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盤上での対話

予選スタジアムのセンターコートは、これまでにない異様な熱気に包まれていた。


「コモンの星!」「ジャンク街の奇跡だ!」


観客席からは割れんばかりの歓声と、様々な叫び声が飛び交っている。エリートたちを次々と薙ぎ倒し、高額なレアカードをコモンカードで打ち砕いてきたクロムの姿に、一般層の観客は熱狂していた。一方で、特等席に陣取るエリート層の観客たちは、腕を組みながら苦々しい顔で次の波乱を見つめている。


その喧騒から少し離れた薄暗い控え室。

スズは手元の端末を開き、次の対戦相手であるジュールの情報を調べようと指を動かしかけたが、ふと手を止めた。


(……そういえば、事前情報はいらないって言ってたわね)


前の試合でのクロムの言葉を思い出し、彼女は小さく息を吐いて端末をスリープ状態にした。事前にデータを集めて相手の格付けをするのはエリートのやり方だ。目の前の盤面だけで相手のデッキを解体する職人であるクロムには、先入観などというものは不要なノイズでしかない。


「いよいよ予選決勝ね。サクッと勝って、うちのカードの優秀さを見せつけてきなさい」

「ああ。行ってくる」


スズの言葉にクロムが短く頷いた、その時だった。


「アニキー! 次もバチッと決めちゃってくださいよ! アニキの戦い、マジで最高っすから!」


ふいに背後から騒々しい声が響き、クロムは眉をひそめて振り返った。

そこには、さも当然といった顔で控え室のソファに陣取り、身を乗り出しているレノの姿があった。


「……なんでお前が当たり前のようにここにいるんだ」


ザック戦以降、勝手に舎弟を名乗って付き纏ってくるようになったこの少年が、なぜ関係者用のエリアにまで入り込んでいるのか。クロムが半ば呆れたように視線を向ける。


「レノ、声がデカいよ。これから試合なんだからクロムの邪魔しないで」


クロムの視線に気づいたルカが、慌ててレノをたしなめる。しかし、レノは全く気にした様子もなく立ち上がった。


「なんだよルカ、お前だってアニキのすげえとこ見たいだろ!? あのエリートどもが手も足も出ずにコモンにボコられるとこ! あーっ、早く次のバトルが見てえ!」


純粋な興奮で目を輝かせるレノを見て、スズが商売人らしい笑みを浮かべた。


「いいじゃない。こいつ、あんたの戦いぶりにすっかり惚れ込んじゃっててね。こうやって観客席やジャンク街のあちこちでクロムの凄さを大声で言い回ってくれるから、結果的にうちの店の最高の宣伝塔になってるのよ」


最初は勝手に上がり込んできたレノを厄介者扱いして追い出そうとしていたスズだが、その熱烈な応援が店の宣伝に繋がっていることに気付いてからはすっかり彼を気に入り、今では控え室への出入りを黙認しているのだった。


「というわけだから、きっちり勝って宣伝効果を最大化してきなさい」

「……善処する」


クロムはスズの商魂の逞しさに短く溜息をつきつつも、ルカとレノの期待に満ちた視線を背に受け、歓声が渦巻く光の舞台へと足を踏み出した。


闘技場アリーナの対戦台に上がったクロムの目の前には、一人の青年が静かに佇んでいた。

相手の名前はジュール。銀色に近い、色素の薄いブロンドの髪を几帳面に切り揃えた、細身だが体幹のしっかりした男だった。これまでのカイトやザックのように、無駄に派手な装飾品のついた特注の衣装を着ているわけでも、取り巻きを連れてふんぞり返っているわけでもない。仕立ての良さはわかるが、極めて機能的で無駄のないグレーのスーツを着こなしている。


背筋をピンと伸ばしたその整った立ち姿そのものから、一切の隙のなさが窺えた。


ジュールはクロムを一瞥すると、静かに口を開いた。


「君の戦いは、すべて見せてもらった」


声にエリート特有の嘲りや見下すような響きはなく、ただ事実を述べるような淡々としたものだった。


「特にザック戦……あれは運がもたらした『奇跡』などではなく、カードの連携を精緻に計算した『必然』の勝利だった。違うか?」


クロムは少しだけ目を細めた。

(……今までのバカ共とは違うな)


相手の静かな佇まいと、その瞳の奥にある理知的な光。何より、自分の戦い方を「低レアのマグレ勝ち」で片付けず、理にかなった戦術として正しく評価している点に、クロムは確かな手応えを感じていた。


ジュールは一つ頷き、クロムに向かって丁寧な一礼を見せた。


「私はカードのレアリティを否定しないが、それを活かせない無能は軽蔑する。君のカードの扱いは、私が今まで見た誰よりも『正しい』」


顔を上げたジュールの目に、明確な闘志が宿る。


「だからこそ、私の持てるすべての戦術で、君を上回らせてもらう」

「……いいぜ。やってみろ。そっちの腕前、じっくり確かめさせてもらう」


クロムがデバイスを構えると同時に、闘技場を包み込むホログラムが起動した。


『――バトルスタート!』


無機質なシステム音声がスタジアムに響き渡る。


「俺のターン」


先攻はクロム。この世界におけるカードバトルの規定通り、ターン開始時にデッキからカードを2枚ドローする。

引き込んだ手札に視線を落とし、頭の中で瞬時に数ターン先までの盤面構築図を描き出す。いつものように、手慣れた動作で手札からカードを一枚、マナゾーンへとセットした。


「チャージ。1マナ生成」


デバイスが青い光を放ち、クロムの足元にマナの輝きが灯る。


「魔導体、『残滓の歩兵リメインズ・ソルジャー』を召喚。これでターンエンドだ」


フィールドに、ガラクタの装甲を纏い、錆びた剣を持った機械の歩兵が現れる。

クロムのデッキの基本となる初動だ。まずは手堅い壁役としての配置であり、もし相手が不用意に破壊してくれば、そのまま墓地リソースへと変換される重要なシステムパーツでもある。


「私のターン」


後攻のジュールは静かに宣言し、彼もまた規定通りデッキから2枚のカードをドローした。

その流れるような動作には、一切の淀みがない。彼は手札を確認すると、すぐさま1枚のカードをマナゾーンへと滑り込ませた。


「チャージ。2マナ生成」


後攻ゆえの利点とチャージにより、ジュールの足元には2つのマナが灯る。エリートであれば、ここで高レアリティの大型カードを出すための準備に回るか、あるいは強力な魔導で盤面を荒らしてくるのがこれまでのパターンだった。

だが、ジュールが手札から選択したカードは、SRのような派手な光を伴うものではない――手堅いUCアンコモンのカードだった。


「魔導体、『白銀の禁忌狩り』を召喚」


ホログラムの光が収束し、銀の鎧を纏い、巨大なクロスボウを構えた猟兵がフィールドに降り立つ。攻撃力は1200。飛び抜けて高い数値ではないが、序盤の盤面を支えるには十分なステータスだ。


「『白銀の禁忌狩り』の常時効果が発動する。このカードが場に存在する限り、お互いのプレイヤーは『山札からカードを墓地へ送る』ことができなくなる」

「……!」


クロムの目が鋭く細められた。

残滓リメインズ』シリーズの真価は、墓地に落ちたパーツを再利用し、連鎖的な効果を生み出すことにある。その起点となる「デッキからの墓地肥やし」という導火線を、ジュールはたった1枚のUCカードで的確に切断してきたのだ。

レアリティに頼るのではなく、相手のデッキの「構造的弱点」を突くための一手。クロムを明確に仮想敵として見据えたプレイングだった。


「ターンエンドだ」


ジュールは静かに宣言した。


「……攻撃はしないのか?」


クロムが問うと、ジュールは当然だというように首を振った。


「君の『残滓の歩兵』を破壊すれば、それは君の墓地へ送られ、次のリソースとして活用されるだろう。私から君のシステムを稼働させてやる義理はない」


徹底して無駄のない、理詰めのプレイング。

自らの手で壁を破るのではなく、「あえて放置する」ことでクロムの墓地リソースを枯渇させる。UCという低いレアリティで、地味な効果であっても、「役割」を持たせて的確に運用してくるジュールの戦術に、クロムはこれまでの対戦相手にはなかった明確な警戒心を抱いた。


(自爆も許さず、墓地も肥やさせない、か……)


クロムの唇の端が、わずかに吊り上がる。

圧倒的な力や資金力でねじ伏せようとしてくる相手よりも、こちらの歯車を一つ一つ丁寧に外そうとしてくる理詰めの相手の方が、よほど厄介で――技術者としては面白い。


盤面ボードに、かつてないほど強固なロックが掛けられようとしている。


「……いいぜ。その理屈、どうやって解体してやろうか」


クロムはデバイスのディスプレイを見つめ、次なるドローへと手を伸ばした。

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