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職人の指先と、魔力の残響

放課後のカードショップ『工房・言の葉』は、独特の熱気に包まれていた。

 外は西日が差し込み、街灯が灯り始める時間帯。店内のプレイスペースでは、数人の子供たちがホログラムの戦陣盤タクティクス・ボードを囲み、一喜一憂の声を上げている。

「うわああ、また負けた! なんでだよ、僕のデッキだって結構いいカード入れてるはずなのに!」

 一人の少年が、戦陣盤に投影された自分のモンスターが霧散していくのを見て叫んだ。彼の対戦相手の足元には一体の魔導体(ユニット)、金色の縁取りが眩しい『SR(スーパーレア)』の重装騎士が、無傷のまま悠然と立ち尽くしている。

 その光景を背中で聞きながら、クロムはカウンターの奥で作業に没頭していた。

 作業台の上には、精密な魔力測定器や、ブランクカードがセットされた生成デバイスが鎮座している。彼が今向き合っているのは、客から預かった古い素材をカード化する「カード生成ジェネレート」の作業だ。

 この世界において、カードは単なる道具ではない。その核には「素材の記憶」が宿っている。かつてどこかの戦場を駆け抜けた剣の破片、あるいは数千年の時を止めたまま眠っていた化石。それらが持つ「生きた記憶」を読み取り、最適な魔導回路としてカードに定着させることで、初めて戦うための「力」が生まれるのだ。

 多くの技師は、素材の外面的な希少性、つまり「レアリティ」だけで価値を決める。だが、クロムは違う。ゴミの山の中に埋もれた、名もなき石ころや錆びた鉄屑。それらが時折放つ、震えるような「深すぎる波長」――持ち主さえ忘れてしまった強烈な記憶の残滓を見つけ出し、その波長を乱すことなくカードへと封じ込める。それこそが、クロムという男の真骨頂だった。

「……ここか。この錆びた杭、ただの廃棄物じゃないな。何万回と打ち据えられ、それでも形を保ち続けた……その頑強な記憶がまだ、奥底で脈打っている」

 クロムは呼吸を整え、素材から溢れる不安定な波長に、自らの意識をそっと重ね合わせる。

 無理に形を変えるのではない。素材が語りたがっている「物語」を読み取り、それを最も効率よく響かせるための論理構造をデバイスに入力していく。

 カタカタと音を立てて生成装置が動き出し、真っさらなブランクカードに、錆びた杭の記憶が「工兵の古びた楔」という名と共に刻まれていく。

「クロムさん! 助けてよ、全然勝てないんだ!」

 少年がカウンターに身を乗り出して泣きついてきた。クロムは視線を動かさない。生成デバイスから吐き出される、まだ温かいカードの仕上がりを確認しながら、静かな声で応じる。

「何が起きた」

「手札事故だよ! 強いカードは全部コストが重くて出せないし、魔力ゾーンにカードを置いても、全然足りないんだ。相手のSRはあんなに強そうなのに、僕のカードは地味なのばっかりで……。やっぱり高いレアカードをたくさん買わないと、勝てないのかな……」

 少年が広げた手札には、確かに強力な魔法カードがある。だが、それを発動するためのコストが絶望的に足りていなかった。

「お前はカードを『レアリティ』でしか見ていないな」

 クロムは一度、作業の手を止めた。ゆっくりと振り返る彼の瞳には、職人独特の鋭さが宿っている。

「昨日、俺が素材から叩き出した『工兵の古びたくさび』をよく見ろ。そいつは、ただの量産品じゃない」

「え……? でもこれ、どこにでもあるC(コモン)でしょ? 1枚置いても1マナにしかならないし、こんな地味なカードじゃ、あのSRには勝てないよ」

 少年が不満げに差し出したのは、イラストさえ掠れた地味なカードだった。

「そいつの核に使われているのは、かつて難攻不落と呼ばれた城塞の門を、数百年にわたって固定し続けた『防壁の鉄楔』だ。あまりに高密度な『不動の記憶』を宿していたせいで、通常の調整では魔力が通りきらず、ゴミとして捨てられていた代物だ。だが俺は、その波長を無理に削らず、そのまま出力に変換できるようカード化した」

 クロムは少年の戦陣盤を顎で指した。

「いいから、そいつを『魔力ゾーン』に裏向きで置いてみろ。……そのカードに宿った、記憶の『密度』を信じてな」

「う、うん……」

 少年は困惑しながらも、デバイスのスロットにそのカードを差し込んだ。

 

 ――その直後だった。

 

 ドクン、と地響きのような深い共鳴音が店内の空気を走る。戦陣盤の魔力ゲージが、少年の予想を裏切る数値を弾き出した。

魔力変換チャージ――2マナ獲得』

「……えっ!? 2マナ!? 1枚置いただけなのに!」

「はあ!? なんだそれ、C(コモン)1枚で2マナも出るなんて聞いたことないぞ!」

 対戦相手の子も驚愕して立ち上がった。通常、カード1枚から生成される魔力は「1マナ」がこの世界の絶対的なルールだ。

「素材が持っていた『2マナ分の波長』を、俺がそのままの形で固定したんだ。……普通の技師は、素材の声が聞こえないから、無理やり規定のレアリティに押し込めて波長を殺してしまう。だが、俺はこいつが本来持っていた『重厚な記憶』を殺さなかった。それだけのことだ」

 クロムは少年の驚愕した顔を満足げに見つめた。

「素材のポテンシャルを正しく形にしてやれば、レアリティなんて壁は簡単に超えられる。それが俺たち技師の仕事だ」

「す、げえ……。1枚で2枚分のマナ……!」

「驚くのはまだ早いぞ。その増えたマナ、今すぐ使うつもりか?」

 

 少年は思わず手札の強力な魔道(グリモワール)カードに指をかけたが、クロムの言葉に動きを止める。

「えっ? 使わないと、相手のターンになっちゃうよ?」

「いいから、そのままターンを返せ。……マナを残しておくことは、相手に『何かがある』と思わせる圧力になる。それに、相手のターン中に手札から『瞬刻エフェメラ』を叩き込む。それがこのゲームの醍醐味だろ?」

「あっ……そっか! いける、いけるよこれ!」

 少年は自信を取り戻した顔で「ターン終了」の宣言をした。

 対戦相手の子は、不気味な2マナの残光を睨みつけながらも、自分のフィールドに君臨するSR重装騎士の圧倒的なステータスを見て鼻で笑った。

「……フン、マナを余らせたところで何ができるんだよ。そんなコモンだらけの布陣、俺の重装騎士なら一撃で粉砕できる! いけっ、ダイレクトアタック!」

 豪華な鎧を軋ませ、SR重装騎士が剣を振り上げる。相手はSRの「格」を過信し、伏せられたコモンの牙など微塵も警戒していなかった。

「今だ。素材に眠る膨大な魔力を全開放しろ!」

「いけええっ! 温存した2マナで、『瞬刻エフェメラ』発動!」

 少年が手札から叩きつけたのは、これまた地味なコモンカードだった。だが、デバイスがそのテキストを読み上げると同時に、戦陣盤が激しく明滅する。

『効果発動:相手ユニットの攻撃時、2マナを支払って発動できる。その攻撃ユニットを破壊する』

「なっ……!? バカな、俺のSRが……たかがC(コモン)の罠に……っ!」

 

 青白い魔力の奔流が、重装騎士の黄金の鎧を内側から引き裂いた。重厚な記憶の残滓が、慢心した騎士を無惨に瓦解させる。光の塵となって消えていくSRを前に、対戦相手の子は呆然と立ち尽くした。

 逆転劇に、店内のボルテージは最高潮に達した。子供たちは戦陣盤を覗き込み、少年の手元にある「ただのコモン」を、まるで伝説の武器を見るような目で見つめている。

 歓声とどよめきを背に受けながら、クロムは再び作業台に向き直った。新しいブランクカードをセットし、次なる素材の「記憶」に耳を澄ませる。

「……レアリティなんてのは、物語を知らない連中がつけた背表紙に過ぎない」

 独りごちた言葉は、作業場の静寂に溶けていった。

 どんなに薄汚れたガラクタでも、その奥に眠る「記憶」を読み解き、最高の形を与えてやる。その職人としての矜持こそが、彼のすべてだった。

【用語解説】


魔力ゾーン: チャージしたカードを置く場所。ここにある枚数が、そのターン使えるマナの総量。


魔導体ユニット: 戦場に召喚され、攻撃・防御を行う実体。


魔導グリモワール: 自分のターンにのみ発動できる強力な魔法カード。


瞬刻エフェメラ: 相手ターンでも手札から直接発動できる速攻魔法。

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― 新着の感想 ―
もしかして主人公ってコモンカードを上手く使うのではなく、SRやUR並みのコモンを作り出せる感じですか? ガンダゴウザ的な。
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