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第38話 魔族の過去

 スペルディアは人型には変わらず、竜のまま話し続けた。


「マーガレットを殺す気か」

「とんでもない。『傲慢の書』を持っていたなら読んだんじゃないのか?俺は一度だってマーガレットを殺そうとしたことはなかっただろう?こいつには見届けてもらわなきゃならない」


 見届ける?

 一体何を見届けろって言うのだ。訝しむ私にイーラはニタリと笑う。


「こいつは聖女が生み出した駒だ」

「駒?」

「奴の道具だ。知らなかったろう?あいつの本当の目的が何か知っているか?」


 そんな問いかけられたって分からない。聖女本人が言うには魔族が絶滅するのを阻止することだそうだが…


「あいつは真理へと近づこうとしているんだ。その為にお前とあの新魔王を利用しようとしている。騙される前に知られて良かったな?俺は騙される哀れなお前たちを助けようとしているんだ」

「…さっきと言っていることが違う。あんたも真理に近づこうとしてるんでしょ」


 恐怖を癒すように首を擦りながら、私はイーラを睨む。スペルディアがイーラを窘めるように口を挟んだ。


「真理を求め近づくなど、この世に生きるものとして分不相応な行動だ」

「そうだな。確かに、この世の範疇におさまる凡人には分不相応な行動だろう」


 イーラの笑みが邪悪に深くなる。


「だが俺なら真理に近づく…いや、真理を越えることができる。確かに以前の俺は、この世で多少優秀な程度の存在だった。しかし秘め事で…魔族に渡された『憤怒の義眼』で真理を垣間見たとき理解した。今までどれ程ちっぽけで取るに足らない存在であったか」


 今まで、よく私は平気でこいつに話しかけられたものだ。魔素がゾッとするほどおぞましく、不穏に蠢いていた。これで力が全盛期以下なんて信じられない。いや、もしかしたら『憤怒の義眼』で真理を覗いていると言うなら、力も取り戻しているのかもしれない。


「真理の片鱗に触れ、その一端を理解した。凡人なら恐れ取り込まれ狂人と化すだろう。しかし俺は真理を理解し自分のものとすることができる。奇しくも聖女も同じだった。奴も真理に触れてそこに近づくことのできる存在だった。だから消すんだ」


 誰かが以前、転移魔方陣なんて真理を覗かない限り理解できないと言っていた。つまり、この世の摩訶不思議を簡単にこなせる聖女とイーラは、そう言うことなのだろう。


「貴様、そんな私利私欲にまみれて…それでも人の上に立つ王に一度でも就いていた者の発言か」


 今まで黙っていたイザベラが我慢の限界を超えたのか低い声で唸った。余裕に笑っていたイーラが不快そうにイザベラに一瞥をくれる。


「魔王として君臨することは確かに以前の俺の目標だった。しかし今はもうそんなちっぽけなものに興味はない」

「愚かな」

「煩い雌トカゲだな。どういう心境の変化だ、スペルディア。お前、モルターリアのことがあってから女を戦士にすることは絶対しないと言っていた癖に」


 モルターリア?どこかで聞いたことあるような…


「魔女の名だ。奴は魔女になる前、竜人族の最強戦士だったそうだ」

「え?魔女はご神木の根から生まれたんじゃ…」

「そんな話信じているのか?生き物が木の根から生まれるとか本気で思ってんのか?」


 だって異世界だから常識が違うのかと思ったんだもん!


「魔女は元々竜人族だった?しかも女の戦士?」

「…奴は聖女に唆され変わってしまった。もう、誇り高き竜人族ではない」


 知らなかったようでイザベラは混乱していた。それはそうだ、彼女は男しか戦士になれないと聞かされてきたのだ。言い訳するように呟く竜王は、気まずそうに視線を外した。


「相変わらず都合が悪くなるとすぐに切り捨てるよな、竜人族ってやつは。魔族を捨て、魔女となった竜人も捨てる非情さよ」

「我々は誇り高き竜人族だ。そうでない者との決裂はあったかもしれないが、非情と罵られることはしていない」

「そう思わないとやっていられないか。あぁ、訂正しよう。周りの竜人族はみんな知らないからな。非情なのは皆を騙しているスペルディア、お前だな」


 瞬間、イザベラがイーラへと噛みついた。そんな攻撃は無意味とでも言うようにイーラは軽々と避けて見せる。スペルディアは慌ててイザベラを止めに入る。


「イザベラ!」

「我らが竜王様を愚弄することは許さない!」

「何も知らない癖に。可哀想になぁ!お前はこのスペルディアが、竜人族の誇りのために独立宣言して魔族から離れたと本気で信じているんだろう」


 イザベラは気づかなかったが、スペルディアの瞳が動揺に揺れた。イーラはそんなスペルディアの反応に満足げに頷いていた。


「それが全て自身の保身のための行為だと知らずに」

「そんな戯言に惑わされなどしない」

「歴史のお勉強をしてやろうか。第14代魔王の時代の話…俺の前の魔王、俺がその名を受け継いだ14代目のイーラの戦士として働いていたのがスペルディアだった」


 スペルディアは魔族領にいる時はそんな重要な役割を担っていたのか。かなり昔のことなんだろう。竜人族って長寿らしいけど、今そこまで長生きしているのはスペルディアくらいらしい。だからイザベラは話には聞いているけれどその時代を知りはしないのだ。


「その頃はすでにモルターリアは魔族の元から離れていた。竜人の戦士は通常2人控えているはずなのに、モルターリアが離脱したせいでスペルディア1人だった」


 竜の姿のままでスペルディアの顔色なんて分からないけれど、スペルディアは動揺しているように見えた。


「スペルディアは聖女に唆され、前代魔王イーラを殺して『傲慢の書』を奪った」


 スペルディアは黙ったままだ。しかし否定しないことにイザベラが不安を覚え始めていることに気づいているだろう。


「お前がなぜそんなことを知っているのだ…」

「だって俺がその盗人のスペルディアを倒して王位についたんだからな。知らないはずがないだろう」


 縋るようにイザベラはスペルディアを見て、かすれた声で懇願するように請う。


「ウソだと言ってください。奴が惑わすために言っている出鱈目だと…」

「…」


 しかし懇願も虚しくスペルディアは答えることなく目を瞑った。しかしそれが答えなのだとしたら、イザベラには絶望しかない。


「14代魔王を殺したのはスペルディアだ。『傲慢の書』を奪い逃げるように魔族から独立したのがこいつなんだよ」


 イーラは追い打ちをかけるようにイザベラを笑った。イーラは散々笑って、ふっと姿を消してしまった。残された私たちは気まずい空気の中、スペルディアの弁解を待って黙っているしかなかった。


「昔の話をしようか」


 スペルディアは人型に変身すると、静かに口を開いた。

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