輝石の嘘と、沈黙の竜
九条との死闘から数週間が経過した。
あの日、店内で繰り広げられた異常なデュエルによって破壊されたショーケースや棚は、スズの素早い手配によって無事に直り、裏路地のカードショップ『工房・言の葉』には、かつての静かな日常が戻りつつあった。
規則的な駆動音が響く中、クロムはカウンターの奥で専用の生成器に向き合い、相変わらず底辺のCカードばかりを黙々と生成し続けていた。
「……師匠、またそれ(コモン)作ってるんですか?」
カラン、とドアベルを鳴らして入ってきたのは、ルカだった。かつてクロムに助けられ、それ以来、勝手に弟子を自称して店に入り浸っている少年だ。
数週間前、九条が店を襲撃した際は、『リアル・インパクト』の余波に驚き師匠であるクロムの疲弊を誰よりも心配していた。ルカだったが、今はすっかり元気を取り戻した様子だ。
「誰が師匠だ。……少し出力の調整がいる。コモンはデータの構造が単純な分、少しのズレが命取りになるんだ」
いつの間にか師匠呼びになっていることにツッコみつつも、振り返りもせずルーペを覗き込むクロムの背中を見て、ルカは呆れたように、けれどどこか嬉しそうに笑った。
「元気になったのは良いことですけど、少しは休んでくださいよ。あの日、師匠が倒れた時は本当に死んじゃうんじゃないかって、僕、生きた心地がしなかったんですから」
「……悪かったな」
クロムは短く答えたが、その手は止まらない。そんなクロムの隣に潜り込むようにして、ルカは一枚のホログラムチラシをカウンターに広げた。
「そんな根を詰めてる師匠に、僕からとっておきの提案です。これ、見てください!」
チラシから浮かび上がったのは、ド派手な演出と共に踊る文字。『ネオ・ブライト・チャンピオンシップ(NBC)開催!』。表舞台の華やかな祭典の知らせだ。
「大会か。興味ねえな。俺は技師だ、プレイヤーじゃねえ」
「そう言うと思ってました。でも、今回の目玉賞品を見てください。……『原初の輝石』。触れ込みでは、どんなカードの記憶をも上書きし、強制的にURへ昇華させることができる……いわば、カードの進化を促す万能素材らしいんです」
「URに……昇華させるだと?」
クロムはピンセットを置き、チラシを胡乱な目で睨みつけた。
「……バカバカしい。偽物だ。カードってのはな、そこに刻まれた持ち主の記憶や、元となった事象の重さによってその姿を現し、レアリティが決まる。それがこの世界の原則だ。後付けの石ころ一つでCをURに書き換えるなんて、ただのイカサマだ。カードの魂を無視してやがる」
職人としての矜持を語るクロムに、ルカは真剣な表情で食い下がった。
「僕だって、師匠の言う原則は分かってます。でも……もし本物だったら? もし、あの組織が関わっている未知の技術だとしたら……今の『彼』を救えるかもしれないじゃないですか」
ルカの視線が、クロムの胸ポケットに向けられる。
クロムは重い溜息をつき、ポケットから一枚のカードを取り出した。
九条の神を穿った、錆びついた鉄屑の竜――『残滓竜』。
見た目に損傷はない。だが、あの日以来、このカードはどのデバイスに差し込んでも一切の反応を示さなくなっていた。エラーすら出ない。まるで、魂が抜けてしまったかのように、深い、深い沈黙に沈んでいる。
「……こいつには、あんな胡散臭いもんは使わせねえよ」
「でも師匠、あの日からずっと、一度も目覚めてないじゃないですか! 師匠が手を尽くしてもダメだったなら、もう何でもいいからきっかけが必要だと思うんです! この大会に出れば、素材が何なのか直接確かめられる。もし本当にすごい力がある石なら、それを持ち帰って、師匠の技術でこいつを目覚めさせてあげましょうよ!」
弟子の切実な訴えに、クロムは言葉を詰まらせる。確かに、自分の技術を尽くしても、この竜が沈黙した理由は解明できていなかった。
「……それでも、俺は出ないぞ。俺はガラクタを直すのが仕事だ」
クロムが頑なにチラシを押し返そうとした、その時だった。
「出・る・の・よ!!!!」
バンッ!! と、店の奥の扉が凄まじい勢いで開き、スズが飛び出してきた。
「ちょっとスズ、聞いてたの!?」
「当たり前でしょ! 聞きなさい店長! その『原初の輝石』の市場予想価格、ルカから聞いたわよ! これ一つあれば、九条に壊されたショーケース代も、今月滞納してるリース代も、全部ひっくるめてお釣りが来るわ!!」
スズの瞳は完全に¥(ゼニー)のマークに変わっていた。
「おい、勝手に決めるな。俺は偽物だと言ったんだ。それに『残滓竜』が使えない今の俺は――」
「あー、聞こえなーい!! あなた、最近売れもしないコモンカードばっかり作って、どれだけ店の経営を圧迫してると思ってるの!? 師匠として弟子の期待に応えるのも、店主として従業員の生活を守るのも、あなたの義務でしょ!!」
「……うっ」
正論(と経営難の事実)を突きつけられ、クロムはぐうの音も出ない。
「拒否権なんてないわよ! 優勝して、その石を持ち帰る! ついでに『工房・言の葉』の技術力を世界に見せつけて、客を呼び込むの! 分かったわね!?」
スズの猛烈なプッシュと、隣で「師匠、お願いします!」と手を合わせるルカの視線。
板挟みになったクロムは、天を仰いで長く、深い溜息を吐き出した。
「……ああ、クソッ。分かった、分かったから引っ張るな! 服が伸びる!」
こうして、ただ静かにカードを直していたいだけの職人は、借金返済という現実と、弟子の熱意に押し流される形で、きらびやかで巨大な表舞台への出場を余儀なくされるのだった。
胸ポケットに眠る、物言わぬ竜を抱えたまま。




