新たなるリーダー《37》
リンゼルと解散した後、眠っているフィースを脇に抱えて、山道を走るバイカ。
フィースは他の眷属達よりも先に、心臓に刻まれている従属の刻印を解除して、皆より先に逃がす必要があった、ガイエルとヒルダが生き残る可能性は極めて低い、その為、新たなリーダーを見つけ、務まる者がいた方が今後は動きやすいのではないか?とガイエルとヒルダは判断した。
彼、フィースという少年の能力は非常に高く、優しさと人を導く才能を持った子供故、将来的にフィースが奴隷から解放された時に吸血鬼の皆を導く存在と成り得るのではないか?その可能性に大いに賭け、先にフィースだけを逃がす算段がガイエルとヒルダによって導き出され、他の吸血鬼の仲間達も同意見だったらしく、反対意見は一人もいなかった。
だが、当の本人はきっとその提案を拒むであろうことはガイエル達もリンゼルも分かっていた。彼はまだまだ幼く、そしてとても優しい。純粋で、仲間達を平等に好いていて、まるで聖人君主の如く優しさと包容力、人を疑わないような無垢な少年だ。そんな彼が、仲間達より先に逃げて、しかも自分が世話になっている者達が囮になり足止めをするため、命がけで戦うと聞いて、“優しい優しいフィース少年”が黙って従う筈などない。
ガイエル、ヒルダ、リンゼルの三人はフィースが此方の言うことを素直に聞いてくれるような生易しい子では無いことを理解している為、彼を無理にでも先に逃がす為に薬を盛って、信頼できる人物に託すことにした。
それが今、フィースを小脇に抱えて走っている少年、バイカというわけだ。
ザッザッザッ
フィースを小脇に抱えて走っていたバイカは唐突に走っている足を止めて立ち止まった。
「……ふぅ……大分走ったな…。流石に強化スキルを継続させながら走るのはしんどいな…。
それにしても……アイツ(無能)、屋敷に無事辿り着けてると良いけど……なんか、走ってる途中、あの無能の叫び声?みたいなもんが聞こえた気がしたが、気のせいだよな?」
バイカは少し考えた後…。
「………よし、気のせいだ。そうだ、気のせいだな、うん。」
バイカは首を振り、深く考えることを辞めた。
(あのアホ無能女の事を考えるだけ時間の無駄だ。流石にあの無能でも屋敷には今夜中には辿り着けてるはずだ……さっ、流石に…。
だ、大丈夫だよな?)
「ハァーッ……考えてもしゃあねえ!俺はただ任せられた仕事を達成するのみ!うしっ、ちっとは休憩したし、もういっちょ走るか!」
バイカは再び走り出した。走りながらも考えを巡らせていた。
(にしても魔族領ってんのに辿り着くにはこの道で本当に合ってんのかな?ヒルダ先輩のご両親が商人さんだったみたいで、魔族領にもちょくちょく商いしていたらしいが…。すげえな、その当時から一応人間と魔族は絶賛戦争中だったろうに、よくそこでも商売なんて出来るな、ヒルダ先輩のご両親。つーかどうやって商売出来たんだ?なんか裏技でもあったのか?マジで謎だ。よっぽど神経が図太い人達だったんだろうなぁ。いや、ヒルダ先輩のあの感じの性格を見るに、何となく納得もするけどさ…。そのお陰で魔族領への行き方が描かれた地図が用意できた訳だし。まぁ例え地図があっても俺も魔族領なんて初めて行くものだから、正直めっっちゃ不安だけど、何とか頑張るしかねえ…。
まぁ…多分この調子だと何泊か野宿して過ごしそうだけどな…。
どうか迷子にだけはなりませんように!)
「んっ……ん~……あ、れ?」
すると、バイカの耳に少年の寝惚けたような声が聞こえたような気がした。いや、“確実”に聞こえた。
「……はっ…??」
バイカはその声を聞き、「嘘だろう!?」と驚いた表情で“ソレ”を見た。
「あれれ~?バイカ…おにぃ、ちゃん?なんでボクを抱えてるの~?」
「パクパクッ」
バイカはあまりの驚きで口をパクパクさせるしかなかった。
キョロキョロッ
「ん~…?あれ~?リンゼルお姉ちゃんは~?“さっき”まで一緒にいたのに……」
「………」
ガイエル先輩!ヒルダ先輩っ!?
聞いていた話と違うんですがっ!?
聞いた話だとフィースに盛った睡眠薬は一晩ぐらい効果があるって言ってませんでした!?
まだ1~2時間ぐらいしか経ってないのにっ、メッッチャクチャ目を覚ましてるんですけど!?
「ぁ……そうだ……バイカお兄ちゃん、ガイエルお兄ちゃんとヒルダお姉ちゃんからしょーしゅう(招集)きたの~?」
「あっ、いやっ……えっと……」
待ってぇええっ!!これは流石に予期していなかったんだけどっ!?先輩方っ!ねえ先輩方っ!?聞いてた話と違うんだけどもっ!?
どうすればっ!?一体どうすれば良いっ!?
「あーと…そうだな~……えーと、俺達だけ早めに出立することになったんだ…」
「ふえ?どうして?招集は?もう終わったの?」
「あ~……な~?それな~……招集はもう終わってる、かな~?どうしてってな~……」
不味い不味い不味いっ!!マ~ジで何の言い訳も思い付かんっ!!想定外過ぎるだろ!?落ち着け着け落ち着け!とにかく落ち着くんだ!なんか言い訳、都合の良い感じの言い訳~!思い付け~!絞り出せ~っ!!
「………オメエ、それは、あれだよ、お前子供だろ?ほら、早めに逃がさなきゃじゃん…」
バイカは咄嗟の判断が下手であった。
「?……んーと、それじゃあ他の子供達は何処?」
「あぁっ、それはっほらっ、俺達より一足先に行っちまっているよ…」
「……そうなんだ…。でもガイエルお兄ちゃんとヒルダお姉ちゃんが作戦を説明している時、なるべく仲間達と一緒に行動しながら逃げようね?って説明してなかった?」
「………」
チィッ、細かい事をよく覚えてやがる!
「あ~…そうだった、か?ほら、まぁ、こういうこともあるさ、うん。とりあえず俺と二人で逃げることになったんだ。他の連中はもう先に行ってる。まぁつべこべ言わずサッサと逃げようぜ?」
「………」
「………」
やべえ冷汗が止まらねえ。つーかこの説明で納得してくれる……訳ねえよな…。メッチャクチャ訝しげな表情で俺を見ているな……そりゃそうだよな。
「………バイカお兄ちゃん……本当の事を話して?」
いつもニコニコと優しく笑う少年の表情は消え、フィースはその歳の少年とは思えない程真剣な表情でバイカを見つめていた。
「っ……」
あー、こりゃ……駄目だな…。わりぃ、無能。それに先輩方、コイツに隠し事は出来ねえみたいです…。
「分かったよ……本当の事を話してやる……だからそんな顔をするなよ、その怖ーい顔をよ…」
バイカはこれまでの経緯をフィースに話した。
「………バイカお兄ちゃん……」
「…おう……」
「…みんな、ヒドイ人たちだね……」
「……そうかもな…」
「ガイエルお兄ちゃん達の気持ちは嬉しいよ…。でも、ガイエルお兄ちゃんとヒルダお姉ちゃん、それに……リンゼルお姉ちゃんを犠牲にしてまでボクは生き残りたくないよ……そんな世界で生きていたくない……」
「………」
「……ボクも戦う!」
「……お前は強い。確かに強い。すげえ奴だよ、実際。その歳でその若さでそれだけの強さを持っている。それにまだまだ成長が出来る予兆がある。すげえ奴だと思う。それでも、どれだけすげえ力を持ったお前でも、あのゼディアス様には敵わねえぞ?無駄死にも良いところだ。」
「っ~……分かってる!分かってるけどっ!だからってボク一人逃げるのなんてっ…」
「お前一人じゃねえ、多く吸血鬼の仲間達がこれから奴隷から解放されて路頭に迷うんだ。人族は戦争に敗北して殆ど全滅状態。もう頼れる所は魔族領しかねえ。絶望と不安を抱えて俺達は駆け抜けるしかねえんだ…。そんな中、お前と言う“希望”まで消えちまったら“俺達”はどうすれば良い?」
「っ……」
「分かってるさ、俺達が勝手に祭り上げて、身勝手な理由でまだ幼いお前を俺らの救世主に仕立て上げた。嫌だろうさ、反抗したいだろうさ、だけどな、俺らにはガイエル先輩とヒルダ先輩の“代わり”が必要なんだよ。俺達を引っ張ってくれるリーダーが必要なんだ。それが出来るのは、この弱肉強食の世界、“強い”お前しかいねえんだよ。」
「っ……」ポロポロ
フィースはバイカの話を聞き、目から涙が溢れだしポタポタと地面に零れ落ちる。
「……」
バイカは何処か気まずそうに目を逸らしながら、フィースの涙を受け止めるしかなかった。
「ズズッ……それっでもっ!イヤだっ!!」
「っ!!」
「ボクはっ、イヤだっ!!吸血鬼の“みんな”と生き残りたいっ!!ガイエルお兄ちゃんもヒルダお姉ちゃんもリンゼルお姉ちゃんも“いる”、“みんな”と一緒に生き残りたいっ!!」
「フィース…」
「これはボクのワガママだよっ!でもね!みんなもボクにワガママを言うんだ!ボクがこれからのみんなのリーダだと言うなら!ボクは今からリーダーとして告げる!仲間達“全員”で生き残るんだっ!!絶対に誰の犠牲もゆるさないよっ!!これはリーダー命令だよ!」
「っ………ククッ……ハハハハッッ」
フィースの啖呵を切った台詞にバイカは思わず声を上げて笑った。
「バッ…バイカ、お兄ちゃん…?」
「ハハッ……ハァーッ……あぁ、そうだな…。お前は……いや、俺達のプリンス、フィース殿、貴方様の命をしかと承りました。」
バイカは礼儀を取るように手を胸に置き膝を付き、フィースに頭を垂れた。
「へっ?えっ!?バイカお兄ちゃん!?」
フィースは突然人が変わったように振る舞うバイカに驚き、頭を垂れているバイカに近付き「やめてやめて!そんなことしなくて良いから!」と焦ったように駆け寄る。
「クスリッ……やっぱ臭かったか?」
「バイカ、お兄ちゃん?」
バイカは下げていた頭を上げて、意地悪が成功したような顔でニヤリと笑っていた。
「いやなに、お前が良い啖呵切るもんだから、思わず俺もそのノリに合わせてやってみた。どうだ?わりとそれっぽく出来てたろ?」
「もうっバイカお兄ちゃん!人が悪いよ!ボク結構ビックリしてたんだからね!?」
「わりぃわりぃ。まぁ、なんつーか、正直俺も先輩方を置いて逃げるなんて嫌だったしな、お前の気持ちは死ぬほど分かるんだわ」
「それじゃあっ…」
「おう、行こうぜ!まぁ正直だーいぶ足手まといなる可能性があるが!お前の幸運体質とそのアホみたいに強い能力で何とかゼディアスの鼻っ柱をへし折ろーぜ!んでガイエル先輩達と無能を驚かそうぜ!」
「!……うんっ!ってアホみたいには一言余計だよ!バイカお兄ちゃん!」
「ハハッ、わりぃわりぃ。」
「よし!そうと決まれば、バイカお兄ちゃん!ボクの手に掴まって!」
「へっ…?」
フィースはバイカの返事を聞く前にバイカの手を取り、何かを唱えた。
「【身体強化(改)】【能力向上】【魔力増加】!よし!」
「えっ、えっ?待って?よし!じゃないぞっ!?フィース?お前一体何をっ!?」
「行くよ!バイカお兄ちゃん!しっかり掴まっててね!」
「ぇっ……」
瞬間、バイカとフィースは消えた。
いや、ゼディアスが住む屋敷へ向かったのだった。
☆
いや嘘でしょっ!?なんでっ!?いや本当にっ!!
どういうことっ!?なんか突然ドーンッて大きな音したな?もしかしたらガイエル先輩とヒルダ先輩が到着したのかな?と思って音がした方に目を向けたらなんでフィース君とバイカ少年がっ!?
「どう、して……」
私は驚いたように目を開いた。
「よかった!リンゼルお姉ちゃん無事だった!リンゼルお姉ちゃんっ、いま助けるからね!」
あっ、無事そうに見える?今絶賛首絞められ中なんだけど、まぁ生きちゃいるけどね…。
「一瞬の出来事だった……なんか空飛んでた気がする……あれ?俺どうやって此処まで付いたんだ?」
バイカ少年はバイカ少年で何処かゲッソリとした面持ちで疲れているし、しかも何故か混乱しているようだった。
「………」
私は驚きすぎて口を開いてポカーンとしてしまっている。
「あれ?リンゼルお姉ちゃん?」
フィースは何の反応も示さないリンゼルに首に傾げる。
「まぁ、そうなる気持ちは分かるけどな…」
バイカは何処か気まずそうにも、リンゼルの気持ちを汲んでいた。
「……なるほど、流石にこの無能一人だけを置いていく訳はないと思っていたが、“貴様ら”が来たか……眷属共のリーダー株である“あの二人組”が来ると思ったが……まぁ誰が来ようと構いはしまい。立ちはだかるのなら、“消す”のみだ。」
静観していたゼディアス様が口を開き、フィース君とバイカ少年をその瞳に捉えて睨み付けた。
「うぅっ」
「ぐっ」
フィース君とバイカ少年はゼディアス様の殺気に当てられて少し怯んでしまう。
「うぅっ、こんなところで怯んでなんていられないんだっ!オジサンッ、リンゼルお姉ちゃんから手を離せ!!」
「………」
「………」
「………」
「……あ、あれ?なんでみんな黙るの?バイカお兄ちゃん?リンゼルお姉ちゃん?」
いや…うん。黙るよね、そりゃ黙るよね。ビックリしちゃったもん。今フィース君、ゼディアス様に向かって“オジサン”って言った?言ったよね?聞き間違いじゃなければだけど…。
いや長生きな方だろうし、オジサンであることには変わりないんだろうけどさ、いやもうオジサンどころかお爺さんとも呼べる人かもしれないんだけどさ…。一応我々にとって畏怖すべき最強の吸血鬼のご主人様なわけで、思わずビックリしちゃったよね、フィース君がゼディアス様に向かって、オ…オジサンって言うの、つい肝が冷えちゃったよね…。
「うぐぅっ!?」
ゼディアス様は私の首にかけられている手をより一層力を入れて締め上げる。
「リンゼルお姉ちゃんっ!?」
フィースくーーんっ!!驚いている場合じゃないよ!謝ってっ!?ゼディアス様わりと“オジサン”って言われて地味にキレてるからっ!この人意外にも呼び方とか年齢とか気にする繊細な心持っているみたいだからっ!!謝ってあげてっ!!地味に此方に被害被ってるのっ!!助けに来るどころか君のせいでトドメ刺されかけているんだけどっ!?
えっ待って、こんなアホみたいな死に方するのっ!?私っ!?
コソッ
「お、おいっ!とっとりあえず謝っておけよ?なんかとりあえず謝っておけ?」
「えっ?えっ?なっ、何を?」
「いや、ほら、その~……ゴニョゴニョ……オッ、オジサンって言った事をだよ…」
「へっ?どうして?」
「いや、だから、そのな…」
コソコソッ
バイカ少年とフィース君のなんとも言えない不毛なやり取りを聞いている中でもジワジワと私の首を締め上げる力がキツくなってゆく…。
もう二人とも黙ってくれーーっ!!コソコソとひっそり話しているようでしっかりと此方に聞こえちゃってるんだよーーっ!!ゼディアス様からピキピキッて何かが切れていく音が聞こえるんだよーーっ!!
あぁ、どうしよう……目がチカチカしてきた……意識が飛びそう……あれれ?なんか我が愛しき妹が「こっちこっち~」って笑顔で手招きしがら私に笑いかけているような気がする…。
あぁ……うん、お姉ちゃん今“そっち”に行くからね……。
ドシャーーンッッ
「リンゼルちゃーーんっ!!」
「リンゼルっ!!」
ドシャーーンッッと大きな音が聞こえ、音のした天井を見上げると、屋敷の天井に盛大に穴を開けて現れた二人組の男女。
私の名前を叫びながら現れた二人組の男女。その二人組は目茶苦茶私の知る人達であった。
あぁ…今度こそ…私が待っていた先輩方が来てくれた…。もう…遅い、ですよ…先輩方…。何故かフィース君達が先に来てしまっていますよ…。
ていうか、みんな揃って屋敷に穴を開けないと入って来れないんですか…?




