盤上の予定調和
スタジアムを包む空気は、ピンと張り詰めていた。
盤面に掛けられた、ジュールによる「墓地送り封じ」という厄介なロック。
だが、クロムの瞳の奥にある職人としての闘志は、微塵も揺らいではいなかった。
「……いいぜ。その理屈、どうやって解体してやろうか」
クロムはデバイスのディスプレイを鋭く見据え、デッキに手を伸ばす。
「俺のターン。ドロー」
クロムは山札から2枚のカードを引き抜いた。引き込んだ手札に視線を落とし、頭の中で瞬時に数ターン先までの盤面構築図を描き出す。そして、手慣れた動作で手札から2枚のカードを選び、マナゾーンへとセットした。
「チャージ。瞬刻『竜の煤煙』と、もう1枚のカードをセット。スモークの〈可変マナ生成〉を起動し、合計3マナ生成だ」
クロムの足元に、通常よりも強い青白い光が走り、3つのマナが灯る。
このゲームにおいて、基本的にターンを跨いでのマナの持ち越しはできない。だが、その常識を覆す光景に、観客席からどよめきが起こった。
「おい、見ろよ! 1枚のカードで2マナ生成して、一気に3マナ生み出したぞ!?」
「そんなことありえるのか……!? いや、でもあいつの使うコモンカードなら、何か規格外のカラクリがあるのかもしれねえ……!」
エリートたちの常識を外れた独自の挙動に観客が湧く中、クロムは一切の躊躇なく反撃の歯車を回し始めた。
「1マナ消費。魔導体『残滓の整備員』を召喚」
フィールドに、工具を手にした小柄な機械兵が現れる。攻撃力は500。
「『整備員』の召喚時効果が発動。自分の場の『残滓』1体を解体(破壊)することで、山札からカードを1枚ドローする。俺は場にいる『残滓の歩兵』を破壊し、1枚ドローだ」
整備員が工具を振るうと、ガラクタの装甲を纏った歩兵がガタガタと音を立てて崩れ落ちる。
『山札から墓地へ送る』ことはジュールの『禁忌狩り』によって禁じられているが、こうして『場に出ているカードを破壊して墓地へ送る』ことはルールの制約を受けない。
「さらに1マナ消費。魔導体『残滓の馬兵』を召喚。そして残る最後の1マナで、『残滓の工作員』を喚び出す」
錆びついた機械の馬に跨る騎士(攻撃力800)と、巨大なアームを持つ工作員(攻撃力600)が立て続けにフィールドへ降り立つ。
「『工作員』の効果発動。自分の場の『残滓』を破壊し、このターンの終わりまで、自身の攻撃力を破壊した魔導体の攻撃力分だけ上昇させる。……『馬兵』を解体しろ」
工作員のアームが馬兵を乱暴に分解し、そのパーツを自身の駆動部へと組み込んでいく。駆動音が唸りを上げ、工作員の攻撃力は元の600から、馬兵の800を足した「1400」へと跳ね上がった。
「コンボはまだ終わらねえ。破壊された『馬兵』の自動効果が起動する。このカードが破壊された時、墓地にある『残滓の歩兵』を復活させる!」
先ほど整備員によって解体され、墓地へと送られていた歩兵が、馬兵のパーツを触媒にして再び盤面へと蘇る。
たった3マナ。
そして「デッキから墓地へ送れない」という厳しい制限下でありながら、クロムは自身の効果によるドローを巧みに挟んで手札の消費を最小限に抑えつつ、盤面に3体の魔導体を並べ、さらにアタッカーの攻撃力をジュールの壁を超える数値まで引き上げてみせたのだ。
その流れるような、あまりにも無駄のない解体と再構築の連鎖に、ジュールは感嘆の息を漏らした。。
「……素晴らしい」
ジュールは心底からの称賛を込めて、小さく拍手を送った。
「墓地への直接の道を封じられてなお、自らの盤面での破壊と再構築を繰り返し、そこまでデッキを回すとは。君のロジックは、私の想定を上回る美しさだ」
「御託はいい。バトルだ」
クロムはデバイスを操作し、攻撃の指示を出す。
「攻撃力1400となった『工作員』で、お前の『白銀の禁忌狩り』(攻撃力1200)を攻撃。……壊すぜ、その目障りなボウガンを」
巨大なアームが振り下ろされ、銀の鎧を纏った猟兵が粉々に砕け散る。
ロックが解除された瞬間、クロムは間髪入れずに追撃を仕掛けた。
「そのまま『整備員』と、復活した『歩兵』でダイレクトアタックだ!」
残る2体の機械兵がジュールの懐へと飛び込み、鈍い一撃を見舞う。
ジュールのライフに合計800のダメージが突き刺さった。予選決勝という大舞台で、エリート候補生のライフをコモンカードの猛攻が削り取った光景に、スタジアムは爆発的な歓声に包まれる。
ジュールライフ
10000→9200
「『歩兵』の効果発動。相手プレイヤーにダメージを与えたことで、俺のマナが1追加される。……これでターンエンドだ」
「やったぜ! さすがアニキ、一瞬でロックをぶち壊した!」
観客席の喧騒に負けない大声で、控え室のレノが拳を突き上げて歓喜する。
隣で見守っていたルカも、ホッと胸をなでおろしていた。
「すごい……あんなに厄介なロックを、低コストのカードだけで突破するなんて」
だが、二人とは対照的に、スズの表情は少しだけ引き締まっていた。
クロム自身もまた、デバイス越しに見えるジュールの姿から目を離さずにいた。
ライフを削られ、盤面の要であったカードを破壊されたというのに、ジュールは服の埃を払う程度の動作で、平然と立っていたのだ。
その顔には、焦りどころか、まるで予定調和の計算式を眺めるような薄い笑みさえ浮かんでいる。
「……やはり君は、期待通りの『最適解』を選んでくれたな」
ジュールは静かに告げると、山札に手を伸ばした。
「私のターン。ドロー」
淀みない動作で2枚のカードを引く。
「君は私のマナ切れを『隙』だと判断し、リソースを割いてまでロックを解除しに来た。だが、私にとってはそれこそが望んでいた展開だ」
「なんだと?」
ジュールは手札から1枚の魔導カードを掲げた。
「魔導『白銀の弔鐘』を発動。前のターン、私の『白銀』魔導体が破壊されている場合、このカードはマナコスト0で発動できる。効果により、山札から攻撃力1500以下の『白銀』カード1枚をサーチし、手札に加える」
涼やかな鐘の音が闘技場に響き渡り、ジュールは山札から特定のカードを抜き取った。手札を一切減らすことなく、彼は次の「刃」を手元に引き寄せたのだ。
「チャージ。これで私のマナは4となる。……行くぞ」
ジュールがデバイスにカードをセットした瞬間、闘技場を包むホログラムの光が、これまでのUCとは格の違う、眩い黄金色の輝きを放った。
SRの光だ。
「2マナ消費。SR魔導体、『白銀の霊樹騎士』を召喚」
光の中から現れたのは、白銀の甲冑に身を包み、大樹の意匠が施された大剣を構える荘厳な騎士だった。元々の攻撃力は1200。
「『霊樹騎士』の効果発動。墓地にある『白銀の禁忌狩り』を、付与カードとしてこの騎士に装備する。これにより、霊樹騎士は装備したカードの能力を完全に引き継ぎ、さらにその攻撃力とマナコストを自身に加算する」
墓地から『禁忌狩り』の幻影が浮かび上がり、霊樹騎士の鎧へと吸い込まれていく。
システム音声と共に、霊樹騎士のステータスが跳ね上がった。
『――攻撃力アップ。ATK:2400。コスト:4』
「引き継いだ効果により、お互いのプレイヤーは再び『山札からカードを墓地へ送る』ことができなくなる」
「そ、そんな……!」
控え室で歓声を上げていたレノが、絶望に顔を歪める。
「倒したはずのロックが、前のターンよりさらにバカでかくなって戻ってきたじゃねえか……!」
クロムが苦労して解体した『禁忌狩り』は、より高い攻撃力と強固な鎧を得て、再び盤面に君臨した。クロムの攻撃すらも、ジュールにとっては次の強固な布陣を敷くための「リソース(餌)」に過ぎなかったのだ。
だが、スズは腕を組みながら、鼻で笑って言い放った。
「慌てんじゃないわよ。あんくらい、クロムならなんとかするわよ。……そうでしょ?」
しかし、ジュールの「計算」はまだ終わっていなかった。
残る2マナ。彼は無慈悲に最後の一手を盤面に叩きつける。
「構築カード、『白銀の威光』を発動」
ジュールの足元から、闘技場全体を制圧するような白銀の光の波が広がっていく。
その光を浴びたクロムの魔導体たち――『整備員』や『歩兵』の動きが、重力に縛られたかのように鈍くなった。
「このカードが展開されている2ターンの間、コスト2以下の魔導体は、一切の防御行動を取ることができなくなる」
「……ッ!」
クロムの顔が微かに険しくなる。
クロムのデッキの主軸は、低コストの『残滓』たちを横に並べて壁を作り、時間を稼ぎながらコンボを成立させることにある。ジュールは、そのクロムの「構造的弱点」を完全に見切っていた。
数で守ることすら許さない、規律という名の暴力。
エリートとしての圧倒的な制圧力に、観客席は息を呑んで静まり返った。
「君の細かな抵抗は、これで終わる。バトルだ」
ジュールが冷酷に腕を振り下ろす。
「『白銀の霊樹騎士』で、クロムに直接攻撃」
クロムの場には魔導体がいるにもかかわらず、『威光』の効果によって彼らは盾になることができない。
霊樹騎士の大剣が、無防備なクロムに向かって一直線に振り下ろされた。
視界を白く染め上げるほどの強烈なホログラムの閃光と、けたたましいアラート音が闘技場に鳴り響く。
システムが算出したダメージは「2400」。クロムのライフゲージが一撃で削り取られた。
クロムライフ
10000→7600
「……ターンエンドだ。さあ、次はどう解体してみせる?」
ジュールは余裕の表情すら浮かべず、ただ冷徹に、次のターンをクロムへと明け渡した。
圧倒的なスタッツの暴力と、低コストを許さない完璧なロック。
白銀の光に支配された絶望的な盤面を前に、クロムは小さく息を吐き、デバイス越しに鋭い視線でジュールを睨み据えた。




