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もうひとりの幼馴染み 1

『……──悪い、エレナ。お前のことはただの幼馴染みとしか思えない。いい機会だ、婚約を解消しよう』

『──待って!』

『じゃあな、エレナ』


「デューイ‼︎ わたし本当は──ッ!」


 ハッとベッドで目が覚めたとき、わたしは天井に向かって手を伸ばしていた。

 カーテンの隙間からは朝日が差し込んでいる。

 わたしは鉛のように重い体に力を入れ、ゆっくりと上半身を起こした。


「──夢……?」


 やけに生々しい夢だった。


 全身に汗をかいている。

 まるでこれからのことを予言するような夢見に、わたしはぶるりと身を震わせる。


 なんとかベッドから這い出るものの、

「……ひどい顔」

 鏡に映る自分の顔は青白く、目の下にはくまができている。


 しばらくして現れたマーリーンの手を借り、着替えを済ませる。

 心配してくれたマーリーンには、疲れが溜まっているのかもと嘘をついた。


(今はデューイに会いたくない……)


 でも二日続けて晩餐を欠席しているため、今日の朝食の席にも顔を出さなければ、わたしのお父さまとお母さまだけでなく、アイヴスのおじさまやおばさまにも心配をかけてしまう。


 わたしは重苦しい気持ちを抱えたまま部屋を出た。


 緊張しながらモーニングルームのドアを開く。


 しかし、そこにデューイの姿はなかった。


「──え、外出?」


 わたしが訊き返すと、おじさまは言いにくそうに、

「ああ、昨日の夜遅くにうちが管理している商会で問題が発生してね。それの対処をしにデューイが出向いてるんだ。明日の聖夜祭(サトゥ・ノクス)の晩餐までには戻れると思うんだが……」


「そうですか……」


 わたしは朝食をなんとか食べ終えると、部屋に戻り、ソファに腰かけた。


 落ち着かなくて立ち上がり、部屋の中を行ったり来たりする。そして、またどさりとソファに腰を落とす。

 しばらくそれを何度も繰り返していたが、諦めて部屋をあとにする。


 なんとなく庭園に行くと、目的もなくふらふらと歩き始める。

 デューイに会いたくないと思ったものの、実際に会えないとわかると不安が押し寄せる。

 脳裏に鮮明によみがえるのは今朝の夢だ。


(本当にこのまま婚約解消になったらどうしよう……)


 聖夜祭は、もう明日に迫っていた。

 それなのに、デューイとの関係を改善するどころか、前よりもこじれてしまっている。


 昨日のわたしたちの言い争いも、きっとお母さまとおばさまの耳に入っているに違いない。明日の聖夜祭を待たずに、すでに婚約解消に向けて動いていたらと思うと落ち着くことはできなかった。 


「どうしたらいいの……」


 大きなため息が漏れる。


「何か悩み事でも?」


 突然背後から声がして、わたしは驚いて振り返る。


「──アレン!」


 そこにいたのは、デューイのいとこのアレンだった。


 デューイの父であるおじさまのお姉さまの嫁ぎ先である、ランスロッド侯爵家の子息だ。

 侯爵家は伯爵家よりも格上になるが、アレンは幼いころから付き合いがあるため、わたしのことも幼馴染みとして扱ってくれている。


「やあ」

 アレンが手を上げて、柔らかに微笑む。


 いつもと変わらない彼の笑顔に、わたしは肩の力を抜いて微笑み返す。


「どうしたの? いつこっちに?」

「領地に戻る途中に急遽寄らせてもらったんだ。ついさっき到着したんだけど、きみが庭園を散歩しているって聞いて、あいさつをと思ってね」

「そうなの? 久しぶりね、会えてうれしいわ」

「ああ、僕もだ」

 アレンがやさしく目を細める。


 アレンは貴族学院を卒業する三年前まではこのアイヴズ伯爵邸によく出入りしていて、聖夜祭のこの時期も伯爵邸に滞在し、わたしたちと一緒に過ごしていた。


 しかし、現在は多忙を極めているらしく、アイヴズ伯爵邸に顔を出す機会もめっきり減っていると、おじさまとおばさまも寂しがっていた。


 時々手紙でやり取りをしてもらっているものの、わたしもこうして会うのはずいぶんと久しぶりだ。


 久しぶりの再会をよろこびながら、わたしは尋ねる。

「しばらく滞在するの?」

「いや、少し寄っただけで、明日には発つんだ」

「そうなのね、せっかく会えたのに……」


 てっきり、明日の聖夜祭をわたしたちと一緒に過ごすのかと思っていた。


 アレンはやや首を傾けて、わたしの顔を覗き込むように、

「残念がってくれる? 本当に?」

「当たり前じゃない! 最近めったに会えなくなって、寂しいと思ってたもの」

「それはうれしいな」

 アレンがにこりと笑う。


 きっとこういう笑みひとつで、王都の多くの令嬢たちを虜にしているのだろう。アレンが王都の令嬢の間でとても人気だという噂話を思い出す。


「ついこの間の朝食の席でも、あなたの話が出ていたのよ」

「へえ、どんな悪口をみんなで言い合っていたのかな、ぜひ聞きたいね」

 アレンがいたずらな笑みを浮かべて言う。

 わたしはクスクスと笑いながら、

「そうね、今夜の晩餐でその悪口の続きが聞けるかもしれないわよ」

「それは楽しみにしておこう。──で、何か悩み事でも?」

 笑みを浮かべたまま、アレンはじっとわたしを覗き込む。


 昔から変わらない。

 アレンはいつもわたしやデューイのことを気にかけてくれる。

 でも、わたしとデューイの婚約が解消になりそうだなんて、とても言えない。


 わたしは言葉に詰まり、視線をそらす。


 すると、アレンは何かを察したように、やれやれと肩をすくめると言った。


「またデューイとケンカでもしたんだな? きっとあいつが何か言って、きみを怒らせたんだろう?」


 わたしとデューイがケンカしたとき、こうしていつもアレンが話を聞いてくれた。


 何年経っても変わらない態度に、わたしは思わずふふっと笑う。


 しかし、すぐに今の状況を思い出し、遠くに目をやる。


「そうね……、いつもみたいなケンカだったらよかったんだけど……」


 わずかな沈黙のあとで、気づけばアレンがじっとわたしを見つめていた。


 わたしはハッとして、

「──ううん、なんでもないの。わたし、部屋に戻るわ。じゃあ、また晩餐で会いましょう」


 そうアレンに告げると、足早に庭園をあとにした。



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