瓦礫の下の王冠
黄金の共鳴圏が霧散し、広場に静寂が戻る。
レオンは膝をついたまま、信じられないものを見るかのように自分の手札を見つめていた。最強の巨竜を従えながら、攻撃力300の雑兵たちにライフを削りきられた屈辱。その顔は、怒りと困惑で赤黒く染まっている。
「……レオン、約束だ。この子に謝ってもらおうか」
クロムが静かに歩み寄るが、レオンは弾かれたように立ち上がった。
「ふざけるな! 運が良かっただけだ……! 煤煙ごときで俺の巨竜を止めるなど、そんなのはまやかしだ。認めん、俺は認めんぞ!」
レオンは少年に一瞥もくれず、取り巻きを突き飛ばすようにして黄金のスポーツカーに乗り込んだ。
「……おい、立ち退きの書類はどうする!」
クロムの呼びかけも虚しく、派手な排気音と共に車は急発進して去っていく。結局、謝罪の言葉一つなかった。
「……ったく。負け際まで派手な奴だな」
クロムは溜息をつき、折れ曲がった『竜の煤煙』を握りしめて立ち尽くす少年の元へ歩み寄った。
「ごめんね、クロムさん……。僕のカードのせいで、あんな奴に……」
クロムは少年の頭を撫で、折れたカードを預かった。「店に戻りな。『修復』してやる」
数日後。
バトルの噂は瞬く間に広がり、『工房・言の葉』には冷やかしや相談の客が少しだけ増えていた。
「店長、またカードの整理サボりましたね? このCカード、束のまま放置されてましたよ」
「……後でやる。それより、入り口のショーケースを頼めるか。昨夜調整し直したコモンを並べておいてくれ」
カウンターの奥で小言を漏らしているのは、雇い始めてからもう一年になる店員、スズだ。
艶やかな銀髪を和風のクリップでまとめ、白いシャツに紺色の前掛けを合わせた彼女は、無骨なこの工房には少々もったいないほど凛としていて、どこか涼しげだ。クロムの無愛想な性格も、偏執的なCカードへのこだわりも熟知しており、今や店の実質的な運営を一人でこなす貴重な相棒となっていた。仕事は完璧だが、小言の鋭さだけは相変わらず慣れない。
クロムはいつものように、日課である骨董屋巡りに出るためショルダーバッグを肩にかけた。
「悪いな、店番任せた。忙しくなる前には戻る」
「えっ、ちょっと店長!? 待ってください、今日は――」
呼び止める店員の声を背中で聞き流し、クロムは店を飛び出した。
しかし、一歩外へ出て違和感に気づく。商店街はいつになく家族連れや観光客でごった返しており、どの店も行列ができている。
「……なんだ、この騒がしさは」
「あ、クロムさん! お疲れ様です!」
通りの向こうから、あの日以来すっかりクロムに懐いてしまった少年――ルカが駆け寄ってきた。
サイズの大きなワークベストのポケットをカードや小物でパンパンに膨らませ、癖のある茶髪を跳ねさせながら走ってくる姿は、まるで落ち着きのない小動物のようだ。
「……またお前か、ルカ。学校はどうした。サボりか?」
「えっ、ひどいなぁ! 今日は祝日だよ。カレンダー見てないの?」
「……祝日? あ……」
クロムは思わず自分の店を振り返った。普段は客足もまばらな店だが、祝日となれば冷やかしや子供たちがそこそこは訪れるはずだ。いつも通りのつもりでいたが、スズ一人に接客と陳列を同時に任せるのは少々酷だったかもしれない。
(やってしまった……。完全に一人で担当させてしまった……)
顔を青くする店員の姿が脳裏をよぎり、胃のあたりに鋭い罪悪感が走る。だが、職人としての嗅覚が「今日は外へ出ろ」と囁いていた。クロムはあえて思考を停止させ、目の前の少年に向き直った。
「……祝日か。道理で騒がしいわけだ。それで、お前は何の用だ」
「クロムさんが今日、新しい素材探しに行くって聞いたから……僕、一緒に行きたいんだ! 僕、クロムさんみたいな『技師』になりたいんだ!」
ルカの真っ直ぐな言葉に、クロムは足を止めた。
この世界において、『技師』という職業は単なる製造業ではない。生成器を介し、素材に刻まれた膨大な記憶と魔力の波長を読み解き、それを「カード」という物理媒体に最適化して定着させる。その過程には、精密機械のような魔力制御と、対象の性質を正しく解釈する天性のセンスが必要とされる。
その門戸は極めて狭く、多くの志願者が適性検査の段階で脱落していく。何より、この職業には冷徹なまでの階級社会が存在していた。
「……技師に? やめておけ、ルカ。あんなのは、割に合わない商売だぞ」
二人は連れ立って、賑やかな通りを外れ、古い骨董屋が集まる裏路地へと歩き出した。
大手ショップに所属する技師たちは、こぞってURやSRの構築に心血を注ぐ。高い希少性を持つ素材から強力なカードを定義できれば、名声も富も手に入るからだ。
対照的に、Cカードの構築は「端仕事」として蔑まれている。そもそも業界において、Cとは「URやSRを狙って失敗した際に、溢れた魔力の滓で適当にまとめられたもの」に過ぎない。失敗作としての烙印――それが一般的なコモンの正体だ。
もちろん、クロムが手間暇をかけて構築する「本物のコモン」は、そんな失敗作よりはいくらか性能が良い。ほんの少しだけ燃費が良く、ほんの少しだけ数値が高い。だが、どれだけ技師が心血を注いだところで、CはCだ。どれだけ磨いてもSRの輝きには届かない。
その「少しの差」のために、高レアリティ構築以上に緻密な作業を積み重ねる。それでいて利益は雀の涙。効率を重視する現代の職人にとって、クロムのような存在は、物好きな異端でしかなかった。
「どうして? カードショップでみんなに喜ばれるカードを作るの、かっこいいじゃないか!」
「……それは、華やかな一部のエリートの話だ。ガラクタのような素材から、誰にも使われないようなカードを絞り出す……俺のような物好きは、この街に二人といねえよ」
クロムは路地裏に転がる鉄屑を、品定めするように見つめた。
世間一般の技師は、素材が持つ「派手な数値」だけを求める。だが、クロムは違う。彼は、打ち捨てられた瓦礫の中に眠る、小さな、しかし消えない残り火を拾い上げ、それに「カード」という役割を与えることに心血を注いできた。
「でも、クロムさんはそのCカードで、最強の巨竜を止めたじゃないか! 僕は、有名になりたいわけじゃない。クロムさんみたいに、誰も見向きもしないものに価値を与えられる人になりたいんだ」
ルカの瞳には、かつての自分が抱いていたかもしれない熱が宿っていた。
自分の技術を「三流」と呼び捨てた連中とは違い、この少年は自分の生み出したカードに価値を見出し、信じてくれている。その真っ直ぐな尊敬は、孤独な職人であるクロムの心を、少しだけ温めていた。店員への申し訳なさは消えないが、この少年の期待を裏切るのも寝覚めが悪い。
「……素材探しは地味だぞ。埃っぽいし、街中のガラクタ山を探し回ることになる。泣き言を言っても知らんぞ」
「大丈夫! 僕はクロムさんの弟子だからね」
「……弟子にした覚えはないがな。ほら、行くぞ」
二人は、看板すら朽ち果てた一軒の骨董屋の前にたどり着いた。
「……ここだ。ここは特にお宝が溜まるんだ」
クロムが店の重い扉を開ける。そこは、世界から忘れ去られたガラクタたちが、静かに次の主を待つ場所。
この山のどこかに、まだ見ぬ「王」の欠片が眠っていることを、この時のクロムはまだ知る由もなかった。
【用語解説】
技師
素材に宿る「記憶」を読み解き、その「魔力の波長」をカードという形に最適化して定着させる専門職。緻密な魔力制御と、対象の性質を正しく解釈するセンスが問われる。
素材
カードの核となる物質。あらゆる物に、過去の出来事や感情が「記憶」として刻まれており、そこから固有の「魔力の波長」が放たれている。
スーパーレア(SR)
一線級の技師が名声と富を得るための主力商品であり、市場の華。




