ガラクタの執念と、未知なる壁
「……ターンエンドの前に、もうひと仕事だ」
「何?」
ジュールが冷酷にターン終了を宣言し、彼を覆う白銀の光が僅かに収束しようとしたその瞬間。クロムは、前のターンに『残滓の歩兵』の攻撃によって得ていた最後の1マナを消費し、腕輪型デバイスのスクリーンを鋭くタップした。
「俺は1マナを支払い、瞬刻『残滓の資源回収』を発動」
クロムの場にいる、工具を手にした小柄な機械兵『残滓の整備員』の足元に、魔法陣が展開される。
「このカードは、自分の場の『残滓』と名のつくカード1枚を自ら解体(破壊)することで発動する。……お疲れ様だ、整備員。お前のパーツは無駄にしない」
ガラガラと音を立てて、整備員が自律的に崩壊し、鉄屑となって戦陣盤から消え去る。現在、盤面にはジュールによる「墓地送り封じ」という厄介なロックが掛けられている。山札から直接カードを墓地に送ることは禁じられているが、こうして「既に場に出た魔導体を自ら破壊して墓地へ送る」ことは、ルールの網目を縫う正当な抜け道だった。
「解体完了。効果により、俺は山札から2枚ドローする」
クロムのデバイスに新たなカードデータが転送され、手札が補充される。
ジュールはわずかに眉をひそめた。デッキからの墓地送りを封じ、盤面を圧倒的なステータスで制圧しているというのに、目の前の底辺職人は平然と自分のユニットを砕き、確実に「墓地」を肥やしながら手札を潤しているのだ。
無機質なシステム音声が闘技場に鳴り響き、クロムのターン開始を告げる。
『――ターン・スタート。ドローフェイズ』
ターンを跨いでのマナの持ち越しはできないが、クロムは既に先ほどの瞬刻でマナを使い切っていたため、損失は何一つない。クロムは淀みない動作で山札からさらに2枚のカードを引き抜いた。
「俺のターン」
引いたカードと、先ほどの『資源回収』で得た手札。クロムの脳内で、瞬時に盤面の解体図と再構築のフローチャートが組み上がる。手札は「魔力ゾーン」へ表側で置くことでマナへと変換できる。この世界の絶対の理において、手札の枚数こそが現場を回す最大のエネルギーだ。
「手札から3枚のカードをチャージ。マナを『3』生成する」
青白いマナの光が3つ、クロムの足元に力強く灯る。
「まずは2マナを消費。来い、魔導体『残滓の亡竜』!」
フィールドに現れたのは、無数の鉄屑とワイヤーで無理やり竜の形を象った、異形の機械竜だった。元々の攻撃力は800。
「『亡竜』の自動効果が発動する。自分の墓地にある『残滓』カード1枚につき、この魔導体の攻撃力は300上昇する。今、俺の墓地には計3枚の『残滓』が眠っている」
亡竜の巨体が駆動音を上げ、墓地の鉄屑たちの怨念を吸い上げるようにその出力を増していく。
『――ステータス更新。攻撃力:800 → 1700』
「攻撃力1700……。だが、それでも私の『白銀の霊樹騎士』の攻撃力(2400)には到底届かない」
「現場の組み立ては、まだ終わっちゃいない」
ジュールが冷笑を浮かべる中、クロムは残る最後の1マナをデバイスへ滑り込ませた。
「1マナ消費。魔導体『残滓の解体用カッター(リメインズ・スライサー)』を召喚!」
フィールドに現れたのは、巨大な回転式丸鋸そのもののような、無骨極まりない自律型兵器だった。基礎攻撃力は500。
「攻撃力500の魔導体だと? それで何をするつもりだ」
「邪魔な装甲を切り裂くのさ。……総員、解体作業開始!」
クロムの鋭い声と共に、フィールドの機械兵たちが一斉に動き出す。
「行け、『解体用カッター』! ジュールに直接攻撃だ!」
巨大な丸鋸が、火花を散らしながらジュールへと突進していく。その進路上に、ジュールの『白銀の霊樹騎士』が巨大な大剣を構えて立ち塞がった。この時点では霊樹騎士のコストは「4」。ジュール自身が張った構築カード『白銀の威光』による「コスト2以下の魔導体はブロックできない」という制限を受けず、余裕で防御の盾となるはずだった。
「『解体用カッター』の効果発動! このカードが相手プレイヤーに直接攻撃を宣言した時、相手の場の『付与カード』を1枚選択して破壊する!」
「なっ……!?」
クロムの指差す先は、エリート候補生でも、彼を守る騎士そのものでもなかった。騎士の身体を覆う、過剰なまでに強固な白銀の鎧――付与カード『白銀の禁忌狩り』だった。
「その騎士の、無駄な鎧を剥ぎ取らせてもらうぜ!」
凄まじい金属音と共に、回転する丸鋸が『白銀の霊樹騎士』の鎧を真っ二つに両断する。纏っていた『白銀の禁忌狩り』の幻影が砕け散り、騎士の威圧感が急速に萎んでいく。
『――ステータス更新。攻撃力:2400 → 1200。コスト:4 → 2』
「付与カードを失ったことで、騎士のステータスは元に戻る。そして、コストは『2』に低下した」
「……ッ!!」
クロムはジュールの足元で広がり続ける白銀の光を指差した。
「お前が張った『白銀の威光』。コスト2以下の魔導体は防御できないっていうあの効果……今はそっちの騎士にも、きっちり適用されてるはずだぜ?」
エリートの完璧な計算が、自ら定めた規律によって崩壊した瞬間だった。クロムの低コスト軍団を封殺するために敷いた絶対の法が、皮肉にも、コストが下がった彼自身の騎士を「守れない存在」へと縛り付けてしまったのだ。
「さらに、付与カードを破壊したことで『解体用カッター』の攻撃力は500上昇する!」
鎧を破壊し、勢いを増した丸鋸(攻撃力 1000)が、棒立ちとなった『白銀の霊樹騎士』の横をすり抜け、ジュールに激突する。
『――プレイヤーへのダメージを確認。1000ダメージ』
ジュールライフ
9200→8200
「そのまま畳み掛けるぞ! 『歩兵(攻撃力300)』、『亡竜(攻撃力1700)』、そして『工作員(攻撃力600)』! 防御不可のジュールに直接攻撃だ!」
ボロボロの機械兵と異形の竜が、白銀の光をすり抜けて一斉に跳躍する。
ジュールの『白銀の霊樹騎士』は、自らの主人の『威光』に縛られ、大剣を振るうことすらできない。鈍い打撃と竜の咆哮が、エリート候補生の胸元へと立て続けに突き刺さった。
『――プレイヤーへのダメージを確認。合計2600ダメージ』
ジュールライフ
8200→5600
「しゃああっ! アニキの連続攻撃が決まったぞ!!」
控え室で観戦していたレノが拳を突き上げ、歓喜の叫びを上げる。
「『歩兵』の効果が発動。相手プレイヤーにダメージを与えたことで、マナが1追加される。……俺はこれで、ターンエンドだ」
クロムの足元に、再び1つのマナが灯る。
圧倒的な制圧力を誇っていた『白銀の威光』。それを力技で破壊するのではなく、あえて相手のコストを下げて逆利用するという職人離れした解体劇に、スタジアムは爆発的な歓声に包まれた。
だが、ジュールは片膝を突くこともなく、白銀の光の中で静かに服の埃を払っていた。
(……私の張った『威光』を破壊するのではなく、まさか利用してくるとはね。君の現場での対応力には少し驚かされたよ)
ジュールは冷徹な眼差しでクロムを見据える。その瞳には、先ほどの驚きはすでに欠片もなく、エリート特有の氷のような理性が満ちていた。
(……だが、問題ない)
思考を切り替えたジュールが前を見据える中、無機質なシステム音声が響く。
『――ターン・スタート』
ジュールのドローフェイズが訪れる。
「私のターン。ドロー」
優雅な動作で2枚のカードを引き抜いたジュールは、手札から1枚のカードを天に掲げた。それは眩い輝きを放つ、SRの魔導カードだった。
「魔導『白銀の特例法』を発動。このカードは、相手の場の魔導体の数が、自分の魔導体の数より多い場合にのみ、マナコスト『0』で発動できる」
現在、クロムの場には4体の『残滓』が群れている。対するジュールは『白銀の霊樹騎士』ただ1体。
「私は手札を1枚捨てることで、マナを『4』生成する」
ジュールの足元に、黄金色のマナが一気に4つ点灯する。手札1枚で4マナ。等価交換の理を破壊する、特例法という名のエリートのみに許された超効率のリソース変換だった。
「私は3マナを支払い、魔導体を召喚する。現れろ、『白銀の聖盾騎士』」
フィールドに、身の丈を超える巨大な銀の塔盾を構えた騎士が降り立つ。その攻撃力は「0」。
攻撃力0という異質な数値に、クロムは底知れない不気味さを感じ取り、微かに眉をひそめた。
「さらに残る1マナで、構築カード『白銀の孤高』を発動する」
ジュールの背後に、白銀に輝く玉座のような意匠が浮かび上がる。
「さあ、反撃だ。『白銀の霊樹騎士』で、クロムに直接攻撃!」
『解体用カッター』によって鎧を失ったとはいえ、霊樹騎士の攻撃力は1200。クロムの場には4体の魔導体がいるが、コスト2以下の彼らは全員、依然として『白銀の威光』によって防御行動を封じられている。
霊樹騎士の大剣が、無防備なクロムを容赦なく切り裂いた。
『――プレイヤーへのダメージを確認。1200ダメージ』
クロムライフ
7600→6400
「……ターンエンドだ。そして、この瞬間、『白銀の孤高』の効果が発動する」
ジュールは薄い笑みを浮かべ、山札に手を伸ばした。
「このカードは、お互いのターン終了時、場の魔導体の数が『少ない』プレイヤーに1枚のドローをもたらす。私の場は2体、君は4体だ。よって、私は山札から1枚ドローする」
涼しい顔でカードを引き抜くジュール。
クロムの猛攻は凌がれ、盤面には一切の攻撃意志を持たない攻撃力0の『聖盾騎士』が、不気味な沈黙を保ったまま鎮座している。
さらに、数で群れる『残滓』の構造的弱点を的確に突き、毎ターン確実に相手の手札を潤していく構築カード『白銀の孤高』。
一気に決着をつけようとした現場は、エリートの冷徹な盤面構築と「未知なる壁」によって、再び息の詰まるような緊張感に包まれていた。




