第三十六章 境土
「ああ、太陽が眩しい!」
サムは片手を上げ、指の隙間から差し込む陽光を遮った。
陽光は、ただ明るいだけではなかった。頬を焼くような痛みを伴っていた。
三課と五課の一団は、晩餐会の翌朝早く、復興局から新たな派遣命令を受けていた。目的地は、カラン州の西隣に位置するピマニ州。その辺境にある、鉄道工事の小さな拠点である。
彼らは馬車に揺られながら、まもなく工事現場へ到着するところだった。
復興局責任者 の説明によれば、カランを通る旧南部幹線の修復は、すでにある程度進んでいるらしい。問題は、そこからさらに西へ伸びる新線だった。
その路線は、ピマニ州を抜け、州都 San Radino (サン・ラディノ)を経て、白角高原方面へ向かう予定になっている。
しかし、この白角高原方面への鉄道工事こそ、今回の復興事業で最も大きな論争を呼んでいる部分だった。
大統領と解放党内のリベラル派は、内戦後、原住民により多くの権利を認める方針を掲げていた。少なくとも、彼らの土地を以前のように一方的に奪うことは避けるべきだ、というのが表向きの立場である。
だが、現実はそれほど単純ではなかった。
内戦終結から数か月もたたないうちに、南方のカルデリア共和国との紛争が再燃した。連邦政府は、新たな南部戦線を維持するためにも、ピマニ州をはじめとする南部諸州の協力を必要としている。
鉄道もまた、その協力の一部だった。
兵を運ぶにも、物資を運ぶにも、綿花と鉱石を港へ送るにも、西へ伸びる鉄道は欠かせない。復興のためと言いながら、その線路は軍事と商売のためにも敷かれようとしていた。
そのため、副大統領――南部出身の男である――と交通部長官の進言により、連邦政府は渋々ながら、白角高原方面への鉄道工事を認めた。
連邦資金を出し、復興支援団も派遣する。
だがその決定は、火種に水をかけるどころか、むしろ油を注ぐものだった。白角高原は、地図の上では空白に近い土地として扱われている。けれど、そこは五角同盟にとって、狩猟地であり、埋葬地であり、古い儀礼の場であり、季節ごとの移動路でもあった。
グレイは幌なしの軽馬車から、乾いた草地と赤い土の丘を見つめた。そこには、既に工事が始まっていて、作業員たちは、焼け残った枕木を運び出し、曲がった鉄材を積み上げ、崩れた駅舎の跡を掘り返している。
この場所には、もともと一つの駅があった。ただ内戦中で、両方に拠点として転々し、機関銃や砲弾や魔法の往復攻撃で、ほぼ瓦礫と化し、さらに今線路を白角高原方面へ延ばすため、一から造り直すは必要だ。
「ベンジー! 手を止めるな! 日当を削られたいのか!」
工事監督らしき者は作業員に怒鳴っている最中、グレイたちの到来を見た。
「新入りの作業員か? ちょうどいい。荷下ろしに回れ。人手が足りないだ。そっちは木材を運べ。そっちは鉄材だ」
彼は泥まみれの両手をボロボロの布財布から二つのダイム(十セント)コインを持ち出し、心付けとして御者に渡した。
「ほいよ。ご苦労、ジョニー!」
グレイたちはまだ馬車の上にそのままぼんやりしているが、先の怒鳴りの対象は彼等となった。
「おい、お前らは外国の作業員だろう、早速仕事をする?お前らの国との外交事件になりたいか?」
グレイは青筋が立て、一瞬、この男を紙片の術で土手の向こうへ放り投げたい衝動に駆られる。だが、イライアスは横から小さく首を振った。『面倒事を起こす意味がない』と目で伝えて、グレイの軽率な行動を食い止めた。
「すみません」イライアスは謹んで一歩を踏み出し、二フランドの警察徽章並びに出発前で貰ったブックレット形の『合衆国外国人復興支援団パース』を示し、監督に事実を明らかにする「我々はフランドの警察で、国の命でこの地に遣わされました。貴国の復興に協力するために参りました。どうか、我々の立場を考えてください」
監督は半信半疑の顔をして、イライアスが伸ばした手の証明文書を最後まで目で追ったと、怒気はやや冷めて、そしらぬ顔で「そうとは言え、ここの人手不足は逃れぬ事実、さらなる作業員が来る前、警官殿は格を下げて、地味な運搬作業とかを手伝ってください」
彼らは相手の口調に混じった皮肉を感じ取ったが、あえて聞き流した。警察一行はそれぞれの運搬作業をしている作業員に手を貸した。
それから数時間、彼らは営々と作業を続けた。夜もあっという間に訪れた。
この一帯は不毛の地ではないが、だが、長い戦禍を経た結果、それに近い状態になっていた。工事現場付近の村も荒れて、建物は、もはや廃墟という言葉ですら生ぬるいほどだった。だから、警察たちは気がすまないでも、暫くにはテントで住むことになった。
五課と三課には、帆布テント二張りが割り当てられる。
「テントか、土地を寝床にするのはちょっと、ね」グレイは平常通り、文句を言った。
「俺たちは、守り人時代もよくテントあるいはそのままに地面と木の上で寝たではないか」
「あゝ、そう言えばそうだね。警察となったのは二年も足らず、昔の冒険生活はもう嘘みたい」
テントを張った後、警察たちは焚き火の周りに集まって、夕食を作る。
安いウイスキーを錫のカップから飲み、真っ赤のトマトとお豆のシチューは鍋の中がゴクゴクして、それから出した熱気を越に、イライアスは突然に「あゝそう、グレイ、お前にまだちゃんと三課の皆と紹介されていないだろう」
「う、うん。いいね。じゃ、俺に紹介してくれ」
「うん。まずはスコット・シャー。三課で物資記録を担当している。荷札一枚の違いでも見逃さない男だ」
「よろしくお願いします。褒めているのか、悪口なのか分からないなですね。」スコットは眼鏡を押し上げながら言った。
「でも、盗難事件なら俺に任せてくれ。物が消えるなら、必ず記録のどこかに穴がある」
「次はマールクス・スティーブンス。現場確認と押収品担当だ」
「どうも」
マールクスは短く答えた。大柄な体格で、警察官というより軍人に見える。
「力仕事なら任せろ。頭を使う仕事はスコットに任せる」
「それから、ベス・バートン」 「よろしくね」 ベスは笑顔で手を振った。
「彼女は人から話を聞き出すのが得意だ。 酒場に一時間座らせれば、この町の秘密を全部持って帰ってくる」
「それは言い過ぎ。 でも、黙っている人ほど、案外話したがっているものよ」
「最後はキャメロン・ウェブ。追跡と潜入担当だ」
「……よろしく」
キャメロンは焚き火を見ながら答えた。
「彼は口数が少ない。でも、一度見た足跡は忘れない」
「忘れないんじゃない。忘れる必要がないだけだ」
「まあ、こんな連中だ。三課は派手な魔法を使う部署じゃない。だが、盗まれたもの、隠されたもの、人の嘘を見つけるのは得意だ」
「これが盗難課ね。悪いが、すぐに全員の名前が覚えられないが……」
「ハハ!それ構わん。この異国の地で、いつまで過ごすことになるのか分からない。時間はたっぷりあるぞ」マールクスが朗らかに笑いながら言った。
安酒、笑いと無駄話の中で、全員が眠くなった。
その後、また似たような三日が過ぎ、従業員の数が増えた。それで、従業員と警察たちが昼食の塩漬け牛肉のサンドイッチと野菜の薄いスープを食べながら、工事監督が新任務を皆に伝えた。
「今日で人手がちょっと富裕となった。だから、君達数人をこの近くの軍事基地から物資の運搬作業をしてもらう。あの、三課でしたけ?お前らは在庫確認、特に軌条の数を合わせて。五課は、この近くのキャンプ・ウイルソン(軍事基地)で木材と軌条やらを運んで。あゝ、三課も一人で、これは積み荷目録、持ってけ、現場で受け取りをする。道は知っているね、ジョニー」御者は肯定的頷いた。
一連の命令を吐き出したら、この大柄の男性が慌てて工事現場に戻った。
キャンプ・ウイルソンは内戦時、南部政府が臨時で作られた軍事基地であり、連邦政府は戦後それを保存し、その上で、基地の規模を拡張した。
「へえ、想像以上に賑やかだな」もうすぐキャンプに就く時、唯一来た三課の者のスコットは感嘆をした。
彼の反応は無理もない。数知らぬ蒸気車、軍用トラック、馬車と騾馬車と軍人が入り混じって、混雑だがある種の秩序も持っているみたい。軍人の中には身体障害者と負傷者があり、その傷はこの数日で受けたにも見える。
「内戦はとっくに終わったではないか?それとも、これは賊人や反乱軍の仕業?」グレイは気になって、ゆらりしている荷馬車の上で、疑問を出した。
「兄ちゃんたちは知らんかい」御者は突然口を挟んだ「内戦は歴として終わった。でも、最近南の国との戦争が再び始まった。まったく、一息つく暇もないね」
御者は溜め息を絶えずに漏らし、それから困苦の生活をしていることがなんとか察している。
キャンプの正門で身元を確認され、門番の兵から道案内を受けた、一行は中へ入った。兵舎、倉庫、整備工場、弾薬庫などの建設が、あちこちで進められていた。
カン、カン、と鉄を打つ音が響きと共に、遠くからは銃声と砲声が聞こえる。
「なんだ?戦火はここに燃やした?辺境そのものから結構離れっているだろう?」
「連邦軍と州軍の共同演習だと聞いた」御者は自分が知った情報を外国人でありの警察たちに告げた「まあ、カルデリアとの国境紛争は続いているが、正式な宣戦布告まではまだ行っていない演習などの暇があるんだろう」
御者が話している時に、荷馬車はキャンプのある僻地に止まった。
「先門番の話によると、お前らの目的はあの倉庫だ」
そして、呼ばれた兵士たちの協力で、運搬作業もこの数日と同じく、脳を痺れるほど単調だ。
「ええ、九十四本だ」スコットはもう一度軌条を数えた「目録によって、丁度一百本のはずだが」
スコットはそう言って、目録の数字に短い線を引いた。 結局、倉庫の責任者に聞いても、在庫の不足の理由も明らかしていない。有難いことに、それ以上の問題は起きなかった。
彼らは木材と軌条を積み終え、夕方前には工事現場へ戻ることになった。
だが、戻った彼らの目に飛び込んできた光景に、グレイは思わず手綱を握る御者の肩越しに身を乗り出した。
工事現場は、まるで暴風に荒らされた。建築材料はなんらかの爆撃に受けたみたい、あちこちに散らかって、人員も皆、程度の差こそあれ傷を負っていた。口の中にも、塵土の味がする。
「何事だ?!」グレイは取り乱して馬車を止め、飛び降りて、仮初の事務室に向った。他の乗客も慌てて降りた。
グレイは傷者と建築材料の積みをすり抜け、乱暴に事務室の扉を開けた。
ぱっとみえたところでは、部屋に一人もないが、グレイは微かな動きを感じて撮って、机の下に隠れて、体を震わせたのは監督だ。
「監督、何があったか?」
「う、う……」怯えて話すらできない監督を見て、グレイは舌打ちをして『こやつ、使えね』と思った。
その時、扉のところに人影が立った。
「帰った、お前ら」声をかけてきたのはキャメロンであった。額に浅い擦り傷があり、そこから血が少し滲んでいた。
「その傷、一体何があった?」
「原住民の襲撃だ。早く、傷者の応急処置だ」
「わかった」
グレイは傷者の傷口に治癒の術をかけ、だが、魔導紙を持っていないので、すぐマーナ使えすぎの頭痛がきた。
一時間後、心身ともに疲れ果てたグレイは地に座ったイライアスの肩を寄せて、仮眠を取った。
「やばい!」キャメロンは工事現場を一回まわして、狼狽えて叫んだ「ベスとサムが見つからない!それに、他の作業員の話によると、彼らの中にも三人ほど行方不明となった」
「まさか、原住民に攫われた?」イライアスは無力の声で返事をした。彼もグレイにマーナを提供するために、相当の疲労を感じる。
「それ以外の可能性がない。俺、追いかける」仲間の返答を待たずに、キャメロンまっすぐに荷馬車に向かった。
「おい、キャメロン!焦るな!敵の詳細もわからないのに!」イライアスは喉を潰すほどキャメロンを呼び掛けたが、しかし、相手は構わずに馬を馬車から解いて、体格に反した機敏を馬に乗せて、北西方向に駆け出した。
「サラ!ピータ!」
「知っている」二人は異口同音に答え。
工事現場の馬は奪われたが、幸い、運搬作業の大量のため、彼らは三台の荷馬車を調達した。だから、サラとピータは各自一匹の馬を乗せてキャメロンを追うことができる。少々沈めた塵土は再び舞い上がった。
異常な熱暑で黄ばんだ草地に馬蹄が打たれ、二人は全力で馬をかけたが、段々キャメロンと距離を取った。
「あいつ、すげ」
「感心する場合か?もうすぐ見失うぞ!」
「そう言っても、できないことはできないもん」
「いいえ、そうではないみたい。止まった」
小点に見えた馬に乗せったキャメロンは動きが停止、二人は速度を少し減って接近した。
「キャメロン、どうしたの?」サラが手綱を引きながら尋ねる。
キャメロンは周囲を見回って、その騎馬は既に草を食べ始めた。彼は答えず、馬から降りた。地面に膝をつき、赤土を指でなぞる。
「もういない……」
「何がいない?」
「誘拐犯の痕跡だ」
「あゝ、馬の足跡か?」
「足跡だけではない、その匂いも、マーナの痕跡も」
「マーナ?」
「ええ。作業員たちの証言によって、風のような魔法で襲撃された。そんな大量なマーナを消耗する術を使って、痕跡を数時間残らないはずはない」
ピータも周りを一回見回して、彼らの所から数歩、馬の足跡と拉致された者を引きずった跡は途絶えた。
キャメロンは唇を噛んだ。
「普通の追跡除けじゃない。こいつは……土地そのものを使っている」
「これ以上追うのか?」
ピーターが尋ねた。
キャメロンはしばらく黙っていた。
やがて、低く答えた。
「無意味だ。これ以上は体力の無駄だ。それに、案内人がいない、一夜でこの高原で生きられも問題だ。もう帰る」
土埃の向こうには、白角高原へ続く乾いた丘が沈黙していた。三人が工事現場へ戻ったころには、陽は大きく傾いていた。
翌日、予想通り、工事は一時停止となった。そして、ここはカラン州とピマニ州の州境界なので、連邦兵と両州の州兵が駐屯する事となった。
ピマニの州長は事態を知ると、怒りを抑えられない彼は、直ちに州兵を白角高原へ派遣し、人質救助し、敵を殲滅すると命じたが、上に警告された。連邦方面から示した口実は、今南部反乱勢力の動きが活発化している、さらに共和国と戦は徐々拡大にしている。その上に、原住民と争うのは得策ではない。州長は納得できないが、でも逆らいするのは不能。内戦直後で制定された連邦内乱法を理由として、大統領は独断で一州の主兵を連邦化することが可能。故に、州兵も工事現場で高原を眺めるだけ、誰しも救助の必要性を否定しない。だが、州兵を大規模に白角高原へ投入することだけは認められなかった。
「聞いたか、昨日の襲撃はタワク族の仕業だと」干し草の積みに寄せたグレイは小声で馬に干し草をやりのイライアスに言った。
「誰から聞いた?」
「先、連邦兵が目撃者に聴取することで聞いた」
「盗み聞き?お前……まあ、いい。で、この攻撃はやはり向こうの高原で住んでいる原住民所作?」
「そうだ」グレイは一本の干し草を齧った。何処ぞから拾ったカウボーイハットを被って、呑気な雰囲気はとでも昨日のような襲撃を目撃したものには見えない「知っている、あの高原には五つの部落がある、五角同盟と呼ばれている。五角の名前の由来も面白い。知りたいか?」
「別に、それでもお前は言う」
「ちぇ。まあ、聞いて。伝説によると、五つの角を持つ牛のような魔物は急に現れ。元々争っている五つの部落は敵対状態を解除し、共同にその魔物を討伐。そして、連盟の証として、各部落が一つの角を保つ、その五つの角も同盟の象徴となった」
「へ、それ本当か?」
「さあ。ただの作り話かも」
「で、人質を救助とどう繋がるの?」
「うん……」グレイは自分が話題を外れたとわかって、気まずくに咳払いのふりをして、会話を続く「ケッケッ、とにかく、連邦は州兵が高原を入ることは認めない。五角同盟を刺激したくないだと。ムカつく連中だ」
「うん。では、我々が独自救助するのはどう?」
「それは唯一の案だ。しかし、タワク族の居場所と高原での生存方法が知らない我々なら、このまま行くのは自殺行為と同然だ」
「だから案内人が必要ですね」
第三者の声が二人の背後から出た。振り向くと、先日で彼らを州長邸に送ったエリックの声とわかった。
「立ち聞きするつもりはなかったんだけどね」エリックはセピア色のウール帽子を外した「自分は一人の案内人を知っています。でも、君たちは本当に命を晒しても、人質を助けるの?」
「もちろん」
「はあ」エリックはため息をしたが、すぐに含笑する「だと思った。その案内人彼は戦前から毛皮交易隊に同行し、白角高原を何十回も越えている。五角同盟の言葉も多少理解できる。明日で君たちに紹介するが、州長命令でここを視察に行きます。ではまた」
エリックの背中が夕暮れの中へ消えていく。グレイは白角高原を見つめた。
あの乾いた山々の向こうに、何が待っているのか。そして、自分たちは何を知ることになるのか。その答えは、彼らは間も無くわかる。




