第四章 護衛
王都ニルフヘイヴンの北に位置する湖畔。そこには、第七王子オスカーが居を構える静謐な離宮があった。女王が公務を離れて以来、この場所は実質的な王宮となり、国の運命を決める数々の決断が、この冷たい石壁の内で紡がれていた。
「……面白い。実に見事な手際だ」
朝食のテーブルに置かれた新聞を見つめ、その第七王子は低く笑った。紙面には、先日第五課が解決した銀行強盗事件の顛末が、刺激的な見出しと共に躍っている。
「補佐官。この野良犬どもに、一つ骨を投げてやろうと思う」
傍らに控える補佐官が、怪訝そうに眉を寄せた。
「骨、とは。……まさか、彼らに褒賞を?」
「ああ。受勲式だ。彼らを『ナイト(名誉騎士)』に叙任する。実際の貴族階級ではなくで、よく公務員に与えられるものなんでしょう?平民上がりの者たちにとっては、これ以上ない栄誉だろう」
補佐官は声を詰まらせた。「殿下、それは近衛騎士団を刺激します。元『守り人(戦闘員)』やスラムの浮浪者、家名を剥奪された犯罪者上がりに『騎士』を名乗らせるなど、前代未聞です」
「まず、活躍した者の中には犯罪者はいないぞ。それに、刺激的なことこそいいのだ」王子は窓の外、広大な平原の先に広がる不気味な「聖なる森」の方向に目を向けた。「今年の『聖なる森』の儀式。枢機卿の護衛を、彼らに任せる。首相は常に経費削減を口にしている。高価な近衛兵が動けば、一人死ぬたびに高額な見舞金と国葬の費用がかかる。だが、この『名誉騎士』たちなら、死んでも名簿を一行消すだけで済む。……安くて優秀な戦士に、これ以上相応しい舞台があるか?それに、聖なる森?笑わせるな。マーナが枯竭しつつある現在、あの森は全世界と同じ遭遇し、魔炭がある以上、そのなん時代遅れの物は不」
「……しかし、首相とその一派は不満を抱くのでは?」
「すでに恨まれているよ」王子は薄く笑い、冷めたコーヒーを飲み干した。「だからこそ、この人選は首相の強い要望による経費削減策として公表する。失敗しても私の責任ではない。……死ぬにせよ生き残るにせよ、彼らは私のために最高のパフォーマンスを見せるだろう」
王子が小利口のペンを走らせている頃、第五課の面々は、王都の喧騒を離れた郊外にいた。
ミラー課長の自宅――そこは、法曹界の重鎮を代々輩出してきたミラー家が所有する、広大な荘園だった。
「……ここが課長の家か? 牢獄の間違いじゃないのか」
イライアスが巨大な石造りの門を見上げて呟いた。
今夜は、銀行強盗解決の祝いと、新人のイライアス、グレイ、ピーターとサラ歓迎会、そして第五課の結束を固めるための晩餐会が催されていた。
でも、それだけではない。上からの確認で、強盗事件の功労者たちは名誉騎士の名をもらう。だから、事件が終わり一ヶ月後に新人歓迎会兼ね祝いの宴をする。
ミラー課長は普段の鉄仮面を脱ぎ、執事も通さず自らワインを選んでいた。
「堅苦しい挨拶は抜きだ。今夜は職務を忘れろ」
庭園に広がる馬場では、月明かりの下で名馬たちが優雅に駆けていた。ピーターはその光景に、かつての生活を思い出していた。
「課長、この馬……マラヴェーリャ南部産の純血種ですね。手入れが行き届いている。筋肉のつき方が素晴らしい」
「法は公正でなければならんが、馬は速くなければならんからな」
ミラーは短く答え、ピーターの隣に立った。
一方、テラスではイライアスとグレイが、ミラー秘蔵の高級ウィスキーを回し飲みしていた。
「おい、グレイ。これ一瓶で俺たちの給料何ヶ月分だ?」
「計算しないでください。味が落ちます」
グレイは言いながらも、グラスの中で揺れる琥珀色の液体を満足げに眺めていた。「……ですが、確かに悪くない。死んだ魚のようなスラムの空気とは大違いだ」
「ねえ、これ見てよ!」
サラが厨房から、焼き立ての巨大な肉料理を持って現れた。
「課長さんちの調理器具、最新の蒸気式なんだよ! 火力が安定して最高。これ、市警の食堂にも導入してくれないかなあ」
「検討しておこう」
ミラーが静かに応じ、全員がテーブルを囲んだ。
笑い声と、上質な酒。それは彼らにとって、明日から始まる激変の前の一時の幻影のようなものだった。イライアスはふと、ウィリアム曹長が一人、暗い庭の隅で地図を眺めているのを見た。
「曹長、あんまり根を詰めんなよ。せっかくの酒だ」
「……ああ。だがイライアス、嫌な予感がするんだ。王子が動いている。我々に与えられるのは、恐らく『名誉』という名の毒薬だ」
その予感は、一週間後、現実のものとなる。
王宮の謁見の間。シャンデリアの光が、新調された礼服に身を包んだ五課の面々を照らしていた。
オスカー王子が抜剣し、跪くイライアスの肩に剣先を乗せる。冷たい鋼の感触が、襟元を通じて伝わってくる。
「汝の功績を称え、名誉騎士の称号を授ける」
形式的な式の後、王子は彼らを私室へと招き入れた。そこには、首相のハリソン同席していた。
「此度の任務、いかに見事なり。……さて、諸君。名誉騎士以外、もう一つ、特別な栄誉を与えよう!」
王子は、首相を顎で示した。「ハリソン首相が我が国の財政難を憂慮し、警備経費の削減を提案した。そこで、本来は近衛兵が務めるべき『枢機卿の護衛』という大任を、君たちに任せることにした。賞金は通常の三倍。期待しているよ」
ローランス曹長が僅かに拳を握りしめた。「……近衛兵を差し置いて、我々が。それはつまり、何が起きても近衛の支援はないということでしょうか」
「経費削減だと言っただろう?」王子は冷酷に言い放った。「成功すれば君たちは英雄だ。失敗しても……まあ、しないだろう。傑出した警察なんでしょう。そして、近年、」
五課が部屋を去った後、補佐官が密かに王子に尋ねた。
「この提議を首相の指示だとしたこと、あの者たちに見抜かれませんか?」
「見抜いたところで何ができる? 彼らに選択肢はない。……それに、すでに恨みは首相に集まっている。私はただ、彼らに『チャンス』を与えた慈悲深い主君を演じるだけだ」
パレード当日。王都のメインストリートは、金の装飾が施された枢機卿の豪華な馬車と、それを囲む五課の姿に沸いていた。
しかし、馬車の中から漂ってくるのは、神々しさではなく、鼻を突くような高価な香水の匂いと、枢機卿の傲慢な殺気だった。
「……遅い。なぜもっと速く走らせぬのだ」
枢機卿は窓から身を乗り出し、側に付くイライアス達を罵った。「平民の警官ごときが、私の護衛か。この国も堕ちたものだな」
グレイは返事もせず、ただ前を見据えていた。横を歩くイライアスが、通信用の魔導紙を通じて囁く。
(耐えてください、イライアス。ここで枢機卿を殴れば、僕らは即日絞首刑です)
(……分かってる。だが、この香水の匂い、ゲロが出そうだぜ)
一行は特別列車に乗り込み、国の中央部にある「聖なる森」へと向かった。
ニフランドは産業化のために広大な平原の森を切り開いてきたが、その場所だけは古来より「精霊の住まう地」として恐れられ、開発の手が及んでいなかった。
汽車が森の入り口に停車し、豪華な馬車が降ろされる。
森に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。湿り気を帯びた濃密なマーナが肌にまとわりつき、音が全て吸い込まれるような静寂が一行を包み込んだ。
「……静かすぎます」
サラーが周囲を警戒し、小型の探査機を起動させた。「生物の反応は異常に低下。いえ……全ての反応が、この『森そのもの』に溶けているみたい」
「この森のマーナ濃度、異常です。普段の『聖なる森』の比じゃない。まるで、何者かが意図的にマーナを『撒き餌』にしたような……」
その懸念は、最悪の形で現実となった。
地面が脈動し、木々が恐怖に震えるようにざわめき出した。
「く、来るぞ!」
ローランス曹長の警告と同時に、森の奥から霧を裂いて巨影が現れた。
それは、頭部に巨大な鹿の角を戴き、人間と獣が融合した古の森の主――ドン・ケルン。
この魔物は、百年、あるいは二百年に一度、地脈のマーナが極限まで高まった時にのみ姿を現す「生きた災害」だ。近年はマーナの衰退により現れていなかったはずの伝説が、今ここに蘇っていた。
「侵入者……。森を汚す者……」
ドン・ケルンは憤懣に呟く。しかし、嘗てこの地に住み民族の古代語で語った故、その怨言を理解する者はおらず、逆に呪文と思え、警戒していた。
魔物が突如、角を振るうと、森そのものが武器と化した。無数の根と蔦が槍の如きに地面から突き出し、護衛の隊列を襲う。
「ひいぃッ!」
前衛の近衛兵二人が、蔦に絡め取られ、鎧ごとひしゃげた空き缶のように握り潰された。
「下がれ! 奴は別格だ!」
イライアスが叫びながらリボルバーを乱射するが、ドン・ケルンの皮膚は古木のように硬く、銃弾を弾き返す。再生能力も異常に速い。
ドン・ケルンは、標的を最も魔力の高い存在――枢機卿の乗る黄金の馬車――に定めた。
巨大な蹄が大地を砕き、猛然と突進する。
「させない!」
その前に立ちはだかったのは、ピーターだった。
彼は震える手で剣を構えていたが、その瞳には決死の光が宿っていた。
汽車が森の入り口に停車し、線路脇へ豪華な馬車が降ろされた。
一行が森に足を踏み入れた瞬間、肌を刺す空気が一変した。
湿り気を帯びた濃密なマーナがじっとりと肌にまとわりつき、周囲の音が全て底なしの沼に吸い込まれるような、不気味な静寂が広がっている。
「……静かすぎます」
サラーが周囲を警戒し、小型の魔導探査機を起動させた。
「生物の反応が異常に低下している。いえ……全ての生命反応が、この『森そのもの』に溶けて、同化しているみたい」
「この森のマーナ濃度は異常です。普段の『聖なる森』の比じゃない。まるで、何者かが意図的にマーナを撒き餌にしたような……」
グレイの懸念は、最悪の形で現実となった。
地面が生き物のように脈動し、周囲の巨木たちが恐怖に震えるように激しくざわめき出した。
「く、来るぞ!」
曹長の警告と同時に、森の奥の深い霧を割って、圧倒的な巨影が現れた。
それは頭部に巨大な鹿の角を戴き、人間と獣が歪に融合した、古の森の主――ドン・ケルソ。
百年、あるいは二百年に一度、地脈のマーナが極限まで高まった時にのみ現れる、古代神話の神に類似する存在が動物や魔物の身に寄り添う。無論、本物の神ほど万能ではない。だが、人間の手には負えないという意味において、それは紛れもない原住民が偽神と呼ばす者だった。
「侵入者……。森を汚す、浅ましき者ども……予の居場所出たまえ!」
ドン・ケルソが憤懣に満ちた声を出す。それは、かつてこの地に住んでいた先住民族の古代語だった。護衛の近衛兵たちはそれを理解できず、不気味な呪文と誤認して恐怖に顔を強張らせる。
「おい、あれ、何を言ってる」
「貴様ら、出てけって」グレイはギリギリ古代語がわかる程度で翻訳した。
魔物が角を振るうと、無数の根と蔦が槍のように地面から突き出し、護衛の隊列を襲った。
「ひいぃッ!」
前衛の近衛兵二人が一瞬で蔦に絡め取られ、鎧ごとひしゃげた空き缶のように握り潰される。
「下がれ! 此奴は別格だ!」
イライアスが叫びながら魔法リボルバーを乱射し、サラーの狙撃弾がその肉体を正確に穿った。だが、ドン・ケルソには一般的な魔物のような「弱点の核」など存在しなかった。
そればかりか、傷を負った偽神は、周囲の木々や大気から貪欲にマーナを喰らい始めた。吸い上げられた魔力が肉体を巡り、穿たれた傷口が物凄い速さで、一瞬にして再生していく。
「チッ、まともにやっても拉致があかねえ! グレイ、またあいつ(火炎放射器)で火をつけるのが一番手っ取り早いんじゃないか!?」
イライアスが怒鳴る。しかし、黄金の馬車の窓から顔を覗かせた枢機卿が、ヒステリックな悲鳴を上げた。
「ならん! 神聖なる国教の森に何をする、この野蛮者めが! 一木一草たりとも焼くことは許さん!」
「(面倒くせえ……!)皆の内心の考えが一致した」
イライアスは内心で激しく毒づいた。この期に及んで面子と神聖さを気にする俗物に、頭痛がしてくる。
「じゃあ、凍らせるか!?」
「無茶を言わないでください!」とグレイが杖を構え直しながら叫び返す。「あんなデカい化物を凍らせる魔力量なんて、僕たちにはありません! サラーが弾を換える合間に足止め程度に凍らせたところで、奴の力に抗えず、きっと一瞬で溶かされます!」
「細胞の内部まで完全に凍結させて再生を止める魔法はありますが、問題は変わりません。僕たち全員のマーナ量を搾り尽くして、その十倍あったとしても、絶対的にマーナ量が不足している!」
「待ってください!」
その時、盾を構えて馬車の中の枢機卿を守っていたピーターが、必死の声を張り上げた。
「最初から、どうしてこの魔物は真っ直ぐ僕たちを……この馬車を襲ってきたんですか!? 奴を引き寄せている原因は、この馬車が放つ魔力のはずです!」
「何だと? 枢機卿様の力だってのか?」
「い、いえ! ワシは天性の『魔力の果実(才能)』など持たぬ者じゃ!」
馬車の中で枢機卿が慌てて否定する。
「……聖物(Holy Relics)だ!!」
グレイの目が鋭く光った。
「馬車の豪華な飾り、そして積まれている大量の法器! あれに国教の膨大なマーナが蓄えられている! イライアス、あれを燃料にすれば、僕の最大凍結術(大魔法)を発動できます!」
「よし、枢機卿様! そういうわけだ、全部没収するぜ!」
「な、なんという不敬を! 神聖なる聖物を武器の使い捨て燃料にするなど、絶対に許さ――」
「死んだら聖物もクソもねえだろうが!!」
イライアスの怒号と、ドン・ケルソの巨大な蹄が大地を割る音が重なった。結局、枢機卿は恐怖のあまりガタガタと震えながら説得に応じる(丸呑みにする)しかなかったが、その瞳の奥には、自分を怒鳴りつけたイライアスへの激しい恨みの種がはっきりと芽生えていた。
「サラー、ピーター、イライアス! 連合して時間を稼いでください! 聖物からマーナを吸い上げ、巨大凍結術を構築します!」
グレイの叫びと共に、五課の総力戦が始まった。
「三十秒だ! それ以上は持たねえぞ!」
イライアスが懐から木柄の手榴弾を引き抜き、ドン・ケルソの足元へ投げつける。轟音と爆風が偽神の視界を遮る。
「手数はあたしが補うわ!」
離れた木の上で、サラーの目が冷徹に冴え渡った。彼女は自らのマーナを解放し、地面に並べた複数の魔導銃を空中へと浮かび上がらせた。一本の銃では再生速度に追いつかないなら、同時に数挺の銃を操り、弾幕を形成する。連射される徹甲弾が、ドン・ケルソの巨体を蜂の巣にしてその足を強引に止め続けた。
「ぐ、うぅぅぅッ!!」
ピーターは馬車の前に立ち塞がり、決死の覚悟で盾を構えていた。迫り来る衝撃の余波や、吹き飛んでくる巨木の破片から、全員の背後と馬車を泥臭く、しかし完璧にガードし、援護に徹する。
「――術式固定! いきるぞ!!」
グレイの声が響いた。彼の周囲に置かれた複数の聖物が、パキパキと音を立ててひび割れ、内包されていた膨大な純白のマーナがグレイの杖へと濁流のように流れ込んでいく。
「『絶対零度の檻』!!」
グレイが杖を地面に突き立てた瞬間、ドン・ケルソの足元から、世界そのものを凍結させるような青白い冷気が爆発的に吹き上がった。
周囲の熱が一瞬で強奪され、吐く息が白くなるどころか、空気が凍りついてパラパラと結晶が落ちる。
「グオ、オオ……ッ!?」
ドン・ケルソが周囲の木々からマーナを吸い上げようとしたが、その木々ごと、細胞の内部までが凍りついていく。高速再生のロジックそのものを、絶対的な冷気が完全に停止させたのだ。
パリパリパリ、と硬質な音が響き、やがて、巨大なドン・ケルソの全身が、美しい、しかし悍ましい一本の氷像へと変わり果てた。完全な沈黙。偽神は完全に凍結され、二度と動かなくなった。
「……ふぅ。成功、だな」
グレイが力なく膝をつく。その足元には、魔力を吸い尽くされてただのガラス細工のように粉々に砕け散った、複数の聖物の残骸が転がっていた。
ドン・ケルソが沈黙した後、枢機卿がおずおずと馬車から出てきた。
彼は、砕け散った国教の宝を見て、顔を青から赤へと変え、労いの言葉一つかけずに再び馬車へと逃げ込むように戻っていった。
静まり返った森の中、ウィリアム曹長は、ドン・ケルソが最初に現れた場所の近くへと歩み寄り、足元に落ちていた奇妙な破片を拾い上げた。
それは、土に埋もれていた、壊れた金属の筒だった。
煤を拭うと、そこには微かに王家の紋章が刻まれている。
(……これは、大気中のマーナを強制的に放出させ、引き寄せるための『増幅器』か? 魔物が自然に現れたんじゃない。まさか、お上(王室)が意図的に……)
曹長は背筋に冷たいものを感じながら、その破片を誰にも見られぬよう、静かにポケットへと仕舞い込んだ。片を誰にも見せずにポケットにしまい込んだ。
後日、王子の離宮。
報告を受けたオスカー王子は、窓辺でワイングラスを揺らしていた。
「……失敗したか」
その声には、明らかな落胆があった。
補佐官が恐る恐る尋ねる。
「殿下。あの『増幅器』は、無事に回収されたでしょうか?」
「破壊された証拠は残るまい。
……本来ならば、百年に一度しか現れないドン・ケルン。その出現時期を予測できるのは、王家の古文書を持つ私だけだ。
枢機卿の巡礼ルートは毎年同じ。そこに、王家秘蔵の魔導具でマーナの餌を撒いておけば……貪欲な古き神が食らいつくと踏んだのだがな」
王子は、机の上に置かれた第五課の報告書を指先で弾いた。
「誤算だったのは、あの『野良犬ども』だ。
スラム上がりの狙撃手に、没落貴族の隠し芸か……。
『安くて壊れやすい盾』だと思っていたが、予想以上に頑丈だったようだ」
王子は口元を歪め、冷酷に笑った。
「まあいい。枢機卿への脅しにはなっただろう。
それに、彼らの実力が本物だと分かったのは収穫だ。……次の『盤面』に移るとしようか」
王子がチェスの駒――ポーン(歩兵)を指で倒す。
その影は、やがて訪れる血塗られた政変を予兆していた。




