歪な魔装と、繋がる残滓
スタジアムの熱狂的な喧騒が、分厚い魔力障壁を隔ててくぐもった音に変わる。これから始まるのは、純粋な情報と記憶のぶつかり合いだ。観客たちの好奇の目も、フェンス際で冷ややかな笑みを浮かべるカイトの視線も、クロムにとってはもはや思考のノイズにはならなかった。
互いのデバイスが重厚な駆動音を上げ、初期手札のカードデータがホログラムとなって手元に浮かび上がる。
「先攻は俺がもらう。……ドローだ」
クロムは低く宣言し、デバイスのドロースロットから静かに二枚のカードを引き抜いた。
指先に伝わる新しいカードの感触。クロムは引き込んだ手札にスッと目を通すと、その中から一枚を選び、デバイスの『魔力変換』スロットへと差し込んだ。
カードの情報を一時的に分解し、ユニットを顕現させるための純粋なエネルギー――「マナ」へと変換する基本操作。デバイスのゲージが一つ点灯し、1マナが生成される。
「来い。『残滓の通信兵』」
生成したばかりの1マナを支払い、クロムはCの魔導体をフィールドへ投影した。
淡い光の柱が立ち上り、そこから姿を現したのは、装甲がひどく錆びつき、頭部のアンテナが半分折れ曲がった旧式の通信用ロボットだった。足元には『攻撃力600』という、現在の大会環境ではおよそ通用しない貧弱な数値が浮かび上がっている。
観客席から「なんだあのポンコツ」「本当にコモンで戦う気かよ」という失笑が漏れたが、クロムの瞳は真剣そのものだった。
「『通信兵』が召喚した時、効果を発動する。俺はデッキから『残滓』と名のつく魔導体を一枚選び、手札に加える」
フィールドの通信兵が、折れたアンテナから微弱な電波を放つ。そのSOS信号にデッキの奥底で眠るカードが共鳴し、クロムの手元へ一枚のカードが引き寄せられる。クロムはそれを静かに手札に加えた。
「ターン、エンドだ」
最低限の展開のみでターンを終えたクロムを見て、ザックは肩を揺らして笑い出した。
「ハッ! 攻撃力600のガラクタを一体出すだけ? しかも、デッキからサーチしたのもどうせ同じようなゴミだろう。カイト様の前で、よくもまあそんな無様な真似ができるものだ!」
ザックは芝居がかった手つきで自身の高級デバイスを操作し、ターンを開始する。
「僕のターン! 二枚ドロー! さあ、エリートの戦い方というものを教えてあげよう。魔力変換!」
ザックは手札から一気に三枚のカードを選択し、コンバートスロットへ叩き込んだ。
強烈な光と共に、ザックのデバイスに一挙に3マナが生成される。
(初手から手札を三枚もチャージに回しただと……?)
クロムは僅かに眉をひそめた。
毎ターン二枚のドローがあるとはいえ、手札は戦術の要であり、防御の要でもある。それを序盤から大量にマナへ変換すれば、後続の展開が息切れを起こすリスクが高い。明らかに偏ったプレイングだった。
「僕は2マナを支払い、こいつを召喚する! 現れろ、『試作型魔装機』!」
ザックのフィールドに、桁違いの光の粒子が渦を巻く。
現れたのは、巨大な刃と重装甲を持った二足歩行の機械兵だった。足元に表示された数値は『攻撃力2000』。
「2マナで……攻撃力2000だと?」
クロムは思わず声を漏らした。Rとはいえ、その低コストに対する攻撃力は明らかに異常だった。
「驚くのはまだ早いよ! 僕はさらに、手札からコスト0の【付与】カード、『魔装の略奪回路』をプロトタイプに装備する!」
ザックの宣言と共に、禍々しい光の管がプロトタイプの背中に突き刺さる。
「行け、プロトタイプ! その目障りなガラクタを粉砕しろ!」
命令を下された試作型魔装機が突進し、巨大な刃を振り下ろす。
攻撃力2000の暴力的な一撃。攻撃力600の『残滓の通信兵』は抵抗する間もなく、一瞬で光の塵となってフィールドから吹き飛ばされた。
強烈な爆風のホログラムエフェクトが、クロムの作業着を激しく揺らす。
「アハハハ! 脆い、脆すぎる! そして、【付与】した『略奪回路』の効果発動! 装備したユニットが相手の魔導体を破壊した時、僕はデッキからカードを一枚ドローする!」
ザックはチャージで失った手札を即座に補充し、得意げに笑った。
「圧倒的な力で蹂躙し、さらにリソースも回復する。これが金の力……完全無欠の戦術さ。これで僕のターンは終了だ」
ザックがターンエンドを宣言した瞬間だった。
フィールドの中央に立つ『試作型魔装機』の足元に表示されていた攻撃力2000の数値が、突如として急速に低下し、1000でストップした。
「……ターン終了時に攻撃力が下がるデメリット効果か」
クロムは冷静にステータス画面を分析した。
「コストの割に初期出力が異常に高いと思えば、すぐに自らのステータスを下げる欠陥品だな」
図星を突かれたザックだったが、すぐに鼻で笑って余裕の態度を取り繕った。
「ふん、負け惜しみを。確かにこのプロトタイプには、ターン終了時に攻撃力が1000下がるデメリット効果がテキストに書かれている。本来なら致命的な欠陥だがね……」
ザックは顎をしゃくり、クロムの空になったフィールドを蔑んだ。
「君のようなコモンカードしか使えない底辺相手なら、攻撃力が1000も残っていれば十分すぎるんだよ。次のターン、僕の手札にある最高級のパーツ群で完全に息の根を止めてやる」
圧倒的な火力の差と、金に物を言わせた強引なリソース回復。
観客たちも、すでに勝負は決まったと言わんばかりの空気を漂わせている。
だが、クロムの瞳には微塵の焦りもなかった。彼の視線は、先ほど『通信兵』が破壊される間際に身を呈してサーチし、手札に加えた一枚のカードに注がれていた。
「……十分すぎる、か。なら、その見栄えだけの装甲ごと、俺の『ガラクタ』で叩き割ってやる」




