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無能な吸血鬼少女  作者: 愚かな黒ウサギ
37/48

作戦開始と下山《31》



山の外れには綺麗な花畑があった。


その花畑の端の方に男女二人が立っていた。


ガイエルとヒルダだ。



「さあ、“作戦”を始めようか…」


ガイエルはゆっくりと歩みを始めた。


「……ええ、行きましょう!」


ヒルダも覚悟を決めたように真剣な表情でガイエルに続く。



「“みんな”、準備は良いね?」



「「「「「はいっ!」」」」」



すると、ガイエルとヒルダのいる場所から後方に何百人もの吸血鬼が音もなく現れ、皆一斉に返事をした。



「みんな、“作戦”は五日前話した通りだ。リンゼルがゼディアスを引き留めている内に僕らが烙印を解除する。解除次第みんなは直ぐに“ここ”から離脱。人間側は敗北をした。だからそこにはいけないだろうから、魔界に向かうんだ。魔界側は同じ魔族で魔王の配下になるのであれば、囲ってくれるらしい。とりあえずそこまでは何とか逃げ切るんだ。」


「「「「「はいっ!」」」」」


「みんな……どうか生き残ってくれ!」


「「「「「はいっ!」」」」」


返事をする吸血鬼のみんなの目は少し潤んでいた。皆、ガイエルとヒルダが自分達を逃がす為にゼディアスと命がけで戦うことを分かっているからだ。そしてその結末がどうなるかを薄々分かっていながらも、皆…尊敬する先輩方の思いを汲み取り、心を殺して逃げるのだ。



「それでは……作戦を決行する!」



ガイエルの号令が、美しく花びらが舞う花畑に響いた。







ガイエルが皆に号令をかける数十分前、リンゼルとバイカとフィースと一緒に遊んでいた子供達がかくれんぼを終え、シートをしいてお菓子を食べてお茶を飲んで、一旦休憩をしていた。



「モグモグ……クッキーおいしー!」


リンゼルはクッキーの食べカスを付けながら満面の笑顔で幸せそうにクッキーを頬張っていた。


「ね~!ガイエルお兄ちゃんが焼いたクッキーおいしいね~!」


フィースもリンゼルの言葉に同意し、こちらも幸せそうにクッキーを頬張っている。


「あの人(ガイエル先輩)、まさかお菓子作りが得意とは、なんつーか、意外というか…いやそうでもねえか?」


バイカ少年はガイエル先輩手作りのクッキーを片手に不思議がっていた。


「ガイエル先輩、人間だった頃、体が弱くて家に居ること多かったから、暇で家で出来ることは何でもやってたらしいよ!体が少しでも動けそうな時はお掃除からお料理まで色々と手を出して学んでいたんだって!」


「ふーん、そうなのか…」


「へえ~!凄いね~ガイエルお兄ちゃん!もぐもぐ…ん?あれ?このクッキーしょっぱい?」


「あ、そう言えばヒルダ先輩もクッキー作りを少し手伝ったって言ってたな…」


「反対にヒルダ先輩は料理全く駄目だよな…」


「まっ、まあ!砂糖と塩はよく間違えがちだし!私なんて遥か昔に妹とクッキー作りした時に砂糖と間違えて油入れちゃったことあるし!」


「いや待て、そんな間違いあるか!?塩と砂糖ならまぁ分かる!どうみても砂糖と油は間違えようがねえだろ!?」


「妹が死んだ顔で油の味しかしないクッキーを食べていたよ…。というかクッキーというか、クッキーの原型を留めていなかったから、ボロボロになった“何か”だったかな…」


「……会ったことも見たこともねえ妹だが、マジで不憫でならねえな…」


「私の妹はとっても優しくて可愛い子だったよ!もう本当に可愛いの!睫も長くて目もクリッとした真ん丸な宝石みたいなお目目でね!それでそれで!」


「あーなんだ?急に早口でテンション上がりやがったな……キメエな…。何だ?コイツ?シスコンだったのか?」


「うーん、塩クッキーも意外と美味しいねえ!」


「フィース?お前はお前で自分のペースで生きてんな…」


「魔力量も高くてね!しかもとっても賢くて!フィース君に負けないぐらい色んな魔法が使えて!もうとにかく天才で可愛くてね!」


「コイツはコイツでドがつく程のシスコンを全力発揮しちまってるし……ハァ、知らずにスイッチ押しちまったな…めんどくせえ…」


「もぐもぐ……?あ、れ?なんだか、とっても、眠く、なって、きたな…?」


すると、フィースが眠そうに手で目を擦り、ウトウトとし始めた。


「おや?フィース君、眠たくなったのかな?まぁ今日は朝から昼過ぎまで沢山遊んだもんね?疲れちゃったかな?」


「うーん……どうしよう……そろそろガイエルお兄ちゃんとヒルダお姉ちゃんから招集(しょうしゅう)がかかるのに…」


「作戦開始までは少し横になってても良いんじゃないかな?例え寝ちゃっても先輩方から招集がきたら直ぐに起こしてあげるから大丈夫だよ?ゆっくりお休み?」


「ん~……でも……」


「…作戦開始までにそんな眠たげにしていたら、いざ逃げるって時にその状態だと一緒に逃げる仲間の足を引っ張る可能性だってあるし、力も上手く出せない可能性もある。今の内に休める時に休んどけ」


すると私達のやり取りを見ていたバイカ少年が、私が休んでも良いんだよ?と言っても尚も難色を示しているフィース君にすかさず声をかけた。


「うぅ…確かに……そ、それじゃあ、二人のお言葉に甘えるね…」


「うん!子供は甘えるのが仕事だよ!それにフィース君は普段からしっかりしすぎなのさ!もう少し肩の力を抜いて生きてみてもバチは当たらないよ?」


「えへへ……うん……そう、だね……スーッ…」


フィース君は私の言葉に返事をしたあと、直ぐに眠ってしまった。



「フィースのやつ、“やっと眠った”か…」


「うん、ガイエル先輩が育てている睡眠用のハーブをヒルダ先輩が粉状に変えて、クッキーに入れたんだよね……効果はちゃんと出ているみたいで安心したよ。流石は先輩方が作ったお薬だ」


「あのお二方は本当に色んな事が出来るな…」


「やっぱり年の功?ってやつなのかな?奴隷の烙印まで解除する方法を見付け出したお二人だし…」


「ほんと……すげえよ……ガイエル先輩とヒルダ先輩は……尊敬してもしきれねえ……」


「そうだね……お二人のような素晴らしい先輩方に恵まれて私達は幸せものだ…」


「……クッソッ……なんであの二人を犠牲にしなくちゃならねえんだっ……やっぱり俺もあの二人と一緒にゼディアスと戦ってっ…」


「バカ君、辞めておいた方がいい。アッサリと君が死ぬのがオチさ。」


「んだとっ!そんなのやってみねえとっ…」


「君は、お二人の“覚悟”に泥を塗るつもりかい?」


私は無表情でバイカ少年を見つめた。


「っ……チッ、分かってんだよ……俺じゃ、あの二人の足手まといになるってことぐらい……俺の力じゃ、“あのお方”には届かねえことくらい、分かってるんだ……分かってるけどよ……」


「…気持ちは分かるよ……やるせない気持ちも、あの二人を失うということがどれだけの損失か……100年もお二人と一緒に過ごしてきたんだ……そんなこと、誰よりも分かっているよ…」


「………わりぃ…」


「いいさ。バカ君の気持ちは痛いほど分かるから。ふふ、それよりも、“私”に謝る君は、本当に変わり者だね?」


「ハア?俺だってちゃんとそれぐらい空気は読めてるつもりだ…。テメエが“無能”であろうと、俺が少しでも間違っているなら、無能でも何でも今はそんなもん関係ねえんだよ…」


「!………そっ、か……うん、ありがとう、バカ君。君は本当に優しいね?」


「ぁあ?誰がテメエなんかに優しくするかよ!」


「ふふ、バカ君はツンデレだねえ…」


「誰がツンデレだ!ぶっ飛ばすぞ!」


「物騒だな~バカ君は?直ぐに暴力に訴えるんだもんな~?フフ、まぁいいさ。とにもかくにもバカ君、“フィース”君を頼んだよ?」


「チッ、分かってるさ…」


「ごめんね、嫌な役回りをさせてしまって…」


「…若い才能を潰すよりはマシさ。俺は嫌われても構わねえよ…」


「………フィース君は、私が犠牲になるのも、お二人が犠牲になるのも、嫌だろうし、許してくれないと思う。それに、絶対に止めるだろうから。彼は、“フィース君”は、あまりにも心が優しすぎるから…」


「……甘えんだよ……アイツ(フィース)は……」


「うん、でもその甘さ(優しさ)が、沢山の人の心を救ってくれた。私も、その一人。優しさだけじゃ、この残酷な世界ではやっていけないかもしれない。それでも、彼のような“強さ”を持った者ならもしかしたら、何かが変えられるかもしれない。だから、フィース君には生き残って貰わないと困る。彼のような人格者が、今日此処から逃げ出す吸血鬼のみんなを導いてくれる存在に成り得る子だと思うから。」


「……あー、やっぱ、才能のある奴は、妬ましく感じるぜ……嫌だね……心の狭いことなんか、言いたくはねえが……やっぱ時々、フィースの才能が、“羨ましく”感じる時がある……」


「………うん、少し、分かるよ…」


バイカの言葉に、リンゼルは何処か表情の見えない顔で答えた。



二人は少しの間沈黙した後、リンゼルとバイカの元に【念話】のスキルでガイエルとヒルダから招集が掛かった。それを聞いてバイカ少年が頭を掻きながらリンゼルに告げた。



「そんじゃ、行くわ…」


「うん、いってらっしゃい。フィース君のこと、お願いね?」


「おう………【身体強化】!」ダンッ



バイカ少年はフィース君を抱えて、スキル【身体強化】を使い、その場を去った。



リンゼルはバイカ少年が去った方向を見つめて、「バカ君……キミも“気張って”生き残るんだよ……」そう言って、リンゼルは少し笑った。







「よし、それじゃあ行こうか………




“ご主人様の所へ”……」



リンゼルは花びらが舞う花畑をゆっくりと歩き出した。






リンゼル下山中。


「……ハァーッ………それにしても、登山より“下山”の方がしんどいって本当かな?もしそうだったらどうしよう…。屋敷に着く前に私の体力死んでる可能性あるのでは…?あれ?というか私の体力で今日中に屋敷までに辿り着けるかな?」


リンゼルの足取りが止まる。


「ん?んん?おんや~?もしや、いやもしかしなくとも……ヤ、ヤバいのでは?えっ?そんなまさかっ………


スーッ……バカくーん!カムバーーック!私を【身体強化】のスキル使って屋敷まで連れてってー!作戦が台無しになる可能性が出てきたんですけどーっ!?」


リンゼルの情けない叫び声が山に木霊する。


「………」


もちろんバイカ少年にその叫び声が聞こえるわけもなく、シーンとした静かな空気が流れた。


「………今から戻ったら、流石にみんなに呆れられるよね?駄目だよね?空気読めよ!みたいな目で見られるよね?くぅっ、だけど目茶苦茶戻りたい!」


そう言って頭を抱えながらブツブツと独り言が止まらないリンゼル。



こんな重大な局面の中でも、やっぱり締まらないリンゼルなのであった。







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