房を目指し、廊下をしばらく進んだところで、ふと足を止める。


 廊下の先にある談話室からは明かりが漏れていた。


 漏れ聞こえてくるのは、聞き馴染みのある女性の声。


 おそらく、わたしのお母さまとアイヴスのおばさまが談笑しているのだろう。


 晩餐のあと、お父さまとおじさまはシガレットルームへ、お母さまとおばさまは談話室に行くのがお決まりだ。


(まだ話し込んでいたのね)


 わたしは口元をゆるめる。きっと話題が尽きないのだろう。


(まだ眠れそうもないし、少しだけお邪魔させてもらおうかしら)


 そう思いつき、談話室へと近づく。


 しかし、ふいに聞こえた言葉に足がぴたりと止まる。


「──エレナには困ってしまうわ」 

 お母さまの声だった。


「あら、それを言うならデューイだってそうよ」

 次いで、おばさまの声が聞こえる。


 わたしは無意識に耳を澄ませる。


「……ねえ、このままあの子たちの婚約を継続させるのは、無理があるかしら?」


 憂いを含むお母さまの言葉は、夜の閑散とした空気の中で一際大きく耳に響く。


 沈黙が続き、ややあってからおばさまが、

「……そうね、あんな状態だもの。お互いのためにも、婚約解消したほうがいいのかもしれないわね」


 わたしは、ヒュッと息を呑む。

 手にしている燭台がカタカタと小刻みに震える。


(婚約、解消……?)


 わたしが立ち聞きしているとは気づいていないお母さまたちは会話を続ける。


「ここに滞在させていただいている聖夜祭までの間、様子を見るのはどうかしら?」

 お母さまが提案するように言った。


「……そうね、それがいいかもしれないわね。ここが潮時だわ。来年にはエレナちゃんは社交デビューだし、デューイも学院を卒業するもの。そのあとは本格的に結婚の準備を始めなければいけないし、そうなればもう後戻りはできないわ。この数年間見守ったのだもの。五日後にある聖夜祭までに改善の兆しが見えなかったら、お互いのためにも……」

 おばさまが険しい声音で答える。


 わたしはドクドクと鳴る胸を押さえながら、きびすを返す。


 急いで部屋に戻ると、力が抜けたように床にぺたりと座り込む。


「婚約、解消……? 嘘よ……」



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