第32話 再会
エンヴィレナに着き、私たちはまた入国手続きのカウンターへと来ていた。話は通っているらしくすんなりだ。イザークがいなくて水城に行けないと焦ったけれど、アデライドも空城に来てくれるらしい。
「だが、これから冒険者ギルドに引き渡そうとしてる者を城に連れていくというのはどうなのだ?」
「それもそうだね。それなら私だけ空城に行ってくるよ。エルマーは二人でお願い」
私はカルヴィンとルークスリアにエルマーを任せて子猿くんと空城に向かった。引きこもっていたはずのアデライドは本当に空城まで出てきてくれていた。
「マーガレット、ご苦労様!」
ニコニコと上機嫌である。あの時の不機嫌さからは信じられない差だ。彼女はシルヴィと初めて会った広い応接室の噴水のような椅子に座っていた。しかしクレマンもシルヴィもいない。
「クレマンの頼みを聞いてくれたんでしょ。私からも礼を言います」
どうやらクレマンのお陰で立ち直ったらしい。私がクレマンやシルヴィはどうしたのか聞くと口を尖らせた。
「クレマンは忙しいの。お父様もお母様も今はおかしくなってるから、代わりに奔走しなきゃいけなくて。シルヴィは知らない」
アデライドとシルヴィのしこりはまだ残っているようだ。多分、まだ時間がかかるのだろう。
「でも、マーガレットが戻ってきたってことは解決できたってことでしょう?これでお父様も元に戻って、クレマンも通常業務に戻れる…全てが上手くいくわ」
アデライドは浮かれた声を上げ、クレマンに思いを馳せる。全てが上手くいくか、それともクレマンを巡って次の修羅場が起きるかは誰にも分からないことだ。
しかしクレマンがいないのは好都合だった。浮かれ気味のアデライドは強かなクレマンとは違う。彼女は詳しい確認もせずに人魚の涙を渡してくれた。
「報酬なんでしょう?受け取りなさい」
これならどさくさに紛れていけるかもしれない。そう思って私は持ち掛けた。
「アデライドはまだあの鏡を持っているの?」
「ええ、まぁそうだけど」
「あなたのお父様が狂ってしまった原因って、あなたの持っていたあの鏡と同じようなものだったのよ」
私は軽く色欲の衣のことを説明した。アデライドは神妙な表情で話を聞いている。
「あの鏡だって、クレマンのことを勘違いさせそうになったでしょ?」
「それもそうね」
「存在しない方がいい物なのよ。良かったら私が処分しておくわ」
「そうね。ありがとう、マーガレット」
やった。
騙したようだけど、これで嫉妬の鏡も手に入れられる。そう思ったが、浅はかだったようだ。
「クレマンに確認してから、破棄するべきならあなたに渡すわ」
「え…でも、アデライドはお姫様なんだし」
「私が勝手に判断したらダメだもの。クレマンに聞いてからでないと渡せないわ」
「クレマンに聞いてなんて、ちょっと悠長じゃない?危ないものなんだよ?」
「だから、戻ってきたらすぐに聞くわ」
そんな。
アデライドはその件について、意見を変えることは無さそうだった。それよりもしつこく言い寄る私に少し不快感を示した。
「感謝してるとは言ったけど、全幅の信頼を寄せているわけではないのよ」
これは、どうにもならないようだ。出直して今度はクレマンを説得しなくてはならない。私はアデライドにまた来ることを伝えて空城を出た。
まぁ、予定通り人魚の涙は手にいれたのだ。上出来と思おう。私は冒険者ギルドを目指すことにした。
冒険者ギルドは上の観光街にも入口があった。水に潜らなくて済むのはありがたい。城のように別れてはいないが、ギルドも水陸どちらからでも利用できるようになっていた。しかしそんな珍しい作りに感心してる暇はないようだ。
「スミマセン、こちらにオルヒデーエからエルフを連れた者が来ませんでしたか」
「…」
ショートカットのボーイッシュな受付嬢は緊張した面持ちになり、何か言いたげな表情をしながらも私を通してくれた。
通された部屋は、ギルドの多目的室だ。そこには見知った顔がいたのだ。
「ローレン・ハリントン…」
「お久し振りですね、マーガレットさん。ご機嫌いかがでしょうか」
思わずカルヴィンと視線を合わせる。彼も引きつった顔で困惑していた。
「最近こちらに配属されましたの。偶然ですね」
「本当ですね…」
新しく就任した腕の立つギルド長ってローレン・ハリントンのことか。確かに彼女は強い。以前は相手がイザークだったからやられてしまったが、そんじょそこらの冒険者では太刀打ちできないだろう。
「エルフ教の教祖を連れてきてくれたとか。私も就任したばかりだったので、落ち着いたら出向こうと思っていたんです。手間が省けました、ありがとうございます」
「いえ…」
「これだけの功績を上げているのですし、マーガレットさんはランク上げの試験を受けてみるのもよろしいのでは?Eランクでいるのが勿体ないです。ここまで短期間で有能になったのは…」
彼女はスラスラと流暢に話す。まるであの時のことなんて些細なことだったかのように。
「あのおぞましい魔族の力か何かですか?」
いや、違ったようだ。
すごく恐い。何てことない表情だったのが一変して、怒りが滲み出るようにローレン・ハリントンの憎悪がうかがえた。
イザークのことを言っているようだ。
「あれは今いないのですか?汚らわしい魔族ですもの、大っぴらには出歩けませんものね」
「やめてよ。イザークは汚くない」
言いながら、私は彼を庇える立場だろうか?
今、彼に怪我を負わせたのは私だ。だがそれでも大切な師匠を貶められるのは聞き捨てならなかった。
「人族なのに魔族を庇うんですか?それとも、あなたも実は魔族なのかしら。人に紛れた紛い物ですか?」
「人族だけど…そんなのは関係ないでしょ。差別しないで、イザークは私の師匠だ」
「関係ないなんて無いです。魔族とは、それだけで罪なのです」
ローレン・ハリントンの周りの魔素が活発に動き出す。これはアレだ、魔王城に行きラスボスだと思っていた盲目の魔族ブルクハルトに出会った時に似ている。攻撃の準備をしている奴の挙動だ。
「竜人族領での失態によりこんな大陸に左遷されてしまいました…やっと、やっと私のことを認めてもらい始めていたところだったというのに…また見捨てられてしまう…そんなのは絶対にイヤだ…!」
ダーリエ支部支部長というのはかなりの出世だったのだろう。そこからの転落だ、やはりこちらを恨んでいるようだ。それでも、それにしては少し様子がおかしい。見捨てられてしまう…?
「あの、ローレン?何を言ってるの?」
「人族のためにならなくては…認めてもらわなくては…私のことを許してもらわなくては…私は紛い物なんかじゃない…恐い、恐い恐い恐い」
カルヴィンに手を引かれ彼の背中へと隠される。敵意を感じ取ったカルヴィンは震えながらも私を庇ってくれているらしい。ルークスリアも弓を構え対峙していた。
「また手柄を…人族のためになることを証明しなくては…」
「ローレン・ハリントン、自身の功績のためにしか動けぬとは愚かしい。そなたに魔族を貶めた発言をする資格はない!」
「エルフまでも魔族を庇うのか…?」
その時、奇妙なことが起こった。ローレンが苦しみ始めたのだ。彼女は胸を抑え、苦しげに呻くと天を見上げた。
そして、何が起きているのか分からない私たちを置いてきぼりに、彼女は二つに裂けた。
口から亀裂が入り、どす黒い粘液のようなものが溢れる。彼女は真っ二つに裂けると、裂け目から出る大量の粘液と共に地に崩れ落ちた。
そしてそこには、裂け目から表れた美しい女性が立っているのだった。
気持ち悪い。確かにそう感じた。




