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【エピローグ】ふたりの聖夜祭

 晩餐が終わったあと、わたしは重い足取りで部屋へと戻った。


 部屋に入ると、文机の上に置いているデューイへのプレゼントの懐中時計が入った小箱に手を伸ばす。


 小箱を手にしたまま、わたしはただただ立ち尽くすしかできない。


「クスコの実が当たっていれば、不安も消えると思ったのに……」


 弱々しく言葉が漏れる。


 プレゼントを渡して、わたしの素直な気持ちをデューイに告げる。


 そう決心しているものの、いざとなると足がすくむ。


(素直になって好きだと伝えても、『ただの幼馴染みとしか思えない』『婚約を解消しよう』と言われたら……? でもこのままじゃ……。このままわたしとデューイの関係が改善しないまま聖夜祭が終わってしまえば、本当に婚約解消に向かって進んでしまう……)


 明日の午後には、わたしと両親はこのアイヴズ伯爵邸をあとにして、自領のハーシェルに戻らなくてはいけない。


 残された機会は、今夜のあとわずかな時間しかなかった。


 わたしは両手でぎゅっと小箱を握りしめる。


 もうこれ以上考えても仕方がない。


「──素直になるのよ!」


 自分を励ますように言うと、わたしはきびすを返し、ドアへと向かう。

 ドアノブに手をかけ、勢いよく引いた。


 すると、ゴンッ──! と何かに額がぶつかる。


「──いたっ!」

「──わ、悪い!」


 正面から聞こえた声に、わたしは顔を上げる。


 廊下の明かりを背にして立っていたのは、デューイだった。


「デューイ⁉︎」


 わたしは驚いて声を上げる。

 どうやらわたしの額と彼の肩あたりがぶつかったらしい。


「ごめんなさい! まさか誰かいると思わなくて、大丈夫?」

 わたしは動転しながら謝る。

「ああ、それよりお前のほうは大丈夫か? すごい音がしたけど」

「え、ええ、大丈夫よ!」

 わたしはやや顔をそらしながら答える。


 今は額の痛みよりも、失態が恥ずかしい。


「……それより、どこか行くところだったのか?」

 デューイが訝しむ目を向け、訊いてくる。


 そこでわたしは、ハッと気づく。


 手に持っていたはずの小箱がなかった。

 見れば、デューイの足元、絨毯の上に開いた小箱が転がっている。


 そしてその小箱の横には、箱から放り出された精巧な細工が施された銀色の懐中時計が落ちていた。


 わたしは真っ青になって固まる。


 すると、わたしの視線を追ったデューイが足元の懐中時計に気がつき、さっと拾い上げる。


「あ──!」

 わたしは声を上げて手を伸ばすが、無意味だった。


「──懐中時計? なんでこんなものが?」

 デューイは手にした懐中時計を眺めたあとで、

「──男物?」

 とつぶやくと、眉間にしわを寄せる。


 通常男性用の懐中時計は、女性用よりもふた回りほど大きい。デューイが拾い上げたものはあきらかに男性用で、それを女性のわたしのものだとするには無理があった。そのうえ、懐中時計のそばに転がっている小箱には結われたリボンが付いていて、一目でプレゼント用だとわかる。


 わたしは予想外の事態に混乱する。


「あの、それは……。えっと……」


 覚悟を決めたはずだったが、ここにきても勇気が出ず、しどろもどろになる。


 デューイはじっと手の中の懐中時計を見つめたあとで、顔を上げるとなぜか苦しげに、

「……もしかして、アレンに渡す予定だったのか?」


「まさか──!」

 わたしは思わず、大きな声を上げる。


 どうしてそこでアレンの名前が出てくるのか。


「そうじゃない、違うわ、それは──」

 わたしは精いっぱい否定する。


(デューイのために用意したのよ──)


 そう言いたいのに、言葉が続かない。


 するとデューイは、

「アレンじゃない? じゃあ、誰に──」

 と言いかけたところで、ハッと何かを思いついたように、素早く懐中時計の上部にあるリューズを押し、蓋を開ける。


(あっ、そこには──)


 わたしはとっさに彼の手を止めようとしたが、間に合わなかった。


 デューイは目を凝らすように蓋の内側をじっと見たあと、ばっと顔を上げる。

 そして、信じられないといったふうに声を漏らした。


「このイニシャル……、それに、これ……」


 見る間にわたしの顔が赤くなる。

 どうしていいのかわからなくなり、うろたえる。


(こんな形で渡すはずじゃなかったのに──)


 懐中時計の蓋の内側には、デューイのイニシャルを彫ってもらっていた。

 そして、イニシャルとともに、彼にあてたメッセージも……。


『これからもずっとあなたと一緒に──』


 デューイはゆっくりと手を伸ばすと、まるで壊れものを扱うようにわたしの手をそっと握る。


 顔を傾け、わたしの顔を覗き込むように、

「これ、俺に……?」

「……」


 わたしはなんとか唇を開こうとするが、すぐに言葉が出てこない。

 心臓がうるさいくらい鳴っている。

 デューイに握られた手が自分の手じゃないみたいに熱い。


 ずいぶんと経ったあとでわたしは小さく頷くと、かろうじて声を振り絞る。


「…………デューイ以外にいないわ」 


 そろりと顔を上げると、そこには少しだけ顔を赤くして、とてもやさしく笑うデューイがいた。


 わたしはたちまち目を奪われる。


「うれしすぎてどうにかなりそう、初めてじゃないか? エレナがプレゼントをくれるなんて」


「そ、そうだったかしら」

 すぐに恥ずかしくなって顔をそむけてしまう。


(こんなによろこんでくれるなんて……)


 これまでのプレゼントも、勇気を出して渡せばよかったと後悔する。

 きっと受け取ってくれたはずだと、今なら思える。


「エレナ」


 甘くささやくように名前を呼ばれる。


 引き寄せられるように、わたしは顔を上げる。


 真剣な眼差しのデューイにどきりと胸が鳴る。


 視線がぶつかった瞬間、


「──好きだよ」


 耳に届いた言葉に、わたしの息が止まる。


 あまりに突然のことで信じられない。


「……う、嘘。わたしのこと、ただの幼馴染みだって言ってたじゃない……」


 デューイの友人が訪ねてきた日に偶然聞いてしまってから、ずっと胸に引っかかっていた言葉が口をつく。


 デューイは一瞬ぐっと言葉に詰まったあとで、詫びるように眉尻を下げて、

「……ごめん。あのときは、この婚約がなくなるかもしれないって考えたら、堂々と婚約者だなんて言えなかった。──お前も聞いたんだろ? 俺たちの仲が改善しなければ、この婚約を解消するっていう父上や母上たちの会話を」


 わたしは目を見開く。

「なんで、それを──」


「エレナたちが屋敷に到着した日の晩、俺は父上たちがそう話しているのを偶然聞いた。いや、偶然を装ってわざと聞かされたと言ったほうが正しいんだろうけどな」


「え、偶然じゃなかったの……? なんのために……?」

 わたしはわけがわからず、混乱する。


 デューイは険しい表情を見せて、

「多分、本当に俺たちの婚約をどうするか判断するためだったんじゃないのか? はっきりとは言えないけど。でも、あんなふうに父上たちが俺に聞かせたってことは、きっとエレナは母上たちから聞かされたんじゃないかって思ったんだ。

 俺はエレナとの婚約は解消したくない。でもそれは俺の願望でしかない。お前がどう思ってるのか知りたかったけど、もし婚約解消したいから協力してくれなんて言われたらって思ったら、どうしても訊けなかった……」


 信じられない思いで、わたしはデューイの顔を見つめる。


(デューイも、同じ気持ちだったの……?)


 わたしは唇を震わせる。


「わたし、まさかデューイがそんなこと思ってたなんて知らなくて……。聖夜祭が終わるまでに、なんとかこの関係を改善させなきゃってそればかりで……」


 すると、デューイが強く手をぎゅっと握りしめてくれる。


 ふっとやさしく微笑むと、

「ああ、今ならお前の行動がおかしかったのも、そのためだったんだなってわかる。でもあのときはわからなくて、婚約解消したくてわざとしてるのかと思って、正直すごく焦った」

「わざとだなんて──!」

 わたしは声を上げる。


 必死だったのだ。それがデューイの目にはおかしな行動に映っていたなんて……。

 わたしは恥ずかしさと気まずさで、いたたまれない気持ちになる。


 すると、くんっと軽く腕を引かれる。


「これまで素直になれなくて、ごめん……」

 デューイが許しを乞うように言った。


 わたしの胸がきゅうと締めつけられる。彼の手を強く握り返す。


「わたしも……。これまで素直になれなくてごめんなさい。本当はケンカなんかしたくないのに、いつも意地を張ってしまって……」


 デューイがじっとわたしを見つめ返す。

 恥ずかしいのに、まるで吸い寄せられるように彼から目をそらせない。


 デューイがくっと一歩前に出る。

 ふたりの距離がぐっと縮まる。

 わたしの心臓が壊れそうなくらい早鐘を打っていた。


 視界の端、ドアの上部にかかる金緑木の枝の飾りがちらりと見える。

 まるで祝福してくれているように、ロウソクの淡い光に照らされた金緑木の枝が輝いている。


『──金緑木の下でキスをすると、その愛は永遠に続く』


 聖夜祭の言い伝えだ。


 デューイが体を傾け、そっと顔を寄せてくる。


 わたしは身を任せるように、ごく自然にまぶたを閉じた。


 そのとき──。


 カタッと小さな物音がした。


 と同時に、わたしとデューイは弾かれるように、廊下の向こう側、音がしたほうにパッと顔を向ける。


「──なんでいるの⁉︎」

「──なにしてるんだ⁉︎」


 わたしは顔を真っ赤にして声を上げ、デューイも動揺を隠せずに叫ぶ。


 廊下の向こうの角には、おじさまとおばさま、お父さまとお母さまが揃って顔を覗かせていたのだ。


「おい、見つかったぞ!」

「あらやだ、今いいところなのに!」

「デューイくん! 私はそこまで許した覚えは──っ」

「あなた、邪魔しちゃだめよ!」


 それぞれ言葉を発しながら、ドタバタと廊下の向こうに姿を消す。


 慌ただしい足音が去ると、廊下は再び静寂に包まれる。


 わたしとデューイは予想外の事態に、ふたりして呆然とする。

 しかし、ややあってからどちらともなく顔を見合わせるとプッと吹き出し、緊張がほどけたように笑った。


 デューイはおもむろにわたしの手を離すと、わたしがあげた懐中時計を大切そうにジャケットのポケットにしまい、代わりに何かを取り出した。


 すっと両手を伸ばし、わたしの首元に手を回す。


 何かが首元にかけられる感触がして、わたしはそれをたしかめるように指先で触れる。


 そこには、色鮮やかに赤く輝くスピネルがトップについた繊細なネックレスがあった。


 まるで、引き当てると幸運が訪れると言われる、クスコの赤い木の実を連想させるかのよう──。


「これ……」


 わたしが驚いて顔を上げると、デューイがうれしそうに笑う。


「ん、似合ってる」


 そう言って、デューイはゆっくりと顔を近づけ、自分のおでこをわたしのおでこにコツンと当てた。


 これ以上ないくらいの距離でわたしたちは微笑み合い、吸い寄せられるようにまぶたを閉じる。


 そして、ほんのわずかに唇が重なる。


 そのぎこちなくもあたたかな唇のぬくもりを感じながら、来年も、再来年も、この先もずっとデューイと一緒にいられるはずだと思った──。





 廊下の影からそっと見ていたそれぞれの両親たちが口を開く。

「……やれやれだな」

「本当に」

「まったくうちの息子ときたら」

「あら、それを言うならうちの娘もそうよ」

 アイヴズ伯爵はお腹をさすりながら、

「私はクスコの実を食べ過ぎてお腹が痛くなりそうだ」

「まあ、あなたったら」

 するとハーシェル伯爵も胸焼け気味に、

「ああ、私もだ」

「あら、あら」

 聖夜祭(サトゥ・ノクス)には欠かせない蒸しケーキ、そこに入れるクスコの実はひとつだけと決まっているにもかかわらず、両親たちは多めに入れておいたのだ。

 あとは自分たちが素知らぬふりをして食べてしまえばわからない。

 クスコの実を引き当てた人には幸運が訪れると言われているため、エレナとデューイが素直になれるよう少しでも後押しできればという思いからだった。

 とはいえ、まさかエレナのケーキにはひとつも入っていないとは誰も予想していなかったが……。

「なんにせよ、うまくいってよかった」

「ああ、これでひと安心だ」

「ええ、本当に」

「よかったわ」

 それぞれが安堵の表情を浮かべ、クスクスと笑い合った。


••:+*❄︎.。゜+..。゜+.゜゜*+:••❄︎••:+* ゜.。゜+..。゜+.❄︎*+:••




\完結しました/


最後までご覧くださり、本当にありがとうございます!ブクマなどの応援もとても励みになります(*ˊᵕˋ*)


冬にクリスマスにちなんだお話をお届けしたいなとずっと思っていたのですが、今回ようやくお届けできました。楽しんでいただけるとうれしいです。


「面白かった」「ほかの作品も読んでみたい」「応援しようかな」など思っていただけましたら、ブックマークや、下にある☆ボタンを押していただけると励みになります。いいねもとてもよろこびます。次回作もがんばりますので、よろしくお願いいたします(*ˊᵕˋ*)



【もしよろしければ】

ほかにも短編・連載作品投稿しています。こちらも楽しんでいただけるとうれしいです!

(↓下部にリンクあり↓)

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