第37話 イーラの目的
いつの間にいたのだろうか。
知らない間にイーラはアイベックス号に乗っていた。相変わらずのニヤニヤ顔で「どうだ?前はあまり見て回ることもできなかっただろう」と問いかけてくる。
「イーラ、あんたいっつもどこから沸いて出てくるのよ!」
「イーラ様…」
ライナルトはひどく動揺していた。
そう言えば彼はイーラの命令により、竜王の持つ『魔女の秘め事』を盗みに行かされたことがあったな。彼とイーラの関係がどんなものなのか、あまり分からないけれどこの感じだとライナルトはイーラのことを恐れているようだ。
先程戦闘していたローレン・ハリントンは威嚇する。すぐにでも戦闘を再開しそうな勢いだったが、それはライナルトに止められることになった。
「止めておくんだ、レディ。彼には敵わない」
「ライナルト、よく分かってるじゃないか」
イーラはライナルトの肩に…は、身長的に届かない為、ライナルトの腹部をポンポンと叩きながら笑いかける。
「しかし、久しいな。スロテナントでも挨拶だってできやしなかったから。ライナルトには色々働いてもらったって言うのに」
働いた…つまり、秘め事を盗みに行った話のことだろう。ライナルトは緊張した面持ちでイーラの言葉を聞いていた。
「まさか俺が怒ってるなんて思ってないよな?誤解だ、同士よ。俺は感謝こそすれ怒りなど感じちゃいない。例えアレが竜王の元に残っていたって文句など一言もなかった。むしろよくやってくれたと思っているくらいだ」
「それは…」
「そうだな。それじゃ、お返しをしよう。感謝の気持ちを込めて船旅の移動を手伝ってやるよ。ほら」
イーラが船の進行方向に手をかざす。するとそこには歪みができて、強風と雷鳴が発生した。
「何だあれは!?」
「吸い込まれているのだ!」
船は先程までと違う動力で歪みへと引き寄せられていく。私たちは振り落とされないように必死で近くの物にしがみついた。
「すぐに着く」
余裕のイーラの声を最後に、アイベックス号は歪みの中へと引きずり込まれていった。
***
あまりの衝撃にぎゅっと瞑った目を再び開くときには、私たちは知らない海岸線に到着しているようだった。転移させられたのだ。
魔法は万能じゃなくて、摩訶不思議も起こせる訳じゃないはずなのに。夢物語だったはずの転移がこうも簡単に起こされると、何だか微妙な気分だ。
「ドロデンドロン大陸へようこそ」
ここが魔族の大陸。アイベックス号は岸へとつけられ、私は二度目の上陸を果たす。しかしここは船乗りのヴォジャノーイたちがいた岸辺とは違う場所のようだ。全く知らない土地に下ろされてしまった。
「ここは?」
「魔族領の中でも特に栄えていた町のすぐ近くだ」
マグノーリェ大陸で言うところの商業都市ゾンネンブルーメみたいなところだろうか。しかし案内され連れていかれたその町は、残骸と焼け跡しかなくて魔族どころか生き物すら近くに少しも見当たらない場所だった。
「戦争から復興する者もいないまま、ここは朽ちてしまった」
ライナルトが寂しげに呟く。彼もここにいたことがあるのだろうか。魔族に何人か会ってきて、みんな普通にしているから忘れてしまっていたが彼らは戦争でたくさんの命を落としてきたのだ。
「どうしてここに連れてきたの?」
「どうして?お前たちの目的は魔王ナイト・ウル・ダークネスだろう?近くまで善意で連れてきてやっただけなのに疑い深いな」
イーラの本音が分からない。彼の意図するところを明らかにするため探りを入れることにした。
「私たち、聖女と話したわ」
「…そうみたいだな」
ギラギラした瞳がこちらを見る。聖女と聞いただけで、もうその目は普段のニヤニヤも維持できないようだった。
「聖女と何かあるの?」
「それがお前に何の関係が?」
「私たち、今までイーラに協力してきたと思うわ。魔女の秘め事を破棄するため…でもあんたがそんな態度だと、本当に協力して良かったのか判断つかなくなるから」
私の言葉にイーラは鼻で笑った。
「ちゃんと説明してお前たちの理解を得ろと?それに何の意味が?」
聖女の言うとおり、イーラは信用すべきではなかった。
イーラは私からライナルトたちに視線を移すと、ゾッとする声音で命令した。
「『ライナルト』『カルヴィン』『ルークスリア』動くなよ」
それは、真名の支配。
竜人族の限られた者だけが使えるもので、その者の名前を知るだけで、相手を支配することができるのだ。呼ばれた3人は言われた通りに動きを止めていた。
それに気をとられていた私に、イーラが近づき突き飛ばしてきた。思わず倒れ込んだ私の首をイーラはギリギリ締め上げる。
「恩着せがましいな。お前たちが『そうした方がいい』と判断して魔女の秘め事は壊して回ったんだろう?その判断の是非を人のせいにするなよ」
苦しい。
冗談なんかじゃない締め上げに声も出ない。
「聖女と何があるのか?別にどうと言うことはない。俺はあいつを殺したいんだ」
「殺し…?」
「そうさ、魔女の秘め事の破壊はあいつを誘き寄せるための撒き餌にすぎない。やっと表に現れたかと思ったが、また姿を眩ませられた」
イーラはため息をつく。その間も手の力は揺るがない。
「聖女を消す。あいつは真理に一番近いからな。俺が真理に最も近付くんだ」
どういうことなの?
イーラのギラギラした瞳が私を真っ直ぐに見やる。助けに入ろうとしたローレン・ハリントンが見えない何かに弾き飛ばされた。
「邪魔するなよ」
イーラがローレン・ハリントンを邪険にしたところで、大きな咆哮とともに羽音が近づいてきた。「もっと邪魔な奴だ」とイーラが見上げる空には二匹の竜が飛んできていた。
私に竜の識別はできない。それでもカルヴィンの叫びで誰が来たのか分かった。
「竜王様!」
「厄介な奴に気づかれたもんだ。よう、プライディアを放置してきて大丈夫なのか」
イーラは竜王スペルディアに声をかけ、私から離れた。息ができる!私は咳き込みながら息を整える。
「我が国には優秀な竜人が多くおるからな」
スペルディアは竜の姿のまま、地に降り立つとイーラと対峙した。彼の後ろには一匹の竜が控えている。
「イザベル、良いと言うまで動くなよ」
スペルディアが彼女に話し掛けることで竜人が誰なのか分かった。竜人族領スペルディアにて、私が軟禁されていた時お世話をしてくれていたメイド竜人だ。




