第三章 総督
修善完了のグレイト・ニフランディア号がサランソ(ソルテラの都)の港に着いたのはもう夜十一時。しかし、例え夜でも、町はまだ人通りが絶えず。舟船は相次いで入港し、町中も、ガラス灯ではなく、魔導式ランプで煌々照らしていた。
「すごい人の流れですね……当地の祭りなんのか?」ピーターが巨大な荷物を軽々と担ぎながら、きょろきょろと辺りを見回す。
「違う、恐らく我等の元同業者と海賊の襲撃で忙しくなった水手かな」
グレイの推測は正しい。この近頃、ソルテラのジャングルの奥地に大規模な遺跡群が発見されたというニュースが広まった。一攫千金を夢見て、本国で食い詰めた守り人や他の浪人が蜂のように集い、ここには不自然なまでの繁栄が芽吹いた。
「さて、まずは宿の確保と、腹ごしらえですね。……資金を確認しましょう」
グレイが人混みを避け、路地裏で財布の中身を広げた。
課長から渡された退職金代わりの封筒には、本国の通貨がずっしりと入っていた。
中身を数え終えたイライアスが、珍しく目を見開いた。
「総額一千ポンド。一人当たり250ポンドだ」
グレイが冷静に内訳を読み上げる。
「封筒の厚みの正体はこれですね。イングランド銀行の高額紙幣が束になっています。そして、すぐに使える現金として、現地のソブリンという金貨が50枚ほど」
ピーターがゴクリと喉を鳴らした。
「に、250ポンド……! 課長の年収より多いですよ、多分! 一生遊んで暮らせるんじゃ……」
「バカ言え」
イライアスがピーターの頭を小突いた。
「俺たちは観光旅行に行くんじゃねえんだ。万が一のため、密航船の手配、身分証の偽造、武器の調達……それに、追っ手に撒く賄賂。この金は命の値段だ。油断してると一瞬で溶けるぞ」
サラーが冷徹に補足する。
「それに、1ソブリン金貨(約7〜8g、価値は約一ポンド)は純金よ。この袋だけで重いわ。目立ちすぎる」
「ああ。だからこそ、使い道は計画的にだ」
イライアスは紙幣の束を懐にしまい込み、ニヤリと笑った。
「だがまあとにかく、これで当面の軍資金は確保できた。
まずはまともなご飯だ。……それから、明日、総督府に行きと俺たちを乗せてくれる『口の堅い船』を探すぞ」
懐が温まった一行は、港の喧騒を抜け、スパイスと脂の焦げる匂いが漂う大通りへと足を向けた。
「まずは腹ごしらえだ。話はそれからだ」
イライアスが暖簾をくぐったのは、『El Lagarto』という、原住民と入植者が入り混じる活気ある食堂だった。
運ばれてきた料理を見て、ピーターは顔を引きつらせた。
大皿に乗っているのは、どう見ても牛や豚ではない。鱗のついた皮がカリカリに焼かれた、巨大な爬虫類の脚肉だった。
「……これ、ジャングル・ラガルト(密林蜥蜴)の後ろ足ですよね?」
グレイがナイフで肉をつつきながら、店員を呼び止めた。本国では、魔物や魔植物の料理は、違法ではないが、社会の禁忌の一つ。
「ウェイター、質問がある。魔物の肉を人間に提供して大丈夫なのですか?調理したとしても、魔物は細胞レベルでマーナに汚染されている。例えマーナ持ちの我々でも、摂取すればマナ中毒を起こしかねない。決して100%安全とは言えないはずだ」
学術的な質問を投げかけられたウェイター(原住民の青年)は、慣れた様子でニカッと笑った。
「お客さん、ご心配なく。こちとらこの森で数百年暮らしてまさぁ」
ウェイターは腰のポーチから、白い粉末が入った瓶を見せた。
「特殊な処理をしております。獲れたての肉を、この森に生える『中和草』と一緒に三時間以上蒸し焼きにするんです。そうすると、肉に含まれる毒素とマナが中和されて、ただの旨味に変わる。こいつは滋養強壮に一番ですよ」
「へえ、毒を食らわば皿まで、ってか」
イライアスは躊躇なく肉にかぶりついた。
バリッ、ジュワッ。
「……! ほう、こいつは驚いた。鶏肉より弾力があって、味は濃厚だ」
「本当ですか……?」
恐る恐るピーターも口にする。「んぐ……あ、美味しい! 胡椒が効いててビールに合います!」
食後のデザートとして運ばれてきたのは、バスケット山盛りの果物だった。
だが、その見た目は極めて毒々しかった。
「……なんだこれ」
イライアスが手に取ったのは、血管のような筋が浮き出た、どす黒い紫色の果実だった。表面はヌメヌメとしており、微かに脈打っているようにも見える。
「それは『魔植物』の果実ですよ。マナ・プラムの一種です」ウェイターが説明する。
「うげぇ……この紫色は食欲が失せるな」
イライアスは顔をしかめた。どう見ても毒リンゴの親戚だ。
「だがまあ、出されたもんは食うのが流儀だ」
彼は意を決し、その紫色の塊を大口を開けて一気に食べた。
ガブリ。
その瞬間、イライアスの目がカッと見開いた。
「……ッ!?」
「イライアス? だ、大丈夫ですか!?」
サラが慌てて背中をさすろうとするが、イライアスは咀嚼を止めず、恍惚の表情を浮かべた。
「……甘い!!」
「え?」
「なんだこれ、めちゃくちゃ甘くてジューシーだ! 砂糖漬けの桃みてぇだぞ!」
口の周りを紫色に染めながら、イライアスは二つ目に手を伸ばした。
「見た目で損してやがるな。グレイ、お前も食ってみろ。頭の疲れが吹っ飛ぶぞ」
「……本当でしょうか」
半信半疑のグレイも一口かじる。
途端に、濃厚な甘みと爽やかな酸味が口いっぱいに広がり、旅の疲れで枯渇していた魔力が微かに回復するのを感じた。
「……これは凄い。天然のエナジーバーだ」
毒々しい見た目に反して絶品の「魔物料理」と「魔植物の果実」。
ソルテラという土地が持つ、危険だが魅力的な一面を、彼らは舌で理解したのだった。
翌朝、四人が蒸気車のまず向かったのは総督府だった。
ボロボロな船が幾つか港に停泊して、全部最近海賊襲撃の結果。それでも、二フランドからきた失業者も数えきれない。
だが、ここは決して天国ではない。莫大な人口輸入と活発過ぎた海賊が商船を襲うせいで、インフレも最悪の魔物に比敵する程、日々市民と守り人の生気を吸う。
蒸気車タクシーを乗った四人は、総督府に行った途中、大勢なホームレス守り人が
市場の路地裏に、ボロボロの装備をまとった男たちが、泥のように眠りこけていたこと見えていた。
二十分程車の行程で、いよいよ総督府に着いた。
石畳の上り道の終わりに鎮座したのは、白亜の豪邸で、ヤシの木と色鮮やかな花々に囲まれている。
正門の衛兵に、ミラー課長が書いてくれた紹介状(封蝋には情報部の印)を渡すと、衛兵の態度が一変した。
「こ、これは失礼しました! ……ただ、生憎とヴァレリウス総督は不在でして。街の外にある蔗糖農園の視察に出られております」
総督が戻るのは午後になるとのこと。
「俺は前に言った船の調達を。お前たちは自由に。午後一時、総督の正門で集合。じゃ」イライアスは慌てて港の方向に走った。
残った三人は時間潰しに街を散策することにした。
昨夜、初見の奇妙な果物が彼らの好奇心を刺激し、気づけば市場の喧騒の中に身を置いていた。
その市場には、見たこともない原色の果物が山積みになっている。
「これが『マンゴー』か。甘ったるい匂いだ」
ピーターが顔をしかめる横で、グレイは巨大なヤシの実ジュースを嬉しそうに啜っている。
午後、四人は総督府の応接室に通された。
現れたオズボーン総督は、白い麻のスーツを着こなした、脂の乗った獣のような体だが眼光の鋭い男だった。
「ようこそ、遠路はるばるソルテラへ。ミラー氏の紹介状は拝見したよ」
総督は人好きのする笑顔を浮かべたが、その目は笑っていなかった。彼は一瞬で四人を値踏みしたのだ。
(……ただの友人? あり得ないな)
総督は、イライアスの腰にある銃ダコ、サラの指先の感覚、ピーターの規格外の体躯、そしてグレイの知的な観察眼を見逃さなかった。
(こいつらは訓練された『専門家』だ。しかも、かなり場数を踏んだ)
「ミラー氏には、私の父がかつて世話になってね。その友人は、私の友人と同じだ」
総督はあえて彼らの正体には触れず、好条件を提示した。
「君たちには、総督府の『特別顧問』というポストを用意しよう。仕事? いやいや、名ばかりのものでいい。給料は弾むし、総督府の敷地内にある別邸を使ってくれて構わない」
「そいつはありがてえ。俺たちはただ、のんびり静養しに来ただけなんでね」
イライアスが適当に合わせる。
「ああ、ゆっくりしてくれ」
総督は笑顔で彼らを送り出した。
だが、扉が閉まった瞬間、彼は側近に冷たく命じた。
「……すぐに調べろ。偽名を使っているはずだ。本国の情報網を叩いてかまわん。そんな凄腕に見えるの人間はなぜここに」
「っは!」
その夜。総督の厚意(という名の監視)で住居を得た四人は、街の娯楽街へと繰り出した。
目当ては「カジノ」。
厳格な本国ニルフルヘイヴンでは賭博は違法だが、ここ植民地では公認の娯楽だ。
この地最も目を引くのは、Puerto Royale Casino。海辺にそびえ立つこの誇張された宮殿風のカジノは、この地で最初に誕生した大規模カジノだと言われている。
そして、植民地と旧植民地がひしめくこの大陸において、年中無休二十四時間営業を続ける唯一のカジノでもあった。そのカシノは丁度総督府から宿の帰り道の近くにいた。
「ね、少し見物しても良いじゃん。減るもんはないし」グレイはイライアスの腕を引っ張った。
「まあいい、じゃも一人一ポンド、わかった」
「よっしゃ!野郎共、突撃!」グレイは砲弾のように、カシノの中に急走した。
しかし、絢爛な建物と飾りに目を奪われたその先で、彼らを待っていた次の驚きは勘定場だった。
「一ポンドはただの十枚のチップ?本国の裏カシノの二倍の値段!」
「良いじゃん、失った分は此処で稼ぐ!」
イライアスはルーレットに挑んだが――。
「クソッ! また赤かよ! 俺の勘はどうなってんだ!」
結果は散々だった。彼は短気すぎて、引き際を見誤るのだ。
一方、グレイはポーカーテーブルで涼しい顔をしていた。
「……フルハウスです」
「ば、馬鹿な! さっきまで降りてばかりだったのに!」
「確率は収束するものですから」
グレイは持ち前の計算高さというより、なぜかこういう場では妙に悪運が強い。チップの山が彼の前に築かれていく。
ブラックジャックのテーブルでは、サラがディーラーを凍りつかせていた。
「……ヒット」
「お、お客様、もう20ですが……」
「ヒットよ」
めくられたカードはA。合計21。
彼女はカードカウンティングと相手の呼吸を読む技術で、機械のように勝ち続けていた。
そしてピーターは――。
「うわぁ、このエビ美味しい! こっちのローストビーフも!」
ゲームには目もくれず、端にあるビュッフェコーナーで山盛りの料理を平らげ、周囲の客をドン引きさせていた。
三日後。
のんびりした生活は唐突に終わりを告げた。
朝食の時間、四人は再び総督の執務室に部屋の扉の隙間から差し込まれた一通の手紙呼び出された。
オズボーン総督の机の上には、一枚の報告書が置かれている。
「……楽しんでいただけたかな? 『イライアス刑事』、そして『第五課』の皆さん」
総督は氷のような微笑を浮かべた。
調べさせてもらったよ。本国で『女王陛下の死』に関わり、教会を敵に回して追放された『大英雄』たちだとはね」
イライアスたちの空気が一変する。サラの手が隠し持ったナイフに伸びる。
「おっと、殺気立たないでくれ。俺は通報するつもりはない……ただし、君達は役に立つ限はね」
総督は報告書を指で弾いた。
「実は、困っているのだよ。最近発見された古代遺跡の調査隊を送りたいのだが、遺跡には厄介な『先住の防衛機構』や強力魔物がウヨウヨしていてね。普通の守り人では全滅してしまうのだ」
総督は身を乗り出し、甘く、残酷な提案をした。
「君たちに、その遺跡調査隊の護衛兼リーダーを頼みたい。断れば……残念だが、教会に君たちの居場所を通報せざるを得ない。狂信的な異端審問官たちが、大喜びで船を出してくるだろうね」
イライアスは舌打ちをし、天井を仰いだ。
「貴様、何の恨み……」イライアスは右腕を伸ばし、グレイの話をやめるよう合図した。
「分かりました。でも、たとえ我々は遺跡から成功帰還して、なお約束を破って、どうしますか」
「そりゃ、信じるしかないだろう?他の選択肢があるというの?」
総督の事務室は沈黙しかない、総督は「続けて賢明な判断を期待するよ。報酬は弾むし、カジノでの勝ち分も非課税にしておこう」
こうして、第五課の「植民地でのバカンス」は三日で終了した。
彼らは再び銃を取り、未知なるジャングルの奥地、死の遺跡へと足を踏み入れることになる。




