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濃霧の守り人  作者: 朝飯の秋刀魚
第二部

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第四章 密林

「どうしたらいいですか? またあの教会の殺し屋が戻ってきたら……」

宿の狭い部屋で、ピーターは気もそぞろに床板を軋ませながら歩き回っていた。その顔色は蒼白だ。

窓際で腕を組んでいたグレイは、対照的に冷静な口調で言った。

「ここは腹を括るしかないね。あの豚総督の提案通り、遺跡に行こう。何、昔の『守り人』の生活に戻るだけだと思えば、なんとかなるんだよ」

「グレイの言う通りだ」

イライアスが重い腰を上げ、愛剣とリボルバーの手入れを始めた。

「今の俺たちには、奴の言葉を信じる以外に術はない。それに、密林ジャングルの中なら、教会の殺し屋も見つけにくいはずだ」

「そ、そうですね。もしかしたら、総督と交渉して条件を良くする余地もあるかもしれませんし……」

ピーターは自分に言い聞かせるように呟いた。

サラは無言のまま、窓の外の暗闇を睨みつけている。

それは、四人にとって、長く、重苦しい眠れぬ夜だった。

翌日。

一縷の望みをかけて、イライアスたちは再び総督府を訪れた。

しかし、結果は予想通りだった。

「総督閣下は公務でご多忙だ。お引き取り願おう」

門番は冷たく言い放ち、鉄の扉を閉ざそうとする。やはり、交渉などという甘い選択肢は最初から用意されていなかったのだ。

代わりに現れたのは、昨日の鼻持ちならない秘書官だった。彼はハンカチで鼻を覆いながら、尊大な態度で手招きをした。

「君たちか。こちらへ来なさい。君たちが護衛する『栄光ある調査隊』のメンバーを紹介しよう」

案内されたのは、屋敷の裏手にある中庭だった。

そこに集まっていた連中を見て、イライアスは眉をひそめた。お世辞にも「精鋭」とは言えない、烏合の衆がたむろしていたからだ。

金への欲望に目をぎらつかせ、下品な笑い声を上げる現地の傭兵たちが数名。

装備はちぐはぐで、規律のかけらも感じられない。

その奥に、場違いなほど清潔な服を着た、学生風の若者が二人いる。

そして、隊長格らしき人物が、大量の荷物に囲まれて立っていた。

「あー、あー、本日は晴天なり……おや?」

その男は、恰幅の良い体を窮屈そうな探検服に押し込み、滝のような汗を流しながら眼鏡を拭いていた。

秘書官が呆れたように紹介する。

「こちらがブランドン教授。今回の調査隊の責任者だ」

「あはは、こんにちは! 護衛の方々ですね?」

男は愛想よく、しかし頼りない笑顔で歩み寄ってきた。

「フィリック・ブランドンと申します。王都ニフルヘイヴン大学・古学部パレオロジーの准教授です。……いやあ、このような屈強な方々に守っていただけるとは、心強い!」

彼は後ろに控えていた二人の若者を手招きした。

「自己紹介します。この二人は私の学生であり、助手でもある、マリアン・ブルクス君と、ルドルフ・マイヤー君です」

「よ、よろしくお願いします……」

「……どうも」

気弱そうな女子学生マリアンと、不満げな表情の男子学生ルドルフ。どう見ても、過酷な密林や戦闘に耐えられるようには見えなかった。

イライアスとグレイは顔を見合わせた。

(……こいつは、遺跡の調査以前に、子守りの旅になりそうだな)

紹介がそろそろ終わると思う秘書官は無表情に告げる。

「出発は明後日の早朝だ。遅れないように」

イライアスが噛みついた。「正気か? ジャングルに入るんだぞ! 装備の点検、食料の調達、地形の確認……最低でも一週間は必要だ!」

「君たちはプロだろう? プロなら二日で何とかしたまえ」

秘書官は冷たく言い放ち、背を向けた。「抗議は受け付けない。嫌なら……わかっているね?」

「……クソがッ!」

イライアスは地面を蹴りつけたが、どうにもならなかった。

そして、出発の朝。

空は晴れ渡っているが、第五課の面々の顔は曇っていた。

「……なんで蒸気自動車じゃないんですか?」

グレイが、目の前に用意された古臭い幌付き馬車を見て絶句した。

「ジャングルへの道は未舗装だ。蒸気車のタイヤじゃすぐにパンクする。原始的だが、馬の方がマシなんだとよ」

イライアスは不機嫌そうに荷台に乗り込んだ。

一行を乗せた馬車隊は、港町を出て北へと進んだ。

数時間も揺られると、周囲の風景は一変した。サトウキビ畑の整然とした緑は消え、目の前には空を覆い隠すような、鬱蒼とした巨大な密林ジャングルの壁が立ちはだかっていた。

「ここからは徒歩だ」

先導役のガイドが告げた。

馬車はここまで。ここから先は、ナタで藪を切り開きながら進むしかない。

「うわぁ……蒸し風呂みたいだ」

車から降りたピーターが、まとわりつく湿気に顔をしかめる。

鳥の奇声、虫の羽音、そして得体の知れない獣の唸り声が奥から響いてくる。

「へっ、こんな蒸し暑い日なのに、この森を見ているだでゾッとする」

ガイドが「私は先頭を立つ、が護衛が一人」そう言いつつ大鎌を出し、ツルを刈り始めた。

「わかった、俺がやる」イライアスが志願した。剣士たる彼はどんな敵が現れても即刻反応する。

こうして、彼らは巨大なシダ植物を掻き分け、光の届かない森の奥へと足を踏み入れた。

背後で、文明への道が閉ざされた気がした。

ジャングルに入って数時間。そこは蒸し暑い地獄だった。

「あつい……湿気が……服が肌に張り付いて気持ち悪い……虫も、スートカーみたいには張り付いて」

グレイが小言を言いながら、大鎌でツルを切り払い、虫祓いをして振り回した。

「おい、危険だ、その振る舞い」イライアスはその刃物の柄を握りしめた。

「はい、はい……おい、あの、教授!」

「遅いぞ君たち! 歴史的発見が待っているのだ!」

先頭を行くラングドン教授だけは、興奮で暑さを忘れているようだった。彼は目の前に咲く、鮮やかな赤紫色の巨大な花に駆け寄った。

「素晴らしい! これは新種かもしれん!」

「待て! 触るな!」

イライアスとガイドの一斉警告は遅かった。

教授が手を伸ばした瞬間、その「花」が脈打ち、肉食獣の口のようにガバと開いた。

バクッ!!

「ぎゃあああ!!」

花弁の内側から伸びた粘液質の触手が、教授の腕に巻き付き、花の中へ引きずり込もうとする。

「クソッ、手間かけさせやがて!」

イライアスが銃を抜くより早く、ピーターが飛び出した。

「ええいっ!」

彼は剛腕で植物の根元を掴むと、メリメリと音を立てて引きちぎり、教授を強引に引っこ抜いた。同時に、サラは拳銃でその成人男性の腰ほど太くて大きい触手の根本を何本か弾を打った。

「ハァ、ハァ……た、食べられるところだった……」

腰を抜かす教授に、サラーは冷ややかに告げた。

「学習してください。ここにあるものは、植物も虫も、すべてが人間を栄養分としか見ていません」

気を取り直して進む一行だが、次第に周囲の空気が変わった。

それまで喧々囂々(けんけんごうごう)と鳴いていた熱帯の鳥たちの声が、ふっつりと途絶えた。不気味なほどの静寂が、重く湿った森を支配する。

「……囲まれてるな」

イライアスが不意に足を止めた。その目は虚空を睨み、大剣の柄に手が伸びている。

「十数人……。この気配、おそらく魔力持ちが数人混じっているぞ」

「え? 誰もいませんよ?」

若手の傭兵の一人が、嘲笑うように周囲の茂みを見回した。

だが、その慢心が彼の命運を分けた。

ヒュッ!

風を切る微かな音。

次の瞬間、音もなく飛来した羽根付きの矢が、その傭兵の喉を正確に貫いていた。

「ガ、あ……」

言葉にならない声を漏らし、男はその場に崩れ落ちる。

「敵襲ッ!!」

間髪入れず、四方八方の樹上から矢の雨が降り注いだ。

ようやく状況を理解したピーターが、弾かれたように前に出る。

「うわあああッ! させるか!」

彼は瞬時に大盾を構え、最前列をカバーした。同時に、グレイの杖から放たれた青白い障壁バリアが半球状に広がり、降り注ぐ矢を「カカカッ!」と火花を散らして弾き飛ばす。

バリアに防がれ、地面に落ちる無数の矢。

その防御の隙間から、サラが冷徹な瞳でライフルの照準を覗き込んだ。

「緩いぞ、ピーター。……隠れてるつもり?」

ドォン! ドォン! ドォン!

鋭い三連発の銃声。

緑の葉が舞い散る樹上から、喉や眉間を撃ち抜かれた三人の原住民が、重力に従って地面へと叩きつけられた。

「グレイ、バリアを維持しろ! サラ、右の樹上に潜んでいる原住民の魔道士のようなものを狙え!」

イライアスの鋭い号令が飛び、一行は死の沈黙を破って反撃へと転じた。

でも、原住民も攻撃力をさらに上げた。

グレイのバリアの一つが、音もなく飛来した泥の槍で傷ができた。

木々の樹皮や、地面の泥が「ぐにゃり」と歪み、そこから槍を持った小柄な戦士たちが現れた。

これは原住民の魔導士の威力。

彼らは「同化の呪術」を使い、風景そのものに溶け込んでいたのだ。本国ニルフルヘイヴンの体系化された魔法とは異なる、原始的だが予測不能な「変な術」だ。

「キエェェェッ!」

原住民たちは地面を液状化させて足を取ったり、蔦を蛇のように操って首を絞めにかかる。

「めんどくさい術を使いやがって!」

イライアスはリボルバーを乱射するが、敵は再び木々に溶け込んで弾を避ける。

「物理攻撃が当たりにくい! グレイ、焼き払え!」

「環境破壊は気が引けますが……緊急事態です!」

「待て、これを」一人の傭兵が、山積みの荷物から、魔導火炎放射器を出した。

「よっしゃ!」グレイは叫びながら、その傭兵の身辺まで跳ねた。彼は一瞬に魔力を注入、円状の炎が広がり、隠れていた原住民たちを炙り出した。

「退け! 退け!」

術を破られた原住民たちは、未知の魔法(実は魔導火炎放射器)を恐れ、奇妙な捨て台詞のような叫び声を上げて森の奥へと逃げ去った。

襲撃を退け、一行はようやく森が開けた場所にたどり着いた。

そこには、密林の湿った緑を切り裂くように、石の神殿はそびえ立っていた。

段状に積み上げられた巨大な基壇は、人工の山のごとく空へと迫り、長い歳月に晒された石肌には苔と蔦が包まれていた。

「やっと墳墓が着いたか?金や銀の山が待っているぞ!」傭兵達は皆興奮が冷めやらない、その訳は、彼等は新遺跡の宝が多いほど、貰ったマージンが高くなる。

「いいえ、この建物模様、この開けっ放しの状態、墳墓の筈はないと思います。多分神殿だと思います。これは世紀的な大発見!」

入り口には不気味なドクロのレリーフがあり、古代文字で何かが刻まれている。彼はそれを二フランド語で読んだ。

「汝、許可なきまま足を踏み入れし者は、万死をもって罰せられん。ふん、よくある脅し文句だ」

教授は鼻で笑い、意気揚々と石段を登った。

しかし、入り口の広間に入った瞬間。

ゴゴゴゴゴ……

地響きと共に、天井から巨大な石材が落下してきた。

「危ないッ!」

サラが教授の襟首を掴んで引き戻す。

ドズゥゥン!!

数秒前まで教授がいた場所に、1トンはある石塊がめり込んだ。

「の、呪いだ……!」と震える傭兵たちに、グレイは眼鏡を光らせて壁を調査した。

「いいえ。ただの経年劣化です」

彼は崩れた断面を指差した。

「数千年の風化で、構造材が限界を迎えています。罠や呪い以前に、この建物自体が崩壊寸前の積み木です。……ある意味、襲ってかかる原住民、何処かに潜めいた凶暴な魔物、と物理的弱いな建物、これらはどんな罠や呪いもよりもタチが悪いですがね」

足元を見れば床が抜け、上を見れば天井が落ちる。一行は「いつ崩れるかわからない」という恐怖と戦いながら、慎重に奥へと進んだ。


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