晩餐とクスコの実の幸運
美しく厳かに飾りつけられたダイニングルームにて、アイヴズ伯爵家とハーシェル伯爵家の両家が揃った聖夜祭の晩餐が始まる。
マホガニーの重厚なテーブルの上には真っ白なクロスがかけられ、磨き上げられた銀の燭台や食器、グラスなどが規則正しく並ぶ。それらを燭台の赤ロウソクのあたたかな光が照らしていた。
大人たちは香辛料入りのホットワインを片手に、わたしとデューイは炭酸入りの果実水で、この日を祝して乾杯をする。
ディナーはスモークサーモンのカナッペやエビのサラダなどの前菜から始まり、メインにはポテトやニンジン、芽キャベツなどを添えた七面鳥の丸焼きを食べる。七面鳥の丸焼きには、甘酸っぱいクランベリーソースをかけるのがお決まりだ。
ひとしきり食べ終えたあとで、食後のデザートとして、ドライフルーツやナッツが入ったこの時期ならではの蒸しケーキがテーブルにのる。
「──さて、今年は誰が幸運をつかむのかな」
アイヴスのおじさまが浮き足立つように言った。
この国では、聖夜祭に食べる蒸しケーキには、クスコと呼ばれる赤い木の実を入れる風習がある。
ケーキにクスコの実が入っていた人には、幸運が訪れると言われている。
「去年は誰だったかな。ああ、きみか」
お父さまが、隣に座るお母さまに向かって微笑む。
「ええ、そうよ」
お母さまも顔をほころばせる。
「今年は私が引き当てるわよ」
おばさまが意気込んで言う。
会話の合間にそれぞれがケーキを口に運び、濃厚で芳醇な味わいを楽しんでいる。
わたしはちらりとデューイを盗み見たあとで、目の前のケーキに視線を戻す。
(クスコの実が入っていますように……)
懇願しながらフォークを慎重に動かす。
晩餐のあとでデューイに聖夜祭のプレゼントを渡して、素直に自分の気持ちを伝える──。
わたしはそう決心していた。
(もしクスコの実が入っていたら……。幸運が訪れると言われているんだもの、きっとうまくいく前触れだわ。婚約解消を告げられる夢だって、ただの夢よ……)
わたしは自分に言い聞かせながら、ケーキを少しずつ頬張る。
しばらくして、
「ああ、私には入ってなかったな」
「おや、私もだ」
おじさまとお父さまが口を揃えて言う。
「私にも入ってないみたいね、残念。今年こそはと思ったのに」
「あら、あなたも? 私も今年はないみたいね」
とおばさまとお母さまも残念がっている。
そうなると、確率から言えばわたしかデューイのどちらかにクスコの実が入っている可能性が高かった。
わたしの期待が高まる。
しかしいくら食べ進めても、フォークの先にクスコの実の硬い感触が当たる気配はない。
(次のひと口で入ってるかもしれないわ……)
そう思いながら、さらにもうひと口、もうひと口とフォークでケーキを崩していくが、最後のひと口になってもクスコの実は出てこなかった。
(……そんな)
ただの願かけだとわかっていても、不安に押しつぶされそうになる。
そのとき、
「──あ」
とデューイが声を漏らす。
彼のお皿の上にコロンと転がっているのは、赤いクスコの実だった。
それも、なぜかふたつも──。
「──えっ!」
それを見るなり、おじさまとおばさま、お父さまとお母さまが驚いた様子で声を上げる。
それもそのはず、ケーキに入れるクスコの実はひとつと決まっているのだ。
そのため、ふたつ引き当てることは本来あり得ない。
ややあってから、おじさまが、
「ああ、もしかしてケーキを作るときに誤って多く入ったんだな、きっと。それをふたつとも引き当てるとは、デューイには大きな幸運が訪れるかもしれないな」
と言って笑う。
わたしは、デューイが引き当てたクスコの実をじっと見つめる。
(ふたつも入っていたなら、どちらかひとつでもわたしのほうに入っていてくれたらよかったのに……)
どうしてもそう思ってしまう。
それがふてくされているように見えたのだろうか、デューイがちらっとわたしに目を向け、
「エレナ、お前には入ってなかったのか?」
その言葉に、わたしはきゅっと唇を噛みしめる。
デューイに悪気はないとわかっていても、ショックを隠しきれない。
それでも、すぐに顔を上げると微笑んで、
「──ええ、残念だけど、入ってなかったわ」
その後、食後の紅茶を飲み終えたところで、晩餐は和やかに締めくくられた。
次話で、いよいよ完結です!
ラストまでどうぞよろしくお願いいたします。