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濃霧の守り人  作者: 朝飯の秋刀魚
第二部

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第八章 突撃

証言の後、臨時委員会は検討をするため、イライアス達は休憩室に案内された。

重厚な扉が閉まり、講堂の喧騒が遮断された。

案内されたのは、講堂の隣にある古びた応接室だった。天井の扇風機が気怠げに回り、窓からはサン・ベルディアの湿った緑の風が吹き込んでいる。

「……なぁ、本当に上手くいくのか?もし委員会が『NO』と言えば、俺たちはそのまま裏庭で銃殺だぞ」先まで自信満々のグレイは証言して、突然気を抜いた。

「その時はその時だ」いつでも無口なサラ-は

イライアスは砂糖を入れないままコーヒーを一口啜り、かすかに苦笑した。カップを机に置いた瞬間、何かを思い出したかのように、ふっと表情が揺れた。

「そういえば大尉。俺たちの命の恩人……あの『裏切り者』のハワードはどうした?まだソルテラの公使館で震えているのか?」

キリアン大尉は首を横に振った。

「いいや。彼は最重要証人』だ。敵地に置いておくのはリスクが高すぎる。昨夜のうちに、外交官車両に乗せて国境を越えさせた。……ここ(本部)にいる」

大尉が指を鳴らすと、奥の部屋の扉が開き、疲れ切った表情の男が姿を現した。

ボロボロの傭兵服ではなく、サイズの合わないベリゼ軍の作業服を着せられた男 -ハワード・アルヴィンだ。

「……よお、魔法使い、イライアス。それに教授も」

ハワードは気まずそうに片手を挙げた。

「地獄の底からお帰りなさい、ってとこか」

イライアスは無言で立ち上がり、大股でハワードに近づいた。

ハワードは身構え、目を閉じる。「殴られる」と覚悟したのだ。

ドンッ!

しかし、イライアスの拳が当たったのはハワードの顔面ではなく、その肩だった。

そのまま胸倉を掴み、ガクガクと揺さぶる。

「……てめぇ、水臭い真似しやがって!

『逃げた』んじゃなくて『助けを呼びに行った』なら、最初からそう言いやがれ!」

「い、言えるわけないだろ!」

ハワードは目を開け、必死に言い返した。

「あの状況で『俺が囮になって公使館へ走る』なんて言ったら、お前は絶対について来る!

そうしたら二人とも捕まって終わりだ! ……俺一人で走るしかなかったんだよ!」

イライアスはしばらくハワードを睨みつけていたが、やがてフッと力を抜き、ニヤリと笑った。

「……ま、結果オーライだ。

おかげで俺たちは、豚箱(独房)からVIP待遇に昇格した」

「計算通りですね」

グレイが眼鏡を光らせて歩み寄り、ハワードに手を差し出した。

「あなたの判断は論理的かつ迅速でした。……ありがとうございます、ハワードさん」

ハワードは呆気にとられ、そして照れくさそうにグレイの手を握り返した。

「……よしてくれ。俺はただ、自分の命が惜しかっただけだ」

「感動の再会はそこまでだ」

バルガス将軍が地図の前で咳払いをした。

「ハワード君。君をわざわざここまで運んだのは、昔話をするためではない。

……『道』を知っているな?」

ハワードは表情を引き締め、地図の前に立った。

「はい、将軍。俺は総督の命令で、裏ルートの警備配置図を作らされていました。

……ここの排水路です。ここを使えば、魔導センサーや罠にも引っかからず、総督府の地下ボイラー室まで直通です」

ハワードが地図に指を置く。

これこそが、イライアスたちが喉から手が出るほど欲しかった侵入ルートだった。

イライアスはハワードの肩を組み、将軍に向かって不敵に笑った。

「決まりだな。案内役ガイド付きのツアーだ。これなら迷子になる心配もねえ」

「……ああ、案内してやるよ」

ハワードは覚悟を決めた目で答えた。

「あのクソ総督に、解雇通知を叩きつけにな」

「その前に、まだ一つ片付いていない件がある」サラがいたずらっぽく笑いながら言った。

ベリゼ領内、国境付近の鉄道終着駅。


深夜、濃い霧が立ち込めるホームに、ソルテラからの「国営貿易会社」の臨時列車が到着した。

プシューーーッ……。

蒸気が晴れると、重武装の「護衛兵(偽装した傭兵団)」たちがぞろぞろと降りてきた。リーダーが葉巻を噛みながら、出迎えに来たはずのベリゼ兵を探す。

「おい、誰もいないぞ。……話が違うな」

「へっ、田舎の警備隊だ。寝てるんじゃねえか?」

彼らがホームの中央まで進んだ、その瞬間だった。

カッ!!

四方八方から軍用の強力な探照灯サーチライトが一斉に点灯し、彼らの目を焼いた。

「うわっ!?」

「動くな! ベリゼ国境警備隊だ!」

屋根の上、貨物の陰、あらゆる場所から銃口が突き出された。

その数は百や二百ではない。完全に包囲されている。

そして、光の向こうから、手錠を外され、自分の愛銃を手にしたイライアスがゆっくりと歩み出てきた。

隣には、冷徹な表情のヴァレリオ将校がサーベルを構えている。

「よう、ご苦労さん。ここがお前らの終着駅だ」

「イ、イライアス!? なぜ貴様がここに……!」

傭兵リーダーが銃に手を伸ばそうとするが、ヴァレリオの声が響く。

「抵抗すれば全員射殺する! 武装解除しろ!」

圧倒的な兵力差と、完全に裏をかかれた状況。

傭兵たちは武器を捨て、その場に膝をつくしかなかった。銃声一つ響かせることなく、暗殺部隊は制圧された。

椅子に縛り付けられた傭兵リーダーの目の前に、電信機が置かれている。

グレイが冷たい目で見下ろしていた。

「……さあ、打て」

「な、何をだ……」

「総督への『任務完了』の報告だ。暗号コードは分かっているな?」

ヴァレリオ将校が銃口をリーダーのこめかみに押し付ける。

「貴様の部下の命は、貴様の指先一つにかかっている。妙な真似をすれば、全員即座に処刑だ」

脂汗を垂らしながら、リーダーは震える指で打鍵を始めた。

トン・ツー・トン……

(――目標ヲ捕捉。抵抗ニ遭フモ、全員ヲ殺害セリ。コレヨリ帰還ス――)

「よし」

グレイが通信文を確認し、頷いた。

「これで総督は今夜、枕を高くして眠れるだろうな。……もっとも、間も無くには首が飛ぶことになるが」

総督府への裏道路の情報と暗殺部隊となった傭兵団を逮捕した事で、臨時委員会の承認が下った。

その直後、地下の軍事作戦室は熱気に包まれていた。

壁一面の巨大地図を前に、バルガス将軍と参謀たちが、キリアン大尉が持ち帰った「ハワードの機密情報(総督府の裏地図)」を元に、最終プランを練り上げていた。

「……ソルテラ総督府は、この東の平原に戦力を集中させている。

奴らは、我が軍が攻めるならこの平坦なルートしかないと思い込んでいるからだ」

参謀長が赤い駒を動かす。

「そこで、我々は三方向からの同時侵攻ピンサー・ムーブメントを行う」

【作戦概要―作戦コードネーム:密林の三本の矢】

 動員規模: ベリゼ陸軍 一万二千名(全軍の約八割)

 準備期間: 四十八時間(ニフルヘイヴン本国に察知されないギリギリの時間)

 輸送手段: 徴用した貨物列車二十両、軍用トラック全部、および河川用ボート。

バルガス将軍が指揮杖で地図を叩く。

  具体的な三つの侵攻ルート

右翼・陽動主力(東の平原ルート)

 部隊: 第3〜第5歩兵師団、砲兵連隊(計八千名)

 任務: 国境の平原で最も派手なドンパチを行う。

 装備: 列車で輸送した重榴弾砲(カノン砲)。

  狙い: 「ベリゼ軍の主力はここだ」と敵に誤認させ、ソルテラ軍の予備兵力をすべ て東へ引きずり出す。

左翼・奇襲部隊(遺跡・山越えルート)

  部隊: 第1・第2山岳猟兵部隊(計三千五百名)

  同行者: ブランドン教授、ピーター

  任務: 「通行不能」とされる密林の遺跡地帯を突破し、ソルテラ領の側面を突く。

  理由: 複雑怪奇な遺跡の道案内役として、考古学のプロである教授が必要。そして、非力な教授を守る「最強の盾」としてピーターが護衛につく。

中央・毒針(総督府・特別攻撃隊)

  部隊: キリアン大尉率いる特務分隊(精鋭三十名)

  潜入者: イライアス、グレイ、ハワード等

  任務: 全軍が激突している混乱に乗じ、ハワードが知る「地下排水路」から総督府 へ侵入。総督の身柄を確保する。

「……しかし将軍、問題は海です」

海軍担当の参謀が懸念を示す。

「ソルテラには、旧式とはいえ二フランド製のフリゲート艦が3隻配備されています。

我がベリゼの沿岸警備艇では、まともに撃ち合えば負けます」

「まともに撃ち合えば、な」

バルガス将軍は不敵に笑い、一枚の設計図をテーブルに広げた。

「我が軍が持つ『魔導漂流爆弾マナ・ドリフト・マイン』がある」

この 新兵器は、皮肉なことに、二フランドで開発されたものである。その仕組みは、 一見するとただの流木やゴミに見えるが、内部に爆弾などが詰め込まれている。微弱な魔力波に反応してとする術式が刻まれて、ターゲットに吸着し爆発する。しかし、これほど防ぎにくい武器が、いかなる事情で闇市場に流出したのか(グレイの推測では、二フランドやソルテラの軍と政府側が転売することで武器が流出)。そしてそれをソルテラの軍情報部が入手し、リバースエンジニアリングを施したうえで、大量生産し実戦投入した。 故に、今回の最も適切な 戦術は、 夜陰に乗じて上流から大量に流し、ソルテラ軍艦が気づく前に吃水線(水面下)を破壊することだ。

「開戦の狼煙は、海から上がる。敵の自慢の艦隊が沈めば、総督の肝も冷え上がるだろう」


夜明け前、ソルテラ沖合。

「艦長、ソナー(魔導探知機)に反応はありません。……まあ、そもそも電源が入っていませんが」

ソルテラ海軍の旗艦『サンタ・マリア』のブリッジで、通信兵が欠伸交じりに報告した。

「構わん。どうせ故障中だ」

艦長はブランデーをあおりながら足を組んだ。

「修理予算は、先月総督閣下が本国の枢機卿へ『献金』するために持っていかれた。

……それに、ベリゼの臆病風に吹かれた連中が、海から来るはずがない。ニフランド本国でも、若造のオスカー国王が即位したばかりで内政に手一杯だ。誰も我々を監視していない」

彼らは知らなかった。彼らの船底に忍び寄る「魔導漂流機雷」が、獲物を狙ったサメのように、戦艦に接近。

かつて帝国が開発し、型落ちとして闇市場に流れたものを、ベリゼが買い集めて改良したのだ。

本来なら、帝国の探知機で簡単に発見できるはずだったが、予算削減と慢心がその目を塞いでいた。

ドォォォン!!

「な、何だ!?」

轟音と共に、喫水線下が吹き飛ぶ。

自分たちの国が作った兵器によって、自分たちの怠慢が裁かれた瞬間だった。

一方、西の山岳地帯。

「……行き止まりだ」

ピーターが絶望的な声を上げた。地図にあった山道は、土砂崩れで消滅していた。

「困ったな……。迂回するには時間が足りん」

山岳部隊長が舌打ちをした時、霧の中から数人の影が現れた。

槍と弓を持った、小柄だが強靭な肉体を持つ原住民たちだ。

部隊に緊張が走るが、ブランドン教授が前に出た。

「待て! 撃つな!」

教授は古代語(遺跡の碑文に使われていた言葉)の単語をいくつか並べ、両手を開いて敵意がないことを示した。

『……お前たち、石の都(遺跡)を汚した、鉄の服を着た奴ら(ソルテラ軍)とは違うな?』

族長らしき男が、片言の現代語で問いかけてきた。

「ああ。我々は、石の都を壊した奴らを追い出しに来た」

教授が答えると、族長はニカリと笑った。

『ならば兄弟だ。奴らは我々の聖地を掘り返し、若者を奴隷にした……ついて来い。風の道を教えてやる』

彼らはベリゼ国民の遠い親戚であり、国境など関係なくこの山に住む者たちだった。

原住民の案内により、三千五百名の部隊は「断崖絶壁にある隠し梯子」や「洞窟」を通り、信じられない速度で山を越え始めた。俯瞰すれば、それはまるで、無数の蟻が一点へ向かってじわじわと這い上がっていく光景のように見えた。

そして、総督府の地下。

イライアス、グレイ、ハワード、そしてキリアン大尉率いる選抜特攻隊(三十名)は、膝まで泥水に浸かりながら進んでいた。

「……臭ぇ。これが王の道かよ」

イライアスが鼻をつまむ。

「文句を言うな。この排水路は、総督府が建つ前の古代遺跡の地下水路を利用している。だから図面にも載っていない」

ハワードが先頭で懐中電灯を照らす。

「ここを抜ければ、ワイン貯蔵庫に出る。……そこから上は、総督の私室まで一直線だ」

「……誰だ?」

突如、闇の奥から声がした。

総督も馬鹿ではなかった。正面戦力の激化を見て、念のために裏口にも「見張り」を置いていたのだ。

ただし、正規兵ではなく、金で雇われた凄腕の用心棒たちを。

「チッ、バレたか!」

キリアン大尉が叫ぶ。「総員、突撃! ここで止まれば全滅だ!」

狭い地下道で、短機関銃と魔法の閃光が交錯する。

「グレイ、援護しろ! ハワード、道をこじ開けろ!」

イライアスが二丁拳銃で用心棒を撃ち抜きながら走る。

30人の隊員が次々と倒れていく中、彼らは死体の山を乗り越え、ついに「ワイン貯蔵庫」の扉を爆破した。

総督府の執務室。

外からの砲撃音で窓ガラスがビリビリと震えている。

寝巻きを着たままの総督は青ざめた顔で金庫に金塊を詰め込んでいた。

「ええい、船はまだか! 傭兵どもは何をしている!」

「閣下、海軍は全滅です! 正面も突破されました!」

その時。

ドォン!!

重厚な執務室の扉が、蝶番ごと吹き飛んだ。土煙の中、ボロボロになった三人の男が立っていた。

泥と血にまみれたスーツのグレイ。軍服が裂け、片腕から血を流しているハワード。

そして、硝煙の匂いを纏い、凶悪な笑みを浮かべるイライアス。

「……よう、総督」

イライアスが銃口を向けた。

「チェックアウトの時間だ。追加料金(命)もたっぷり頂くぜ」

「ひ、ひぃぃ! 待て! 金ならやる! 私はニフランド帝国の貴族だぞ!」

総督は腰を抜かし、後ろへ下がった。

だが、その背後から「総督の私兵(親衛隊)」が現れた。

全身を魔導アーマーで固めた、最後のエリート兵10名だ。

「やれ! こいつらを殺せ!」

「……やれやれ。最後まで楽はさせてくれねえか」

イライアスは弾倉を交換し、ハワードと背中合わせになった。

「ハワード、生き残ったら借金はチャラにしてやる」

「そいつはありがてぇ。……死ぬ気が失せたよ!」

「掛かれェッ!!」

狭い室内での、最後の死闘が始まった。

魔法障壁を展開するグレイ、鹵獲したライフルを乱射するハワード、そして正確無比にアーマーの隙間(関節)を撃ち抜くイライアス。

総督の悲鳴と銃声が交錯し――。

数分後。静寂が訪れた。

立っているのは、肩で息をするイライアスたちだけだった。

床には親衛隊が転がり、総督は……失禁してへたり込んでいる。

「……終わりだ」

ハワードが総督の胸倉を掴み上げ、顔面を一発殴り飛ばした。

「これは、俺を切り捨てた分だ。あとは……オスカー国王と、ベリゼの国民がたっぷりと可愛がってくれるさ」

窓の外では、夜明けの光と共に、ベリゼの国旗(と教授たちの姿)が丘の上に見え始めていた。


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