埃まみれの共鳴
重い木製の扉を押し開けると、錆びたベルが鈍い音を立てた。
骨董屋『無用の長物』。その名の通り、世界中から忘れ去られたガラクタが山のように積まれた店内は、昼間だというのに薄暗く、締め切られた古い家屋特有の湿った畳の匂いと、蓄積された埃が鼻をくすぐる
「げほっ、けほっ! うわあ、すごい埃……!」
足を踏み入れた瞬間、ルカが顔の前で手を振りながら盛大にむせた。
「なんだい、騒がしいね。……なんだ、またガラクタ拾いの坊やか」
うず高く積まれた木箱の奥から、くぐもった声が響く。軋むロッキングチェアに深く腰掛け、キセルを吹かしているのは、この店の主である老婆・キヌだ。偏屈で口が悪く、独立して店を構えた今でも、クロムのことを子ども扱いする数少ない人物だった。
キヌは紫煙の向こうから、クロムの背後に隠れるように立っているルカをじろりと眺めた。
「へぇ……。あんたが連れなんて珍しいじゃないか。いつも死んだ魚みたいな目で、一人で地面ばっかり這いずり回ってるくせにね」
「……余計なお世話だ」
「はじめまして! 僕、ルカって言います。クロムさんの弟子なんです!」
ルカが元気よく身を乗り出して自己紹介すると、キヌは一瞬虚を突かれたように目を見開き、それから意地の悪い笑みを浮かべてクロムを見た。
「ひぇっ、ひぇっ! 弟子だってさ! 自分の食い扶持も怪しいコモン専門の技師が、人様の子に何を教えるってんだい。おままごとの相手でも募集したのかい?」
「……弟子にした覚えはない。こいつが勝手に付いてきただけだ」
クロムは無愛想に言い捨て、ルカの頭を軽く小突いた。「ほら、ルカ。挨拶はいいから素材を探すぞ」
「あいたっ。もう、照れなくてもいいのに!」
「照れてねえ。……キヌ婆さん、何か新しいものは入ったか?」
「さあねえ。昨日、馬鹿息子がそこらへんに何か放り込んでた気がするけどね。勝手に漁りな。商品ならそこら中に転がってるだろうよ」
「またか……。少しは商品を整理したらどうなんだ。どこに何があるか、店主が把握してない店があるかよ」
呆れて口にした瞬間、つい数十分前にスズから「カードの束が放置されている」と小言を言われた光景が脳裏をよぎった。自分も似たようなものか、と一瞬だけ胸がチクリと痛んだが、クロムはすぐにそれを思考の隅へ追いやった。今はスズの顔色を伺うより、目の前のガラクタと向き合う方が先決だ。
「整理なんてのはね、価値のあるもんを売る店がやることさ。お前さんみたいな物好きしか来ないんだから、これで十分だよ」
悪びれもせず笑ってキセルを叩くキヌに深々と溜息をつきながら、クロムはショルダーバッグを置き、うず高く積まれたガラクタの山へと向き直った。ルカも目を輝かせて周囲を物色し始めるが、あまりの物量にすぐに行き詰まってしまった。
「うーん……クロムさん、これなんかどう? かっこいい歯車だけど」
「ダメだ、それはただの鉄屑だ。見た目に騙されるな」
「ええー、じゃあどうやって見つけるの?」
クロムはルカを隣に招き、一つの鉄の塊を指差した。
「……感覚を研ぎ澄ませろ。目で見るんじゃなく、素材から漏れ出す微かな『魔力の波長』を感じ取るんだ。どんなガラクタでも、かつて何かの役割を持っていたなら、かすかな残響を放っている。何も感じないなら、それは本当に死んだゴミだ」
「波長……」
「そうだ。俺たちが探しているのは、まだ小さく声を上げている『生きた』ガラクタだ」
探索を始めて三十分ほど経った頃、クロムは崩れた石材の隙間から、黒ずんだ真鍮のパーツ――『古びた防壁のゼンマイ』を掘り出した。
「ほう。これは……」
クロムは指先でゼンマイの表面を撫でる。微かに伝わってくるのは、強大な何かに焼き尽くされた場所で、それでもなお止まることを拒むような機械の執念だ。
「かつて北の果てにあった『竜封じの砦』……その残滓か。面白いカードになりそうだ」
クロムは満足げにそれをバッグに収めた。ルカも「へぇー、かっこいい!」と身を乗り出すが、そこからが長かった。
さらに一時間が経過した頃、店内の熱気と埃に、ルカの集中力は限界を迎えていた。
「……ふぅ、さすがに疲れたぁ。クロムさん、ちょっと休憩……わっ」
ふらついたルカが、背後にあった不安定なガラクタの山に背中を預けようとして、バランスを崩した。
ガシャアアアアンッ!!
静寂を切り裂く轟音と共に、鉄板や木箱、得体の知れない金属部品が雪崩のように崩れ落ちる。「ああっ、アタシのガラクタたちが!」というキヌの怒鳴り声が奥から聞こえてきた。
「げほっ、ご、ごめんなさい! 今すぐ直します!」
「ったく、お前ってやつは……怪我はないか」
クロムは溜息をつきながら、ルカを助け起こすために崩れた瓦礫の山へ歩み寄った。
その時だ。
散らばったガラクタの隙間に、黒く煤けた奇妙な物体が転がっているのが見えた。表面には幾何学的な紋様が刻まれた『鱗』のような質感がある。
「……?」
何気なく、それを拾い上げようとした瞬間。
クロムの指先に、それまで感じたことのない異質な衝撃が走った。
「――ッ!?」
それは「声」というにはあまりに重く、沈み込むような圧力だった。先ほど見つけたゼンマイの震えるような波長とは、根本的に質が違う。肌を刺すような冷たさと、心臓を直接掴まれるような嫌な震え。
「クロムさん? どうしたの?」
「……いや。ルカ、下がってろ」
クロムは慎重に、その黒い塊を手に取った。
物理的な重量以上に、その素材が内包する「記憶」の質量が、腕を通じて流れ込んでくるようだった。
「……なんだ、これは」
先ほどのゼンマイが「竜に怯える側の残響」だとしたら、これはその根源に近い何か。
これが何かはまだ分からない。だが、今まで扱ってきたどんなコモン素材とも、あるいはかつて目にしたSR素材とも違う、奇妙な『違和感』が指先を痺れさせていた。
「ただのガラクタじゃなさそうだ……。これまでにない、妙な波長を感じる」
クロムの黒い瞳が、煤けた鱗の奥に眠る、どす黒い輝きを鋭く見据えていた。




