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ケンカばかりのふたり 1

 五日後に聖夜祭(サトゥ・ノクス)を迎えることになるその日。


 もう間もなく日が暮れ始めるころ、広大な敷地に建つ(おもむき)のあるカントリーハウスの前で、わたしと両親を乗せた馬車がゆるやかに停車した。


「やあ、いらっしゃい。待っていたよ」


 馬車を降りると、このアイヴズ伯爵領を治めるアイヴズ伯爵のおじさまと伯爵夫人のおばさまが笑顔で出迎えてくれる。


「やあ、今年もご招待ありがとう」


 ハーシェル伯爵であるわたしのお父さまが満面の笑みで声をかけ、アイヴスのおじさまと軽く抱擁を交わし、互いの友情を確かめ合う。


 ふたりは王都で王宮勤めをしているので、それぞれの領地に戻る一か月ほど前までは頻繁に顔を合わせていたはずだった。にもかかわらず久しぶりに感じるのだから、その友情の深さは相当なものだ。


 お父さまたちの横では、同じく友情を築いているお母さまとおばさまが手を取り合い、こちらも会えたことをよろこび合っている。


 わたしのハーシェル伯爵領とこのアイヴズ伯爵領は隣領になり、それぞれのカントリーハウスも領地の境に近い場所にあることから、お互いのカントリーハウスまでは馬車で半日ほどあれば着く。そのため、お母さまとおばさまはわりと頻繁にお互いの屋敷を行き来しており、その際自分たちの子どもであるわたしたちもよく一緒に連れて行っていた。


 わたしもデューイもひとりっ子だったこともあり、本当のきょうだいのように育った。遊ぶのも、いたずらをして叱られるのも、何をするのも一緒だった。


 幼いころのデューイは少し体が弱いところがあり、どちらかというとわたしのほうがお姉さんぶって、何かと彼の世話を焼くことが多かったくらいだ。


 冬の聖夜祭のときは毎年、ハーシェル伯爵家とアイヴズ伯爵家は一緒に過ごすのがお決まりになっていた。

 いつも聖夜祭の五日ほど前に、わたしたちがアイヴズ伯爵邸を訪れ、そのまま滞在させてもらい、聖夜祭の日の夜をともに過ごすのだ。


 そして聖夜祭が終わった翌日には、来年もしあわせな年になりますようにとあいさつを交わしてから、わたしたちは伯爵邸をあとにして、自領のハーシェルに戻り、新年を家族で迎える。


 そんなふうに穏やかな日々を過ごしながら、いくつもの季節が移り変わっていった。

 でも季節がいくつ変わろうとも、わたしの隣にはいつもデューイがいた。

 そしてそれは、幼心にこの先もずっと変わらないと思っていた。


 しかし、そうではないと知ったのは、わたしとデューイが十三歳になった年のことだった。


 その年の秋、木の葉が色づき始めたころに、デューイは領地を離れ、王都にある王立貴族学院に入学した。


 王立貴族学院は、貴族の子息が通う全寮制の学院だ。


 貴族の子息のほとんどが入学し、十三歳から十八歳までの六年間で歴史や語学、政治学、剣術などを学び、貴族としての必要な教養を身につける。


 学院は全寮制のため、デューイが領地に帰って来られるのは、長い休みになる聖夜祭がある冬と夏の時期くらい。


 もちろんそれ以外に短い休みもあるが、領地と王都は遠く離れているため、行き来するだけで休みの大半が終わってしまうので頻繁に帰省することは難しい。


 デューイが王都に行ってしまってから、わたしはその年の聖夜祭が来るのを指折り数えて待った。


 こんなにも長く、デューイに会えないのは初めてだった。


 手紙ではやり取りしているものの、会えない分、寂しい思いばかりがつのっていった。


 でも王都で慣れない学院生活をがんばっているデューイのことを思えば、寂しいなんて自分勝手なこと手紙には書けなかった。


 そして、離れ離れになってから迎える最初の冬の聖夜祭──。


 わたしはうれしさと緊張ではやる気持ちを抑えながら、両親とともにアイヴズ伯爵邸へと向かった。


 馬車が停まって扉が開くと同時に、わたしは急いで馬車から降りると、すぐさまデューイに駆け寄る。


 しかし、わたしの足はぴたりと止まる。


 目の前のデューイは、まったく知らない人みたいだった。


 数か月前に別れたときは同じ背丈だったのに、もう目線が同じになることはなく、一緒にいたずらをしていた無邪気さも見当たらなくなっていた。


 会えなかった数か月は、デューイが確実に大人へと成長していることをわたしに突きつけた。


 と同時に、わたしはひとり置いていかれるような気持ちになり、とても不安に駆られた。


 前と同じように接することができなくて、なぜか棘のある言葉ばかりが口をつき、それがデューイを苛立たせ、だめだとわかっていてもますますわたしは素直になれず、より一層突き放すような態度になってしまう。


 そして気づいたときには、もう手遅れだった。


 デューイが帰省するたび、会えば言い争うのが当たり前になり、手紙のやり取りもほとんどなくなって、ますます疎遠になっていった。


 このままではだめだと思い、次に会うときは笑顔で話せるようにと鏡の前で何度も練習するのだが、いざ本人を前にするととたんに平常心を失い、いつも失敗してしまうのだった。


 お父さまとお母さまたちの親しげなあいさつを眺めながら、わたしはさも今気づいたように、視線をゆっくりと別の方向に向ける。


 そこには、数か月前の夏ごろに会ったときよりも、また背が伸びて大人っぽくなったデューイの姿があった。


 直視できそうもないわたしは、わずかに視線をずらして声をかける。


「──あら、久しぶりね」


 その声は自分でもわかるほど冷めた声になってしまう。


(──ああ、違うでしょ!)


 わたしは心の中で叫ぶ。


 頭の中の自分は、デューイに向かってにっこりと微笑み、

『今年もまた、デューイと一緒に聖夜祭の日を迎えられてうれしいわ』

 そう言っている。


 鏡の前で何度も練習したはずなのに、現実とのあまりの落差に自分で自分がいやになる。


(微笑んで、たったそれだけの言葉がどうして言えないの──?)


 すぐさま言い訳しようとしたものの、その前に、

「ああ、夏以来だな。お前は本当に相変わらずだな。もう少し愛想よくできないのか?」

 デューイが顔をしかめて言う。


 わたしは思わずカチンと来る。


「──悪かったわね、相変わらずの女で! デューイ相手に今さら愛想のよさなんて必要ないでしょ!」

 すると、デューイはムッとした様子で、

「そこまで言ってないだろ!」

「言ってるじゃない!」

「お前なぁ!」

「なによ!」

 デューイは苛立ちをあらわにして、

「こんなやつが婚約者なんてな!」

 その言葉に、わたしもますます抑えがきかなくなり、

「同じ言葉をそっくりそのままお返しするわ! あなたみたいな人が婚約者なんてね!」

「なんだと!」

「なによ!」


 わたしは眉を吊り上げながら、デューイをにらみつける。


 一方のデューイも負けじとばかり、眉間に深いしわを寄せて、わたしをにらみつけている。



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