今夜は月が綺麗ですね《33》
扉を開けて屋敷に入ると、
まず目に入ったのは……
だだっ広い玄関ホール、そして上に上がる為のやたら大きな階段。この玄関ホールでなら、眷属の吸血鬼のみんなが揃って大の字になって寝ても問題ないぐらい広い部屋、というか、玄関。
相変わらずとんでもない規模の玄関だなぁ……広すぎるわ…。こう…どうみてもお貴族様のお家って感じ。ゼディアス様ってお貴族様だったりするのかな?
まぁどれだけ広くても、寂れてて廃墟みたいになっているけど…。
大きな屋敷だけど、何処でこんなすんごい屋敷見付けたんだろう?ご主人様は?
いや、元々住んでいたのかな?ご主人様以外の吸血鬼のお仲間さんはいないのかな?ご家族とか……。
100年もご主人様の元で眷属として、奴隷として生きてきたけど、何にもご主人様のこと知らないな…。
無口で、無表情で、時々ムスッとした不機嫌な表情で顔を歪ませている。私達(眷属)を見るときは特にそう…。
本当は、私達(眷属)なんて、要らなかったんじゃ…いや、必要としていなかったんじゃないのか?
私達に命令する内容は大体“強くなれ”、“戦争に出ろ”、“仲間を集めろ”、“ロネス博士の研究所に行け”、と言う命令以外は殆どしない。たまに屋敷の留守と掃除を眷属に任せるぐらいで、食料調達とか訓練とか、何処かに出掛ける時とかも、ご主人様に声をかけて許可さえ取れば大体外に出られるし、殆ど各自各々に任せられている。
たまに不機嫌な時があると、こちらに当たることもあるけど、殺しはしない。理不尽な暴力は嫌なもの嫌だけどね…。
逃げ出そうとする眷属は抵抗するようなら殺している。だけど、抵抗せず此方に戻ってくるようなら殺すようなことはしない。
私達とは距離をとても取っている気がする。
近付いて欲しくない、触れてくれるな、一人にして欲しい、そんな風に感じる時がある。
気のせいなのか、何なのか、分からない。
あの人が何を思って私達を集めて眷属にして戦争に出して、ロネス博士とどういった理由で繋がっているか分からない。
何も分からない。何も分からないまま、“今日”という日が来た。
「スーッ………ハァーッ……」
目を瞑り、息を深く吸って、大きく吐き出した。心臓がドクドクと鳴っている。このまま飛び出てきてしまうんじゃないか?それぐらい心臓の音が近く感じる。
だけど、不思議と頭はクリアで冷静な気がする。変な感じ…。
私は玄関ホールの直ぐ目の前にある大きな階段に座って、一旦そこで休むことにした。
本当に山の下山は大変だったなぁ…。自分の体力の無さを改めて感じ取れて、リンゼルおばあちゃんは泣けてくるよ…。
「スーッ……ハーッ……」
再び目を瞑り、深呼吸をした。
さて、何処で“歌う”か……
私は何気なしに天井を見上げた。
穴の空いた屋根から月明かりが差し込む。
もうすっかり夜だな~。
私が下山し始めたの昼だったよね?時間そんなに経ったの?私マジで足遅すぎない?良かった、夕方とか中途半端な時間に切り上げなくて、戻るのそれこそ深夜になってた可能性が出てきた。先輩方の提案をちゃんと聞いといて良かった。先輩方も私の足の遅さを見越して早めに切り上げるように提案したんだろうな。流石だな先輩方。
ハァーッ、それにしても、屋根穴から見える月綺麗~。しかも今日の月は、満月だ。こんなに綺麗に真ん丸としたお月様を見るの、何気に人生初なのでは?わーお、まさかまさかの今日という日に限って初めての満月を拝めるとは。ツイるんだかツイてないんだか…。
「ふふ…」
ふと、頭に被っている花冠を片手で触り、思い出し笑いをしていた。
不器用だか器用なんかだか分からない、面白い後輩君を思い出していた。可愛らしい顔にキツイ言葉をよく吐く男の子。彼の名前をわざと間違えて言う度、ブスッとした怒った表情で自分を見る少年。そんな少年を、私はわりと気に入っていた。無能とわざわざ関わるような子なんて本当に滅多にいないからね…。苛める訳でも、無視することもない…。
やっぱり、変な子だよなぁ……バイカ少年は…。
☆
『ハア?俺だってちゃんとそれぐらい空気は読めてるつもりだ…。テメエが“無能”であろうと、俺が少しでも間違っているなら、無能でも何でも今はそんなもん関係ねえんだよ…』
☆
本当に、変な子だ……。
さーて、バイカ少年の餞別(花冠)もあることだし、体力わりともう限界だけど……とっとにかく!階段で休んだから少しは体力が回復した!はず!
「さて……」
ゼディアス様がよく聴いているレコード。ガイエル先輩とヒルダ先輩から聞いた話だと、この曲は戦時中に出来た曲だということ。耳で聴いた限り女性が歌唱をしていること。ゼディアス様が持つレコードが壊れかけなので、プツプツと音が途切れ途切れで聴こえてきてホラーみたいに不気味な音を立てながら流れる為、先輩方を始め、眷属のみんなはこの曲を好きではないこと。
でも、私はこの歌が好きだった。不思議と耳に馴染んで、よく鼻歌で歌っていた。
声に出して、歌うのは、もしや初めてなのではないだろうか?今まで鼻歌では歌ってきたが、まさかこんな形で披露することになるとは、世の中、本当に何が起こるか分からないものだ。
それにしても……
「お月様……本当、キレイだなぁ……」
三日月なら見たことはあるけど、満月は初めましてだもんな~。100年も生きているのに、一回も見たことないとか、逆に凄いのでは?私?
それにしても、こんな日に満月が見られるとは、何か運命じみたものを感じる。
私は屋根穴から見える満月を見ながら思わず微笑んだ。
“ここで歌うか”、と。
“あの方”は、私の歌をどう思うのかな?
「~♪~♪~♪~♪~♪」
歌を唄う。楽しく、可笑しく、切なく、虚しく、悲しく、大切な人を思って、声を張り上げて、歌う。
どうか、“あの人”に届きますように。
ドシドシドシドシ
大きな音を立て、近付いてくる者がいる。
嗚呼、“あの人”だ。あの人が来た。
さあ、歌おう。心を込めて。
天まで……いや………
“地の奥底”まで届けるように!
歌え、叫べ、張り上げろ!
「………」
デコボコとしたジャガイモのような顔の形、顔から頭の天辺まで切り傷のような傷跡が沢山見える、火傷したかのように皮膚がボロボロ、歯も不揃いで汚く、全体的に身体が大きく手も足も大きく、2メートル近くある巨体をドシンッドシンッと音を立て、この家の主でありリンゼル達の主人である男、ゼディアスは玄関の方へ姿を現した。
そしてギョロリッと大きな紅い瞳で歌っているリンゼルをその瞳に捉えた。
階段の上で高らかに歌って立っていたのは、
長いロングヘアーの深い海のような青い髪、
淡い紫色の瞳を持った、
そして目元には少し隈が見える、
肌は全体的に真っ白な、
所々擦りきれたボロさが目立つ、白の淡い色のワンピースを着た、
月明かりに照らされ、花冠を被った小さな小さな少女の姿がそこにあった。
「こんばんは、今夜は月が綺麗ですね?
私、真ん丸としたお月様を初めて見ました。
ご主人様は満月をご覧になられたことありますか?」
そういって、少女は微笑んだ。




