砕け散る双頭と、立ちはだかる絶対の盾
静寂と熱気が入り混じるスタジアムに、システム音声がクロムのターン開始を告げる。
クロムはデバイスのドロースロットから静かに二枚のカードを引き抜き、手札に加えた。盤面には依然として、攻撃力2500に膨れ上がったザックの『双頭の魔装機』が二つの首をもたげて鎮座している。
だが、クロムの瞳に焦りは一切ない。彼は手札からカードを選択し、デバイスへ滑り込ませた。
「チャージ」
カードのデータがマナへと変換され、インジケーターが点灯する。これでクロムのデバイスには2マナが生成された。
「俺は1マナを支払い、魔導体を召喚する。駆けろ、『残滓の馬兵』」
フィールドにホログラムの光が走る。現れたのは、錆びついた装甲板を繋ぎ合わせて作られた、四足歩行の機械馬だった。関節部からは火花が散り、今にも崩れ落ちそうなそのユニットの足元には『攻撃力800』という数値が浮かび上がる。
「はっ! 攻撃力800? またそんな貧弱なガラクタを出してきたのか!」
ザックが腹を抱えて笑い出した。観客席からも同調するような失笑が漏れる。
「なんだよあいつ、マジでコモンしか入ってねえのか?」
「相手は攻撃力2500だぞ。捨てゲーかよ」
容赦のないヤジが飛ぶ中、クロムは冷たい視線をザックに向け、デバイスの墓地スロットを操作した。
「前のターンで学ばなかったのかい? 僕の『双頭の魔装機』は攻撃力2500だ。そんな鉄屑を何度並べたところで、圧倒的な力の差は埋まらない!」
「お前は本当に、表面上の数値しか見ていないんだな。前のターン、俺は『残滓の掘削』でデッキから三枚のカードを墓地へ送った。俺の墓地にはまだ、眠っているパーツがある。墓地に存在する『残滓の錆びた機雷』をゲームから除外して効果発動!」
クロムの宣言と共に、墓地スロットから赤黒い光がフィールドへ射出された。それは無数の錆びた鉄球となり、双頭の魔装機の足元にまとわりつくように連鎖爆発を起こす。
「この効果により、お前の『双頭の魔装機』の攻撃力を1000下げる!」
「な、にぃっ!?」
爆発のノイズが晴れると、双頭の魔装機の動きが鈍り、ステータスが更新された。
攻撃力2500から、1500への大幅なダウン。
「くそっ、姑息な真似を! ……だが、攻撃力が下がったとはいえ1500だ! 君の『馬兵』の800じゃ、まだ到底届かないぞ!」
ザックの言う通り、数値上の優位は依然として揺るいでいない。
しかし、クロムは全くためらうことなく、腕を前方に突き出した。
「バトルフェイズだ。『残滓の馬兵』で、『双頭の魔装機』を攻撃する!」
「はぁっ!? 血迷ったか、底辺!」
ザックが歓喜に顔を歪める。
「自分から攻撃力の低いユニットで突っ込んでくるなんて、完全な自滅じゃないか! 返り討ちにしてやれ、双頭の魔装機!」
嘶きと共に突進する『残滓の馬兵』に対し、双頭の魔装機が容赦なく極太のレーザーを放つ。攻撃力1500と800の激突。当然の結果として、馬兵はレーザーに飲み込まれ、一瞬にして光の塵へと吹き飛んだ。
「アハハハ! 無駄死にだ! 本当に頭が空っぽ……」
「無駄じゃない。これが『残滓』の戦い方だ」
クロムの静かな声が、ザックの嘲笑を断ち切った。
フィールドから消滅したはずの『残滓の馬兵』の光の塵が、空中で渦を巻き、デバイスの墓地スロットへと繋がる。
「戦闘で破壊された『残滓の馬兵』の効果発動。このユニットが破壊された時、自分の墓地から攻撃力500以下の『残滓』をフィールドに蘇生する。来い、『残滓の解体用カッター(リメインズ・スライサー)』!」
光の渦の中から、鋭い駆動音と共に新たな魔導体が飛び出した。
それは巨大な回転丸鋸を両腕に備えた、異形の作業用ドロイドだった。基本攻撃力は500。
「攻撃力500のドロイドを蘇生したって!? だから何だと言うんだ!」
「俺のバトルフェイズはまだ終わっていない。『解体用カッター』で、『双頭の魔装機』へ追撃!」
「攻撃力500で1500に挑むだと? バカの一つ覚えめ!」
「バカはお前だ。解体用カッターの攻撃時効果発動!」
ドロイドが双頭の魔装機へと跳躍し、丸鋸を高速回転させる。
「このユニットが攻撃する時、フィールドの【付与】カード一枚を選択して破壊する。俺が壊すのは、お前のSRカード――『魔装・広域殲滅波動』だ!」
ドロイドの丸鋸が、双頭の魔装機の背部に強引に増設されていた砲塔ユニット(広域殲滅波動)の接続部へと突き立てられた。
ガガガガガッ!! という激しい火花と共に、高価なSRパーツが木端微塵に粉砕される。
「ああっ! 僕の、僕の超高級パーツがぁっ!?」
「『広域殲滅波動』が破壊されたことで、双頭の魔装機への1500の攻撃力アップ効果は消滅する」
クロムは冷徹に事実を突きつける。
「基礎攻撃力1000。そこから『錆びた機雷』のデバフでマイナス1000。――お前のエースの今の攻撃力は、0だ」
システムが双頭の魔装機のステータスを再計算する。
『攻撃力:0』。
「そんな……バカな……っ」
過剰な出力源を失い、さらに機雷によって足を封じられた双頭の魔装機は、ただの巨大な的でしかなかった。攻撃力500の『解体用カッター』が、無抵抗の双頭の魔装機を真っ二つに両断し、大爆発と共に光の塵へと変えた。
スタジアムが一瞬の静寂に包まれ、直後に爆発的なざわめきが巻き起こった。
「おい、嘘だろ……?」
「あのガラクタだけのコモンデッキで、SR満載のガチデッキの盤面を返しやがったぞ……!?」
「しかも、たった1マナと墓地のカードだけで、あのバケモノを……!」
観衆の視線が、嘲笑から驚愕へと一変する。誰もが目を疑う見事なカウンターだった。
そのどよめきの中、ザックは血の気が引いた顔で自らの空になったフィールドを見つめていた。だが、エリートとしてのプライドが、彼に強がりを言わせる。
「ふ、ふんっ……! たかが一体のユニットを処理したくらいで調子に乗るな! 盤面は防がれたが、僕のライフはまだ一切減っていないんだからな!」
「……ターンエンドだ」
クロムは残した1マナを温存したまま、静かにターンを終えた。
「僕のターン!」
ザックは怒りに震える手でデバイスから二枚のカードをドローした。
「チャージ! 3マナ生成!」
彼は引き込んだ手札を確認し、獰猛な笑みを浮かべた。
「アハハハ! 底辺相手に時間をかけすぎたが、いよいよ終幕だ! エリートの真髄を見せてやる!」
ザックが天高くカードを掲げる。
「僕の墓地には、プロトタイプに装備していた『略奪回路』、そして今破壊された『略奪回路』と『広域殲滅波動』……合計三枚の【付与】カードが存在している。これにより、このカードの召喚コストは3軽減される!」
「コスト軽減、だと……」
「僕は3マナを支払い、本来はコスト6のSRユニットを召喚する! すべてを蹂躙しろ、『三頭の魔装機』!!」
スタジアムの空気が震えた。
先の双頭とは比べ物にならないほどの魔力波を放ち、三つの首を持つ純白の機械竜が降臨する。
『攻撃力:2000』。
その神々しいまでの威容に、今度は観客席から悲鳴にも似た感嘆が漏れた。
「出た、ザックの切り札……!」
「コスト軽減で出した上に、またSRの装備を盛りまくる気かよ。金持ちのデッキは理不尽すぎるだろ……」
「さらに『三頭の魔装機』の効果発動! 召喚時、手札または墓地から【付与】カードを三枚まで自身に装備できる!」
ザックは墓地スロットと手札から、次々とカードを叩きつけた。
「僕は墓地から『魔装の略奪回路』と『魔装・広域殲滅波動』を再利用! さらに手札から、SRの【付与】カード、『魔装・絶対防護フィールド』を装備する!!」
三頭の魔装機の各所に武装が再接続され、さらに全体を覆うような強固な光のバリアが展開された。
「行け、『三頭の魔装機』! その目障りなドロイドを粉砕しろ!」
三つの首がそれぞれ極太のエネルギーをチャージし、『解体用カッター』へと狙いを定める。
だが、その圧倒的な暴力の気配を前にしても、クロムは表情一つ変えなかった。
「……俺は残しておいた1マナを支払い、【瞬刻】カードを発動する」
「【瞬刻】だと!?」
クロムが手札から即座にカードを差し込む。
「瞬刻カード、『等価交換の連鎖』。自分の魔導体が攻撃された時、その自ユニットを破壊することで、相手の攻撃ユニットも道連れにする」
「なっ、自爆特攻!?」
「ただのガラクタでも、三つの首を落とすくらいの爆弾にはなる」
クロムの指示を受け、『解体用カッター』が自らの動力炉を暴走させながら、迫り来る『三頭の魔装機』の懐へと飛び込んだ。
ドォォォォンッ!!
スタジアムを揺るがす大爆発。光と煙がフィールドを包み込み、誰もがザックの切り札が相打ちで沈んだと確信した。
しかし――。
煙が晴れたフィールドには、傷一つない『三頭の魔装機』が、依然として三つの首をもたげていた。
「……何?」
クロムが僅かに目を細める。
「アハハハハハ!! 残念だったな底辺! 僕が装備した『魔装・絶対防護フィールド』の効果だ!」
ザックはデバイスの『手札』から一枚のカードを引き抜き、墓地へと叩き落とした。
「装備ユニットが破壊される場合、手札を一枚捨てることで、墓地に行く代わりにフィールドに留まる! 僕の豊富なリソースがある限り、この魔装機は絶対に、絶対に! 倒れないんだよ!!」
破壊の代償として手札を一枚消費したザックだったが、その顔には狂気じみた勝利への確信が張り付いていた。
クロムの盤面は再び空になり、目の前には破壊不能のバリアを纏ったバケモノが立ちはだかっている。
「……ダメだ、あれはもうどうしようもない」
「手札がある限り不死身のアタッカーとか、コモンデッキじゃ絶対に突破不可能だろ……」
観客たちは完全にクロムの敗北を悟り、息を呑んで戦いの行方を見守っていた。




