第三十八章 州兵
「逃げろ!散開するんだ!」サイモンの判断は早かった。狂暴化した魔物相手に一箇所に固まるのは、自殺行為だ。彼は叫ぶと同時に、最も近い林へ駆け込んだ。
グレイたちはサイモンの判断に従って、全員がそれぞれ違う方向に走った。
魔熊は片目の周囲が赤く腫れていて、肩口から血を流している。それとも、全速で先ほど登山者たちが立っていた所についた。傷ついて、痛みで狂暴化している熊は何も考えず、最も近くにいた気配の方へ向きを変えた。
サラーは逃走者たちの内、最も速かった。グレイとイライアスは元守り人とはいえ、もう五年近く現場から離れている。木々の間を走り、魔物に追われる生活をしていた。一秒遅くても、命が落とすかねない。だが、それは今となっては昔話だ。それに対し、サラーは、約一年半前まで、生まれ育ちの村の周辺の森林で動物を狩り、常々魔物に狙われ生活をしていた。今、故郷から遠く離れた異国の深林で、彼女はかつてと同じような恐怖に直面していた。
彼女は思わずに仲間の安否を心配する。が、それを確認する以前、大地は揺れ、樹木が相次ぎ倒れた声がこの彼女の鼓膜を動かす。この騒ぎで、サラーは当然魔熊が自分のところに向かっていると分かった。でも、距離を確認するために、横目で背後を確認した。
『近い、予想以上に近い。夜は暗いが、せいぜい三十歩ほどしか離れていない」サラーはそう推測する。
今、武器となる狙撃用のライフルは背中にあるが、熊はその体型に相応しくない速さで前進しているから、ライフルを取って構える暇もない。
その時、腰につけた小さな袋が目に入った。それは、出発する直前、グレイが皆に渡した簡易魔導紙。中にはすでに彼とイライアスが一晩注入したマーナが貯まっているが、その威力はおそらく大したものではない。
『いや、まだ策がある』サラーは腰の魔導ランプを取り外した。
蓋を開け、内部の火炎術式に三枚の簡易爆発式魔導紙を近づける。本来なら、これだけでは魔物を傷つけるほどの威力はない。だが、魔導ランプの燃焼力を借りれば、一瞬だけ術式を過負荷状態にできる。
彼女は迷わず、魔熊の進路へそれを投げた。
ランプは綺麗な放物線を描いて、ランプの内部の光が黄色から橙色へ変化した。駆けつけた熊の胸元の太い肉にぶつかって、少し跳ねて、空中で爆発した。
ドン!
爆発による煙が散り、魔熊は混乱に陥って、双眼は一時見えなくなったゆえ、乱暴に周囲の木を打った。
サラーは足止めし、迅速にライフルを背中から取り、魔力シリンダーを回転させる。
銃身に青白い光が集まった。熊の視力が戻ったと見えた途端、彼女は引き金を引く。銃声がま夜の森に響いて、驚いた鳥たちが一斉に飛び去った。
黒い巨体が大地へ崩れ落ちる。
「はあ、はあ……」
この一連の動きで、サラーは立ち上がって、喘ぎながら状況を確認する。
サラーは火打石で小さな炎を灯した。
目の前に現れたのは、頭部を撃ち抜かれた魔熊の姿だった。焼け焦げた肉の匂いが漂う。
「……」
サラーは一瞬だけ顔をしかめた。
「……今、いい匂いだと思った自分が少し嫌になった」
「サラー、大丈夫か?」
戦闘後すぐに追いついたグレイが息を切らしながら呟いた。
「大丈夫だ……」銃声の余韻はまだ響いているうちに、何か虫が走るような声が聞こえる。そして、魔熊の身体から、まだ微かな魔力の流れが感じられる。
頭部を撃ち抜かれ、片目は潰れ、血が地面へ流れ落ちている。焼け焦げた肉片さえも、まるで意思を持っているかのように、ゆっくりと元の位置へ戻っていく。
魔熊の前足が、ゆっくりと動いた。
「嘘だろ……」
グレイが息を呑む。次の瞬間、魔熊は再び立ち上がった。二人が驚愕しているとき、暗闇に閃光が走り、次いで、重いものが落ちる音が響く。
魔熊の首が、落ち葉の上を数度転がった。
「何をしている、お前ら!」声を上げたのはイライアス。愛剣を祖国に置いた彼はサイモンからの飾り剣を借りた。その剣はかなり鈍かったが、イライアスの腕前のおかげで、魔熊にとどめを刺した。
「あ、ありがとう……」
「誰が傷ついたか?」最後に来たのはサイモンとキャメロン。
五人は互いの無事を確認した。唯一の負傷者は、逃走中に枝で頬を切ったサラーだけだった。
「あゝ!熊の死体だ!これは、我々商人にとっては、宝物の集まりだ」サイモンは先で命の危うさを経験して、重苦しい雰囲気を破って、魔熊から価値ある器官と組織を採集する。四つの熊掌、胆と魔物の果実を手早く取った「よし!燃やせ!グレイ、君、魔法は得意なんだろ?」
「ああ、分かった……」
「……ああ」
グレイは反射的に返事をした。
数秒後、自分が何を了承したのか理解して、少しだけ嫌な顔をした。その後、魔熊の巨体は跡形もなく灰になった。
そして一行は、地面で寝る勇気を失い、木の上に簡単な寝床を作って夜を越した。
翌朝、乳白色の濃霧は視野を遮断する。彼らは慎重に歩みを進めた。突然、サイモンが口を開いた。
「気をつけ。家畜と人の足跡が段々増えてきた。もうすぐ原住民たちの共有領地につくとなる」
一行は息を潜めて、静かに前進する。だが、結局、トラブルが起こった。
歩いているうちに、木立がまばらになった。
キャメロンは五人の最前にいて、彼は三課の仲間を心配し、全員の中で一番焦っている。だが、山を出た一時間ほど、霧の中から一人羊の群れを連れた女性が現れた。
『やばい』と思って、キャメロンは慌てて森へ身を隠そうとした。
がだ、彼の背高のせいで、濃霧の中でも、その女性はあっさりとその姿を発見した。突如として現れて、見知らぬ巨漢を前に、彼女は恐怖に身を竦ませた。まるで雷に打たれたかのごとく、一瞬その場に凍りつく。されど、ほどなく事の次第を悟り、首に掛けた角笛を高らかに吹き鳴らした。
笛声が白霧を切り裂き、静寂の中へと響き渡った。
キャメロンはそれを聞いて、仲間を早く知らせたい一心で、動く速度を上げた。しかし、数歩だけ走って、朝露が残る草を踏む音を聞くと、霧から弓を引いている戦士が出現した。
ちょうどいいこの時、グレイたちは続々と森から出て、すぐ密やかに接近した戦士に腰元に刃物を突きつけられた。
サラーとイライアスは戦士の敵意を察し、反撃しようとしたが、十数人の弓使いを見て、抵抗を諦めた。
弓を構えた戦士たちの中央から、一人の男が歩み出た。その手には、革と骨で飾られた長い狩猟刀が握られていた。
「連れて行け。族長に判断を仰ぐ」その者が命じた。
しかし、グレイたちは原住民の言語が分からなかった。「我々は外国から来た守り人だ」と叫んでも、誰も彼らの言葉を取り合わない。
とはいえ、グレイ、イライアスとサラー三人だけの戦力、十数人の戦士から脱出するのは安い御用だが、その一方に、彼らは仲間を救い役目でこの地に至って、ここで逃げるのは本末転倒だ。
なので、その一行は矢と刀に威嚇されて、ある天幕の前に連れて行かれた。
先命令を出した戦士は天幕に入って、少しの時間で、また出て、他の戦士三人ほどグレイたちを天幕の中に連れていた。
そこにいた老人は彼の入室を見に、他の戦士に下がれとの指示を出した。
「どうぞ座って」族長は合衆国の言葉と原住民の言葉が混じった、独特の訛りのあるニフランド語で話す。
「どうも。すみません、あなたは?この地の民の長なんでしょう?」
族長はそれを聞いて、先まで深刻な顔をしていたが、爽快に笑った。
「ハハ、そう理解しても構わん。あなたたちは、その装備と服装、鉄道会社のもので、州兵でもないかい?」
「はい。我々は二フランドから来た警官です。この国に善意を示すため、復興事業の補助役として、鉄道工事に参加しました」族長に自分たちを州政府の間諜と誤解されないよう、グレイは慎重に言葉を選んだ。
「そうなの。でも、君たちは何のためにここに来たの?実は、笛声の方向を聞いて、多分州兵ではないと分かった。まず、山道のせいで、進軍するのは至難のわざ;それに、凶暴なノーゴーセの存在で、小部隊や斥候も入らん」
「あの、ノーゴーセー?それはなんですか?」
族長は眉をあげ、パイプを出して、ならんかの薬草を燃やし、吸い始めた。
「ああ。あれは凄まじく獰猛な熊だ。群れの中には、稀にマーナを宿した個体もいる君たちは実に運が良かったな、それ遭わなくて」
「えっと、実は……」グレイは振り返し、自分の後ろにおるぼんやりしているサイモンの頭を叩き。
「Ouch!(痛いぞ!)何よ!」
「君が採った熊掌だ。出せ」
「あゝ」サイモンはリスが隠した冬越しの食糧を掘り出すように、巨大な鞄のなかを探し始めた。その鞄は無論、空間をある程度拡大する術が描いた。
「はよ、これ!」サイモンは自分のおもちゃを見つけた子みたいに熊掌を族長の前に置いた。
成人男性の頭の大きさの熊掌を見て、族長驚きに無言となった。原住民達がノーゴーセーと呼ぶものは、十数人、いいえ、二十人でも容易く倒す相手ではない。先警戒部隊がこの人たちを囲む時、反撃されなくてなんと言う幸運だ。それを意識した族長は冷や汗が出て、平静を装って言った。
「立派な戦士だな、君たち。でも、その戦士達はワシに何の用だ。やっぱり、攫われた人物の中には仲間がいるの?」
「話が早いで何によりです。我々は……」
しかし、族長は割り込んだ。
「すまん、今、君たちに合わせてもいい。仲間達は無事。だが、今すぐにここから離せるわけがない」
グレイは何を言うとすると、イライアスが先に詰問する。
「なんで、我々を軟禁する気?」
「そうではない。君たちはどうしても出たいなら、止めはしない。だが、今朝、斥候からの報告で、州兵はこの地を囲み、我らの先行部隊を襲った。君たちが通った道の入り口は十中八九伏兵が待っているだろう。まあ、あの魔熊をこの少人数で倒せるほどの腕なら、包囲網を突破する公算も大きいんだろう」
しかし、グレイは知っている。だが、グレイは知っていた。彼らが魔熊を倒せたのは、あの熊がすでに深手を負っていたからだ。そして、族長の話から推測すると、熊と先に会ったのは州兵の一部隊かもしれない。
「ええ。我々も山を越えてきたばかりですから、少し休みたい。それに、まず仲間に会わせてもらえませんか?」
族長はグレイの答えに明かに驚いて、半信半疑の顔で頷いた。
「分った。なら、戦士長に案内してもらう」
一行は戦士長の導きである後ろの天幕についた。
「キャメロン!」サムは同僚の顔を見るなり、喜びのあまり涙を浮かべた「それにイライとグレイ!」
「どうやってここに来た?あの族長の話によると、そこはもう州兵で包囲された」ベスは両腕を組み、天幕の柱にもたれながら尋ねた。
「俺たちは、まだ州兵に囲まれる前に山道を通って、ここまで来た。途中、熊と戦ってきて、それは本当に危険だった」
「大丈夫?怪我はない?」サムはキャメロンの体を検査し、隅々も逃せない。
「いえいえ、戦ったのはサラーとイライアスだ。彼らも無事」
「で、今ここは本格的封鎖されたんだろう?」
「そのようだ」
全員は黙り込んだ。
「前途多難だな。でも、これ以上考えても仕方ない。まず飯を食おう」サイモンはついほど展示された熊掌出した「熊掌、食うかい?原住民達はこれが美味だと思うぞ!」
他のもなは嫌ながる表情でサイモンを凝視する。
グレイは攫われた鉄道会社の従業員を呼んで、一行は夕食を食べた。無論、熊掌がいない。
夕食の一時間後。
天幕の外では、時折、戦士たちの足音が聞こえていた。
誰も口には出さなかったが、全員がこの場所の緊張感を感じ取っていた。
サムはしばらく黙っていたが、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえば……一つ聞きたいことがある」
グレイたちが振り向く。
「さっき、族長に頼めばよかったんじゃないか? 森を抜ける道を教えてもらえば、俺たちはここを出られたんじゃないのか?」
「しないよ」答えたのはイライアス。
「なんで?イライも先、俺の話を止めったが」彼は問い詰める。
「これは簡単の考えて分かるだと思う。州長は鉄道建設の完成を早めにしたい。連任の際、自の功として宣伝するつもりだ。故に、彼は原住民の地を攻める口実をつくりたいのだ。でも、もう口実が与えったなら、我々は用済みだ。だから、州兵とあった時、きっと、我々は射殺されるんだろ。まあ、直接に我々の射殺令を出せぬーそれは人質救助という大義名分に反する。多分、『山中高原において遭遇した者、例外なく敵と見なす。人質を称する者とて、その限りにあらず」――そういう言い訳を作るだけだ」
「それ、本気?陰湿だな、あのくそ州長」
グレイはそれを聞き、気落ちしたり言った「それこそ政治だ。あゝ、ここで一生住むのも悪くない話だ。犯罪と政治にほぼ無縁の浄土」
「まあ、我々今の困苦も原住民たちに関する政治だはないか?」
「……うん、それ否定できない」
この時、笛声が営地のあちこちで鳴り響いた。
「また侵入者なのか?まあ、前の侵入者は君たちだが」サムそう言いながらグレイ達に見つめる。
そして、彼らがいた天幕の外には騒ぎが起こし始めた。人々は叫び、歩きまわし、子供の鳴き声も混ざっている。混乱の至り。
天幕の垂れが急に開くと、一同は一斉にそちらへ視線を向け、その姿を凝視した。
そこにいたのはサイモンだ。
「ちょっとしたトイレに行って、この世の終わりみたい」
「何があった、サイモン?」
「うん、俺の原住民言語力もちょっと鈍った。てくいしう?てきしう?」
「敵襲だ!」イライアスはその言葉の意味を理解して、その一句を残して、天幕の外に飛び出した。




