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共鳴の残響、あるいは闇からの訪問者

深い、泥のような眠りだった。

 意識の底で、重なり合う金属の軋む音と、遠くで吠える竜の咆哮を聞いていた気がする。

 クロムがようやく瞼を持ち上げた時、視界に飛び込んできたのは、作業場の高い天井と、薄暗い闇の中で点滅する生成装置の予備電源の光だった。

「……っ、……あ……」

 乾ききった喉が悲鳴を上げる。身体中が鉛のように重い。

 胸の上に置かれたままの手を確認すると、そこにはあの一枚のカードが、吸い付くように握られていた。

『共鳴する残滓竜レゾナンス・リメインズ・ドラグーン』。

 灰色の枠に、攻撃力・防御力ともに「0」と記された、システム上の「失敗作」。

 だが、カードに触れている指先からは、微かだが確かな、心臓の鼓動のような振動が伝わってくる。

「……生きてるな。お前も、俺も」

 掠れた声で独りごち、クロムはふらつく足取りで立ち上がった。

 壁の時計に目をやる。短針は九を、長針は十二を指している。

「九時か……。少し、寝すぎたか?」

 日曜の朝に作業を終えたはずだ。数時間ほど仮眠をとったつもりだったが、妙に体が軽い。外から聞こえる夜の静寂が、いつもより深く感じられた。

 重い防音扉を開け、ショップの方へと足を踏み出す。

「……あら、生きてたのね」

 レジカウンターで在庫整理をしていたスズが、顔も上げずに声をかけてきた。

「スズ……すまんなニ日も店を任せっきりにして」

「二日?何言ってんの。今は月曜の夜よ。あんた、日曜の朝に倒れてから丸一日半、一回も起きなかったんだから」

 スズは呆れたように溜息をつき、ようやく顔を上げた。その瞳には、三連休を一人で回しきった疲労の色が濃い。

「……すまん」

 クロムが短く謝ると、スズは鼻を鳴らした。

「今更よ。あんたが素材を抱えて工房に引き籠もったら、当分出てこないなんていつものことでしょ。ただ、せめて連休の前に終わらせなさいって言ってるの。売上の半分、あんたのメシ代から引いとくからね」

「ああ、好きにしてくれ」

 いつも通りの冷ややかな、けれどどこか安心するやり取り。スズは「はい、これ」と、冷めた栄養ドリンクと少し萎びたサンドイッチをカウンターに置いた。

 それを口にしながら、クロムはふと店内の異変に気づいた。

 連休が明け、人通りが引いた商店街の夜。営業時間は既に終わっているはずなのに、店内の空気が妙に冷え冷えとしている。

 窓の外、街灯の下に、動かない人影があった。

「……スズ。閉店後に客を入れたか?」

「いいえ。……え、何? 誰かいるの?」

 スズが怪訝そうに窓の外を見やった瞬間、店内の照明が激しく明滅した。

 バチッ、という不快な放電音と共に、すべてのホログラムディスプレイがノイズに覆われる。

「な、何!? 停電?」

「いや、違う……。デバイスがハッキングを受けてる」

 クロムは咄嗟に自分の腕輪型デバイスを起動しようとしたが、画面は真っ赤なエラーログを吐き出した。

『Warning: External Linkage detected. System Override... Step 1 to 4 Complete.』

「外部接続……!? 誰かが店のメインサーバーを叩いてる!」

 スズが叫ぶのと同時に、ショップの自動ドアが、意志を持っているかのようにゆっくりと左右に開いた。

 夜の冷気と共に、一人の男が踏み込んでくる。

 仕立てのいい黒いロングコート。整えられた銀髪。そして、クロムと同じように、左腕には見たこともないほど重厚な最新鋭のデバイスが装着されていた。

 男の瞳は、獲物を前にした爬虫類のように冷たく、鋭い。

「……ようやくお目覚めか。ガラクタ拾いの職人殿」

 男の通るような声が、静まり返った店内に響く。

「誰よあんた! もう閉店してるわよ!」

 スズの制止を無視し、男はクロムの数歩手前で足を止めた。その視線は、クロムが握っている灰色のカードに釘付けになっている。

「昨夜、この街の魔力濃度が一時的に規定値を超えた。震源地はこの汚らしい工房だ。……信じられんな。システムがゴミと断じたその紙切れ一枚が、特級素材(UR)を凌駕する波長を放っているなど」

「……お前、何者だ」

 クロムはカードを背後に隠すように構え、男を睨みつけた。

 男は薄く、愉悦を隠さない笑みを浮かべた。

「名は『九条クジョウ』。……特定のグループに属する者とだけ言っておこう。我々は、世に出るべきではない『歪な波長』を管理している。そのカード、大人しく渡してもらおうか。お前のような野良の技師が扱える代物ではない」

「断る。これは俺が、こいつの『記憶』と対話して形にしたものだ」

「記憶だと? 吐き気がするな。カードは所詮、計算された回路の集積だ。不良品は排除されるべき。……力ずくで奪うのは本意ではないが、交渉の余地がないのなら仕方がない」

 九条がデバイスを操作した。

 その瞬間、店内の壁一面に幾何学的な模様のホログラムが展開され、逃げ場を塞ぐように檻を形成する。

『Resonance Level: Max. Real-Impact System: On.』

 警告音が鳴り響く。クロムの顔色が変わった。

「リアル・インパクト……? 馬鹿な、そんな機能、公式のデバイスには存在しないはずだ!」

「公式、か。あんなものは子供の遊びだ」

 九条のデバイスから、黒い霧のようなホログラムが溢れ出し、店内のショーケースを粉砕した。ガラスの破片が頬を掠め赤い筋を作る。

「これは、カードのダメージをプレイヤーの精神と肉体に直接フィードバックする『真の闘技』だ。……負ければ、ただの敗北では済まない。そのカードと共に、お前の技師としてのキャリアも、ここで終わらせてやる」

 クロムの指先が、怒りと恐怖、そして……抑えきれない高揚感で震えていた。

 目の前の男、九条。こいつは今、カードを「回路の集積」と呼んだ。素材が何百年も抱え続けてきた「記憶」を、ゴミだと切り捨てた。その侮辱が、クロムの魂にある職人の火を、一気に燃え上がらせた。

「……スズ、下がってろ。こいつは本気だ」

「ちょっと、クロム! 死ぬわよあんた!」

「ああ。だが、俺の作ったカードをゴミだと言った奴に、教えなきゃならないことがある。……レアリティなんてものは、こいつらの価値の百分の一も表しちゃいないってことをな」

 クロムは激しく火花を散らす自分のデバイスを強引に起動させ、デッキをスロットに叩き込んだ。

 ボロボロの、安っぽい灰色の束。

 だが、その一番上にある『共鳴する残滓竜』は、持ち主の闘志に呼応するように、これまでにないほど激しい銀色の波長を放ち始めていた。

「面白い。その自信、いつまで持つかな?」

 九条が冷酷な笑みを浮かべ、自身のデバイスに指を滑らせる。

 

「……絶望を知れ、ガラクタ職人。境界線を剥離アンリーシュせよ。――深層接続ディープ・リンク!」

「‥‥‥来い!」

 暗転した店内に、戦いの幕を開ける青白い閃光が走った。

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