アングレカム《35》
「こんばんは。今夜は月が綺麗ですね。私、真ん丸としたお月様を初めて見ました。ご主人様は満月をご覧になれたことはありますか?」
「………」
「………」
「………」
「………えっと……」
アッレッ??すんごい無言なんですけど!?いやいつものことですけども!!せめて何か言って!?結構雰囲気出して言ったんですよ!?ちょっと恥ずかしくなってきたじゃないですか!?
「………」
「………」
「………何百年も、生きていると……満月など、腐るほど見る……」
「ぁ……そっそうなんですか!アハハ……その、だったらご主人様はもう満月なんて見飽きていますよね?私は結構新鮮と言うか、初めて見る満月に年甲斐もなく感動していたりします。とても綺麗で、いつまでも眺めていたいぐらいです…」
ビックリした!良かった!答えてくれた!そうだ!ご主人様って何事もゆっくりとしている方だから返答も遅いんだったわ!久々に話すものだから忘れていた!
「………」
「?…どうかなさいました?」
また黙られた…。うん、気長に待とう。
「……今日は、お前達は屋敷の近くの山に登ってピクニックに行っていたのではないのか?何故お前だけが此処にいる?」
あ、やっぱり気になります?ですよねぇ…。よし!“用意”していた言葉を伝えますか!
「皆より先に帰って来たんですよ。ほら、私って仲間内では“浮いて”いますので…」
「………そう、だろうな…」
「ふふ……だから少し、早めに邪魔者は退散させて頂きました。あぁ、すみません。思った以上に下山が大変だったので、玄関ホールの階段で休ませてもらっていました。」
「休みながら、“歌”を歌っていたのか?」
「はい。あっ、すみません!私のような下賎な奴隷がご主人様のお耳を汚してしまうような真似を!」
「別に……構わない……」
「そう、ですか……それは良かった…」
「それよりも、先程からしているお前のその“芝居掛かった喋り方”の方が不愉快だ…」
「クスリ……やっぱり気付かれました?」
「当たり前だ。お前はいつも敬語で喋っていても何処か馬鹿みたいなものが滲み出ていたからな…。」
「私ってそんなに馬鹿っぽい喋り方してます!?」
嘘でしょ!?結構丁寧に人と話しているつもりだったんですけど!?あれっ!?
「………」
「あれ?無言?ゼディアス様って都合が悪くなると黙る傾向がありますよね!?」
「……五月蝿い、黙れ。」
ギロリッとゼディアス様に睨まれる。
「申し訳ありません!許して下さい!(絶対図星だ!)」
私は流れるように土下座した。慣れたものよ!慣れるものでもないけど!
「……ハァ………ところで、先程の芝居かかったやつは、一体何の真似なんだ?」
「いや~実はこんなに綺麗な満月が屋敷の穴から光が差し込んで玄関ホールの豪華さと相まって何とも幻想的な光景が広がっていたので、思わずオペラのようなお芝居をしたくなって!まぁオペラなんて見たことも聴いたこともないんですけど……イメージで。いや正直に言うと初めて見る満月と下山で疲れすぎて謎にテンションが上がってしまって興が乗って歌って演じて楽しんでました!」
「………」
あぁ何だか疲れた表情されているなゼディアス様。私と話す人話す人みんな疲れた表情するんですよね。なんでだろう?
ふふ、なーんて☆
今日は、少し“からかう”つもりで来ていますからね!最後ぐらいおふざけして楽しみたいですから。
「………お前の、その歌は……」
「ああ!この歌ですか?ゼディアス様がよくお部屋でレコードをかけて聴いている…」
「……“アングレカム”……」
「!……アング、レカム?それって、あのレコードのタイトルですか?」
「……あぁ…」
「そう、なんですか…。そっか……そんな名前だったんですね……アングレカム……素敵な名前です…」
「………」
「………えーと……」
さて……何を話そうか…?囮って言ってもどれくらい持たせれば良いんだろう?私が屋敷に着いた頃には解除する魔法の陣を創り終えていたようだから、今はその魔法の陣を発動している段階かな?先輩達が来るまでに私だけで何処まで持たせられるんだか…。ご主人様は無口な方だからな~…。
「………先程の……」
なんて考えていると、ゼディアス様から私に話し掛けてきた。
「…はい?先程の…?」
「先程の歌……アングレカムを……もう一度……」
「………アハハッ」
私は思わず笑ってしまっていた。
「…何故笑う?」
ゼディアス様は不愉快そうに顔を歪ませ、笑っている私を睨む。
「ふふっ……いえ、すみません。ご主人様が少しでも私の歌に興味を持って下さって良かったなぁって…。この歌、アングレカム?でしたっけ?アングレカムは、“ゼディアス”様を“想って”歌いましたから…」
「っ………」
「ちゃんと……“届いて”良かったなあって……」
私はそう言って思わずへにゃりと顔を崩しながら笑っていた。
「………」
「あ……すみませんっ!直ぐ歌いますねっ!」
「………何故……」
「?…はい?」
「……何故、私を“想って”歌った?」
「あ~……この歌、よくご主人様が気に入られて聴いておられましたから、自然とゼディアス様のお顔を浮かべて歌ってしまっていたんですよ…」
「……そうか…」
ゼディアスはリンゼルの言葉に驚いたように目を大きく開いた後、少し考えるように目を細めた。
「………」
「………」
また黙られたな……まぁいつも事だけど…。慣れたな。このお方の沈黙。何だろう?ゆっくりと思考を巡らせている人なんだろうな~、この人は。いや吸血鬼だから人ではないか。
私はこのお方の沈黙を待つのはわりと苦ではない。最初の頃は恐かったけど、100年も経てば慣れてしまう。このお方はゆっくりとじっくりと物事を考えて言葉を発するお方だって事は100年も一緒に居れば流石に分かることだった。
「………」
「………」
えーと、どうしよう……話すこと無くなったのかな?歌った方が良いのかな?察するべきか、待つべきか、迷うな…。
「………」
「………」
うん!歌おう!話すことないわ!これは!これはない!よし!歌おう!
ご主人様から話すことなくてちょっと「どうしよう…」みたいな戸惑いの沈黙を感じ取れるよ!あれかな?100年経って沈黙からご主人様の考え方までも少し分かるようになってるな!年月って偉大だね!
うーんっそれにしても!この歌のタイトルを知れて嬉しかったなぁ…。好きな曲の事を少しでも知れる事ってやっぱり嬉しいものですね!それだけでも収穫だったな、今日此処で命を張るだけの代償としては十分かな?安すぎるかな?私の代償。まぁいいか!価値観は人それぞれ!冥土の土産として持って行こうっと!
ポツリ…
「……アングレカム……」
うん……いいね……タイトルを知れたお陰で少しだけこの歌の感じが掴めてきた…。”気持ち”がより歌に乗るような気がする。さっきりよりも、より一層歌を練り上げられそう…。
「ふ……」
リンゼルは歌を歌う直前、ふんわりと慈しみと包容が溢れる“母”のような優しい表情で微笑んだ。
「っ……」
ゼディアスは突然先程と雰囲気がガラリと変わったリンゼルに驚き、少し戸惑いを覚えた。ほんの少し、彼の産みの親の“母親”と、リンゼルの先程の微笑みが、“重なった”気がしたからだ。
「…スーッ……」
リンゼルは目を瞑りながら息を大きく吸った。
うん、いい感じだ……
さあ、歌おう……
全てを貴方(ゼディアス様)に捧げます。
どうか、届きますように………
でも………本当は………“届かなければ、良い”なって……そんな、矛盾を抱えたまま……。
「♪~♪~♪~♪」
再び、高らかに歌い上げた。先程までよりも伸びのある声で、優しく、優しく、抱き締めるように、祈るように、寂しい、と、悲しい、と、哀愁を漂わせて、レコードから聞こえるアングレカムを歌う女性から感じ取った気持ちを私なりに受け止めて、考えて、導き出した答え。
“ねえ、どうして人は、争いの火を起こすの?
ねえ、どうして傷つきあって、涙を流すの?
ねえ、野に咲いた美しき花を踏み荒らして、どうして進み続けるのでしょう?
そこから先は、いったい何が見えると言うの?
ねえ、何故?許し合いも、話し合いからも、逃げるのでしょう?
道を違えて、憎み合いながら、呪いの言葉を吐き、腐り堕ちて逝く、ここは何処なのだろう?
その場で立ち止まって、血の海を眺めて、屍すらも踏み越えて、何も見ないまま……
ねえ、ここは何処?屍の上で、私は笑えない
勝利も、敗北も、もう、そんなもの、関係ない
ねえ、ここは何処?
季節は過ぎて逝き、涙も命も友も愛しき人も枯らして秋が来る、肌寒さを感じながら夜空を眺めて、勝利の旗を掲げた血塗られた旗がユラユラと揺れる。
ねえ、もう、涙も出ないの
ねえ、もう、笑えやしないの
ねえ、もう、愛しき人は戻らないの
唄おう、唄おう、
もう、それしか、私には残されていない
せめて生きた証を、残しましょう
愚かで、醜いものが、唄い上げましょう”
「っ……」ポタッポタッ…
私は“アングレカム”を歌い上げた後、気が付けば涙を流していた。頬をつたって溢れ落ちる 涙を私は抑えられないでいた。あぁ駄目だ、全然止まらないや…。少し、いや大分、感情移入してしまっていた…。
「ズズッ………すっ、すみません……お見苦しい姿を見せてしまって…」
私は直ぐ様頭を下げてゼディアス様に謝った。まさかここまで感情移入して歌うと思わなかった。今までで初めてじゃないだろうか?ここまで感情に乗って歌うのは…。
「…………」
「……?」
あれ?静かだ。
またゆっくりと考えられているかな?私は下げていた頭を上げてゼディアス様の方を見た。
「………」
泣いているわけでも、笑っているわけでも、怒っているわけでもなく、ゼディアス様はただただ、驚いた表情していた。
目を大きく開いて、赤い瞳がよく見えた。
私は、多分、100年間生きてきた中で、初めて見る光景だったかもれしれない。
ほんの少しだけ、ゼディアス様の死んだ瞳に、光が宿ったような気がした。
よく私達を虫ケラような目で見ていた瞳が、初めて“私”と言うものをしっかりと捉えて認識しているようだった。
この人、こんな表情出来るんだ、なんて驚きつつ何処か冷静に考えていた。
「……あ、の……ゼディアス、様?」
私は思わず話し掛けていた。それが一体どういった気持ちの表情なのか、私にはよく分からなかったから。
「………」
「………」
「………」
「………」
えーと、沈黙長くないか?
というか、めっちゃ私を見ている。驚いた表情で、ずっと。いやそれより、初めて“私”をちゃんと見てくれていないか?今まで壁を感じる、本当に虫ケラでも見るような目で見られていたから、慣れてしまっていたけど、それも何もかも取り払われてこんなに綺麗な真っ直ぐとした瞳で見つめられることなんて初めてだから、なんか目茶苦茶緊張してきたんだけど!?
「………」
いや、あの、そんな真っ直ぐな目で私を見ないで!!いつもの虫ケラでも見るような汚物でも見るようなお顔で見て下さって結構ですので!そんな真っ直ぐな表情で見られると無能はどうすれば良いのか分かりませんっ!!
「………お前は……」
ハッ!やっと喋った!
「………お前は……一体……何者なんだ…?」
「へっ…??」
何者って……そんなの、決まっている……。
「えーと、何者と言われても……“無能”です!としか、言いようがありませんが……」
「…私に、貴様の瞳にかけられている魔法は効かない、呪いも、祝福も……」
「は、はい…。確かに、先輩方からそう聞いています…」
「なのに……それだと言うのに……何故……」
「??」
私は首を傾げる。
ポツリ
「何故……“母”と……“重なった”んだ……」
「…えっ……?」
ん?聞こえなかった。声が小さいです!ゼディアス様!もう少し声を張って頂けると有難いです!!無能は100歳のお婆ちゃんなので耳が遠いのですよ!!
「……何なんだっ……お前はっ……」
え?えーと、ゼディアス様、もしかして怒られている?あれ?何故に?何か気に障ることしたかな?私?
もしや私の歌が聞くに耐えないぐらい下手だったとか!?有り得るっ!!それは有り得るかもしれん!やっぱり歌う前日に練習とかした方が良かったかもしれない!頭でしかシュミレーションしてなかったから!いやでも練習したらいくら地下に居たとしても屋敷まで歌声が聞こえてたら台無しかな?と思って、サプライズ的な意味で!後、他の眷属みんなの迷惑かな?って近所迷惑かな?と思って、うるさい!って言われそうだし。バルト先輩が居た頃は私が鼻歌でも歌おうものなら秒で拳が飛んできた。まぁそれでも構わず続けたけど。鼻歌とか歌とか歌いながらの方が何だかんだ作業が捗るし楽しかったから。顔面の原型と引き換えだったけども…。ガイエル先輩とヒルダ先輩、フィース君とバイカ少年以外、殆ど私のアンチみたいな人達ばかりだから、迂闊に練習なんて出来なかったもんなぁ。
「……そ、そのぅ……わっ、私の歌、お聞き苦しかったでしょうか?」
「………」
「………」
「………」
「………」
また無言だーーっ!!分からん!こうなったら本当に分からない!せめて質問に答えて下さいーーっ!!
「お前などに……」
「?……」
あ、やっと喋った…。
「お前(無能)などに……心を動かされるのか、私は……」
「えっ……」
「………かった……」
「へっ…?」
「お前の歌……良かった……聞き苦しくなど、なかった……」
「っ……」
目と目が合う、ゼディアス様が、“私”の顔をちゃんと見てくれている。“言葉”を私にくれている。
「……あり…がとう、ござい、ます……」
私は、頭を下げてお礼を言った。どういう顔でゼディアス様を見れば良いか分からなかった。まさか、“あの”ゼディアス様が、こんなに素直に褒めるなんて、それも仮にも“奴隷”と呼べる存在に、だ。“奴隷”を褒めるなんて、とてもじゃないが信じられなかった…。
勿論、褒められて嬉しい事には嬉しい!だけど、嬉しさと戸惑いが交差した。
「………」
「………」
「………」
「………」
この沈黙は、何の沈黙だろう。
ここから何を話せば良いか、よく分からない。ゼディアス様もそうなのか、それから何も発することはなかった。
ただ、嫌な沈黙ではなかった…。
長い長い沈黙が過ぎ、夜が更けてゆく…。
気が付けばゼディアス様は階段の上で座って、穴の空いた天井から差し込む満月をボンヤリと眺めていた。
私も、ゼディアス様と同じく、満月をボンヤリと眺めていた。
ただそれだけの時間。
何も起こらない、何も喋らない、二人の沈黙と、美しく輝く満月だけがそこにあった。
その夜は不思議と満月がとても近くにある気がした。
だが、そんな時間が長く続かないことを私は知っていた。
先輩方から“念話”が届いた。
“烙印を解除した!今からそちらに向かう!”
と、聞こえた。
あぁ、遂に“始まった”んだ……。
この時間も終わりか…。
少しだけ、“残念”だなって思う気持ちを心に閉まって…。
さあ、“戦い”のコングは鳴らされた。
私はゆっくりと私より数段上に座っていたゼディアス様のいる方へ振り返った。
ゼディアス様は驚いたように目を大きく開いていた。どうやら眷属達の心臓から自分が付けた従属の烙印が消えた事に気付いたようだ。
だが驚いた表情は直ぐ消し去り、その瞳には怒りを宿していた。
ゼディアス様はその怒りの籠った瞳で私を睨み付けた。
「貴様っ……貴様らっ……この私を謀ったなっ!!」
戦いの火蓋が、切られた。




