第36話 新しい船員
「マーガレット、君たちはいつも問題事を抱えているね!」
「嬉しくないけどね!」
私たちはエンヴィレナから逃げ出すべく駆けていた。アイベックス達が心配だが、チラリと振り返ると彼らは器用に小回りを利かせながら逃げているようだった。
ごめんね、アイベックスたち!ありがとう!
「ライナルト、船に乗るの!?」
「こんな状態でこの町にはいられないだろう!船を出す!」
私の問いに答えたライナルトは手を引きながら、戸惑うローレン・ハリントンにウィンクしてみせた。まるで何も心配ないとでも言うように。
そして伺うようにこちらを見る。
「…マーガレット達も乗るつもりかい?」
「あら、か弱い女性の味方なんでしょ!」
私たちもよろしくお願いします。
こうなったら便乗させてもらおう。私たちも一緒にエンヴィレナを脱出だ。ライナルトは渋い顔をしたものの拒否することはなく、船に私たちも乗せてくれた。ライナルトがアイベックス達に合図を送ると、彼らは冒険者たちを翻弄しながら全員船へと戻ってきた。
「出港!」
慌ただしい乗船を経て、アイベックス号は港を出る。追ってくる冒険者たちは私の魔法やルークスリアの弓で威嚇した。
何とか逃げ切れて、私たちはホッと息を吐く。アイベックス達は遅れた者がいないかどうか点呼する。
「危ないところだったね」
ライナルトはローレン・ハリントンに笑いかける。真っ黒な彼女だが、もし今彼女の顔色が分かるのならば真っ赤なのではないだろうか。恥じらう仕草だけは見てとれた。
「私たちも助かったよ。ありがとう、ライナルト」
「うーん、僕はそこまでのつもりは無かったんだけど。でもそうだね、これでマーガレットには約束を果たしてもらえる」
約束?
意味が分からずキョトンとしていると、ローレン・ハリントンの手を取っていたライナルトがおもむろにルークスリアへと近づいた。
「美女エルフを紹介してくれるって話だったろう。本当に、言葉なんかじゃ表現しようのない絶世の美女だね」
「…マーガレット、紹介とは何の話だ!?」
ルークスリアが呆然とし、その後すごい表情で睨んできた。
何の話かと思ったらアレだ、ドワーフ領に居着くカルヴィンを追い払いたくて呼んだ時のやつだ。鳩兵隊で『美女エルフを紹介するから来てくれ』って騙し呼んだことをすっかり忘れていた。
ごめんねルークスリア、色恋なんてエルフは嫌いだもんね。でもまさか、本当に紹介しようなんて思った訳ではないの!
「マーガレット、友を売るとは…信じられないのだ」
「人聞きの悪いこと言わないでよ、カルヴィン!」
大体、あんたがドワーフ領に居着くのがそもそも悪いのだ。
「それよりも、逃げられたはいいけどこれからのことを考えましょ」
私は居心地悪くなったので話題を逸らすことにした。
「イザークたちがまだカトライア大陸に残ってるのに出てきちゃったから…」
「言っておくけれど、ほとぼりが冷めるまで船はカトライア大陸に着けないよ」
先手を取るようにライナルトは宣言した。そりゃ、私だって今の状態でカトライア大陸に戻れないと思う。
「それに、彼女を安全な場所に送り届けなくては」
ライナルトの発言にピクリと反応したのはローレン・ハリントンだった。彼女はあたふたと何かを訴えた。喋らないから分からないけれど…
「それがしもカトライア大陸に戻るという意見には反対なのだ。冒険者ギルドを敵に回している状態では危険なのだ」
「でもイザークたちと合流できないよ」
「だが戻ったところでちゃんと合流できる保証もないのは事実だな」
カルヴィンもルークスリアもいい反応はない。このまま置いていくしかないのだろうか。
正直、私は早くイザークに会って謝りたかった。ずっと罪の意識でいっぱいだったのだ。早く謝って許されたかった。ズルい話だけれど、謝罪すれば優しいイザークは恐らく私のことを許してくれるだろう。でもエンヴィレナでこんな事態になってしまうなんて、思いもしなかった。大陸まで離れなくてはならなくなるなんて…
「セシリアに鳩兵隊を出すのはどうだ。イザークたちに先に向かったと伝えてもらえば良かろう」
そんな私の胸中を知らないルークスリアは提案してくる。目的の『人魚の涙』どころか魚人族の『魔女の秘め事』まで手に入ったのだ。確かに次の目的に向かう準備は整っている。
「マーガレット」
「…分かった、そうしよう」
同意見らしいカルヴィンに諭すように肩を叩かれ、私は諦めざるを得なかった。仕方ない、イザークに会うのはもう少し後だ。
「それで、ローレン・ハリントンはさっきからどうしたのだ?」
実は私たちが話し合っている間、ローレン・ハリントンは焦ったようにわたわたと動いていた。何かライナルトに伝えようとしているようだ。ルークスリアが首を傾げる。
「何を伝えようとしているんだ?」
「もしかして、送り届けるんじゃなくてこの船に置いてほしいんじゃないかな」
何となく、ライナルトに熱い視線を送るローレン・ハリントンを見て思った。彼女は孤立して居場所を失ってしまった。送り届けてもらえる場所はないのだろう。
私の言葉にコクコクと頷くローレン・ハリントンを見て、ライナルトは「ふむ」と顎に手を当てると少し考える。そして彼女に問いかけた。
「僕の船の船員となりたいなら、皆役割を持ってもらっている。お客さんとしては扱えないけれど、それでも大丈夫かい?」
やる気満々に頷くローレン・ハリントンにライナルトは笑いかけた。
「実は結構前に、僕の船一番の腕っぷしが下船してたんだ。荒事の多い船旅だから、腕の立つ用心棒を探していたところだ」
ローレン・ハリントンは嬉しそうに喜んだ。そりゃ、冒険者ギルドの支部長を勤めていた彼女ほどの腕の立つ用心棒なんて、なかなか探しても見つからないだろう。
アイベックス号に新たな船員が加わったところで、今度は行先の相談である。
「それで、この船はどこに向かう予定なの」
「そうだね。マグノーリェ大陸に向かうよ。一番近いトルペ港に船を着けるから、そこまでなら送ってあげられるね」
うーん、トルペ港か。あそこはイザークが魔獣に変身したところを見られてかなり目立ってしまったからなぁ。
「下船するのはスロテナントにしない?」
「とんでもない!僕たちは君たち専用客船ではないからね」
ライナルトは頑として首を縦に振らない。女の子に甘いライナルトだったが、慣れてしまったのか懲りたのか、私を甘やかしてはくれなかった。
「トルペでもスロテナントでも変わらないじゃない」
「スロテナントはドワーフしかいない。ドワーフ達は里を離れたがらない者が多いから商売にならないんだよ」
「それならいっそのことマグノーリェを止めてドロデンドロンにしないか」
突然の乱入者。
魔族の大陸であるドロデンドロン大陸を候補に上げるのは、ここにいるはずのない前代魔王のイーラだった。




