第31話 目的達成?
その後はまさに阿鼻叫喚だった。
アイベックスに縄を切り解放してもらった私は、絶叫するアルバに飛び付き衣を剥いで耳の削がれた部分に押し当てた。『色欲の衣』が真っ赤に染まる。
呆然と事の成り行きを見ていた狂信者たちがセシリアやルークスリアに飛びかかってきた。アイベックスがある程度捌くが人数が人数だ。襲いくる信者たちの混乱にピンチを感じたが、そこでさらなる混乱が生まれた。
大きな咆哮。強大な体。カルヴィンが竜へと変身したのだ。
「次から次へと厄介な…!」
もちろん突如表れた竜人に驚き、好戦的だった信者たちは逃げだし散り散りとなった。しかしカルヴィンもまだ洗脳が解けていない状態なのだ。竜に変身した姿でこちらをジロリと睨んでくる。これならまだ他の多数の信者を相手していた方が良かったかも!?
「助けて、子猿くん!あの竜人の洗脳解いて!」
私は藁をもすがる思いで子猿くんに声をかける。私の肩にずっと乗っていた子猿くんは長くため息をつくとカルヴィンの元へと駆けていった。
そうして、彼の足元まで行き彼の足に飛び付く。すると、初め気づかなかったカルヴィンだが足にくっつく小動物の存在に気づいた。混乱したように首を傾げた後、彼は元の人型へと姿を変える。そして…
「可愛いのだ…!」
ぎゅっと子猿くんを抱き締めた。これは子猿くんの能力で洗脳が解けたのか、小動物の愛らしさで洗脳が解けたのか。分からないところだが、どうやらカルヴィンも正気に戻ってくれたらしい。
「今の混乱の内に、移動するよ」
セシリアが合図を送ってくる。竜人が表れたパニックからみんな私たちそっちのけで逃げ出していた。襲われない今の内にセシリアの勤める診療所へとアルバを連れて逃げ込んだ。
衣を着ていないアルバはもう魅了をかけられないらしい。カルヴィンも私も子猿くんがいなくても平気だ。それでも、根強く残る者もいるようだ。
「アルバ様…!」
痛々しい姿を見て涙を溢すのは、この診療所の医師である老人だった。
「セシリア!この恩知らずが!アルバ様を傷つけるとは!恥を知れ!この愚か者が!」
セシリアを罵りながら老人はアルバの処置を行う。その間も涙は止まらない。
「アルバ様、アルバ様…」
「衣もないっていうのに、洗脳は解かれないのか」
「洗脳になどかかっておらん!アルバ様を本当にお慕いしているんじゃ!」
彼の中でそれは本当の気持ちへと変わっているようだ。今後も恐らく洗脳が解けて以前のように戻れる者と、エルフ教を信じ続ける者と分かれるのだろう。気持ちってやつはなんとも難しいものだ。
私はニーニャのことが心配になった。合流できなかった彼女は今、どこにいるのだろうか。彼女は一体どちらだろうか。
「エンヴィレナの冒険者ギルドに、腕の立つギルド長が新しく就任したらしい。鳩兵隊が先日来て通達してくれた。あんた達はそこにこいつを…エルマーを連れて行きな」
セシリアが淡々と語った。アルバはルークスリアの母の名で、彼はエルマーが本名らしい。それは私たちに向けた言葉だったけれど、老医者にも聞こえていてそれはもうカンカンだった。
「クビじゃ、お前なんぞクビじゃ!エルマーとは誰じゃ!アルバ様は連れていかせはせんぞ!」
止血は終えたらしい老医者はやっと余裕ができたようで、手を止めセシリアを怒鳴り付けた。
「構わない。それでも、こうして色々な者を搾取し破滅させたこいつは冒険者ギルドに託して裁いてもらうのがいい」
「そうはさせんぞ!わしか何としてでも…」
「いいよ」
老医者の反論を止めたのは何故かエルマーだった。彼に目を向けると絶望の表情だった。
「姉さんの耳が削がれるなんてありえない…こんなの、もう姉さんではいられない。もう僕には意味がない。どこへでも連れていくといい」
「お痛わしや、アルバ様…」
「今の僕のことをもう姉さんの名で呼ぶな…」
老医者は混乱し、戸惑ったように黙るだけになった。エルマーからの抵抗はないようだ。こんな集団洗脳を行った主犯なのだから、私たちも冒険者ギルドに突き出すのは賛成だが。
「セシリアは一緒に行かないの?クビなら、ここにはいられないんでしょ?」
混乱したオルヒデーエは危険かもしれない。しかしセシリアは首を横に振った。
「確かにこの町はいずれ出る。でもその前にあんたらの連れが回復するまでは動けないよ」
「回復?連れとはイザークのことか?何かあったのか?」
ドキッとした。
ルークスリアが不思議そうにしてる。何て言ったらいいんだろう?本当のことを言ったら軽蔑されるだろう。
「あんたらの連れはちょっとした事故で負傷してね。今は安静にしてないといけない」
「イザークが負傷!?一体何があったのだ!?」
まさか『ラースラッドの悪魔』が傷を負うことがあるなんてと言わんばかりにカルヴィンは驚いた。
セシリアは私をチラリとだけ見て、詳しくは話さないでいてくれた。
「時間がない。混乱が落ち着けばこのじいさんみたいに洗脳の解けない信者がエルマーを探しにくる。その前に出ていきな。私はエルフ教信者だらけのこの町で暮らしてきたんだ。信者達がいつ牙を向けてきてもいいように隠れ家を用意してる。そこに籠ってるから大丈夫だ」
エルフ嫌いの彼女がわざわざエルフ教の総本山とも言えるこの町で暮らしていたのは何故なのか。何故信者達から襲われる脅威があるにも関わらず離れないどころか隠れ家など用意していたのか。
それは、今は隠れていてる彼女の頭の布地の下に理由がある気がする。ただし、セシリアは詮索を嫌うだろう。
「分かった。イザークをよろしくお願いします」
「準備が整い次第、行きな」
私たちは荷物をまとめた。セシリアにはニーニャのことも話しておいた。あの子を探す時間がない。イザークが回復したら彼とニーニャで一緒に私たちを追ってこれるだろうか。
エルマーを冒険者ギルドに引き渡し、人魚の涙も手に入れてから私たちがこのオルヒデーエに戻ってきたって良い。少し時間が経てばエルマーの洗脳も落ち着き、何とかなるかもしれない。
私たちはローブを借りてフードを目深まで隠してこそこそと町を出た。エルマーが抵抗することはなく、スムーズに脱出するとができた。
「とにかく、これで人魚の涙も手に入る。やったな、マーガレット」
「うん!」
やり遂げてやった。そこの時の私たちはそう思っていた。




