第30話 大罪人
第24話の一部に抜けている文章があったため、追加しました。
大幅に意味が変わるものの為、活動報告に詳細を記しています。
騒がしい広場が一層騒がしくなった。誰かの叫ぶ声が聞こえる。
「いたぞ、あそこだ!」
視線の集まる先には屋根の上から弓を構えるルークスリアがいた。その照準は真っ直ぐアルバに向かっている。
「マーガレットを離せ!」
凛とした声が響く。ルークスリアは周りを威嚇し、少しでも近づけばアルバを射つと宣言した。
「お帰りなさい。落ち着いて、この子にも何もしないわ」
アルバは信者を制止し、にこやかに話しかけた。
「誤解があるようね。そんな物騒なものはしまって。誤解が解けないようなら、私もマーガレットの判断に困るわ」
アルバは落ち着いていた。何てことない言い方だからスルーされてしまいそうだが、攻撃の意思を取り下げないと私に危害を加えるぞって脅しだよね。
ルークスリアもそれは分かったようで、眉間のシワをさらに激しく寄せた。しかし、数秒睨みあってから、そろりと弓を下げる。
「大人しくすれば、我々に危害は加えないと言うことだな?」
「物騒ね」
アルバが約束すると言えば、ルークスリアは屋根からヒラリと降り立ち、近くに寄ってきたカルヴィンに弓を預けた。そうして慎重に近づいてきながら、アルバからは目を反らさない。
「マーガレットの縄を」
「そんな焦らないで。どうしてそこまで私を警戒するの?」
アルバが髪をかきあげた。そこから露になる尖った耳を見ながら、ルークスリアは問う。
「1つ教えてほしい、叔父上」
「その呼び方は…」
「母の死に関わったというのは本当か?」
私の時と違い、ルークスリアが叔父と呼ぶときはアルバは困った顔をするだけだった。しかし、次の言葉には表情が一変した。
ルークスリアの母の死…確か、転落事故だったか。
「ウォーレン老から、叔父上は母の死に関わって里を出ていったのだと聞かされた。口に出すことも憚ると、詳細は話してくれないが…確かに、叔父上が母の死に一番近く」
「死んでない!」
ルークスリアには今まで怒鳴り付けたり酷い態度は取らなかったのに、突然怒りが爆発したようだった。
「いいか小娘。気軽に姉さんが死んだなんて、今後間違っても口にするな。姉さんは完璧なんだ、死ぬはずがない」
先程のように狂った姿を隠すことなくさらけ出していた。それほどまでに許せないのだろう。
「死ぬはずがないと言うが、現に…」
「姉さんは死なない。僕が死なせやしない。見てよ、ほら」
アルバは焦燥感すら感じる表情で、歪んだ笑みを浮かべた。
「『ここ』に、姉さんはいるだろう?」
自身を指し、当然のように話すアルバに不安が収まらない。ここってどこよ?アルバがルークスリアの母自身だって?
「姉さんは完璧なエルフだ。細長くて気持ち悪い指と罵るドワーフや、遠距離からしか攻撃しない臆病者と嫌悪する獣人も、姉さんにはひれ伏すんだ。彼らの美意識に合わないと言ってたのに、姉さんただ一人には骨抜きにされてしまう。当然だよ、だって姉さんは世界で一番美しく完璧だから」
各種族ごとに趣向は違う。美しさの基準ってものは異なるが、彼の姉は全てに愛されることができたと。それが例え、衣の力だとしても。
「母は確かに誇り高く素晴らしいエルフだった。しかし、全ての種族がひれ伏すというのはこの『色欲の衣』の仕業だろう」
「それが姉さんの手元に来たっていうのも、姉さんの力だ。そういう運命だったんだ」
アルバはこちらの言うことを聞く気がないようだ。どんなに否定したって耳を傾けやしない。
「それなのに姉さんは僕に懺悔するんだ。『こんな力は持つべきではなかった』って。竜人から魔族が秘め事を手放したことを聞き、相談しようと鳩兵隊まで派遣していた」
もう美しいエルフ教教祖の姿はない。醜く歪な悲痛に叫ぶ弟の姿がそこにあった。
「おかしいだろう。完璧な姉さんは他種族に泣きついたり助けを求めたりしない。姉さんこそ崇められても、姉さんがすがることなんてあり得ない。だからそんな姉さんを僕は救済したんだ」
血の気が凍るとはこのことだ。
彼は救済と言った。彼の救済とやらを考えたら、想像だけで手足の先まで冷たくなる感覚がした。
「これ以上間違えないように。僕なら完璧な姉さんでいられる。化粧を覚えて、美しく華奢だった姉さんらしく肉を削った。崇められるのは姉さんなら然るべきことだから、僕はただ受け入れてるだけだ」
アルバは恍惚とした表情を見せた。
「何て素晴らしいことだろうか」
アルバの暴走は止まらない。やっと表した本性に、周囲は戸惑う者もいれば狂信する者もいる。彼の洗脳は根強く残っていた。
「そして僕にご褒美が与えられたんだ。姉さんが戻ってきてくれた。きっと今度は失敗しないだろう。大丈夫、僕が側で支えてあげるから。ね、僕の可愛い小さな姉さん」
ルークスリアは顔を真っ赤にして震えていた。私でも気づいたのだ。彼女が気づかないはずがない。この男がルークスリアの母を崖から突き落としたのだ。
「誰が」
ルークスリアの震える手が懐に伸びる。アルバへと近づきながら、憎悪の籠った声が絞り出されていた。彼女が懐から出したのは意匠の凝らした短刀であった。
それに気づいたときにはもう、走り出していた。
「誰が貴様に利用されるものか!誰が、母を殺した輩の魅了などにかかるものか!!」
「ルークスリア!」
ダメだ!と思い目をつむった私の耳にはキンっと刃先が重なる嫌な音が届いた。恐る恐るめを開けば、そこにいたのは…
「アイベックス!」
アイベックスはアルバとルークスリアの間に入り、彼女の短刀をセシリアが持っていたナイフで止めていた。
「そこまでだ」
セシリアが駆け寄ってくる。突然の乱入者に対抗しようとするルークスリアだったが、アイベックスの方が上手だったようで短刀は落とされてしまった。
「またエルフが増えてる。私はエルフが嫌いなのにさ」
「セ、セシリア!」
間に入ってくれたセシリアにアルバは飛び付いた。どうやら短刀を向けられたことにショックを受けているようだ。
「助けなよ。セシリアは姉さんの親友でしょ?この聞き分けのない小娘を殺して!」
「あんたが一番知ってるだろ。私は世界で一番あんたの姉さんが憎いって」
え…?
「いい加減諦めな。あんたがいくらアルバって名乗ったってあんたはアイツにはなれない。あんたは自分の姉に執着心を燃やす異常者で、私と同じ大きな罪を背負ってるんだ」
セシリアはアイベックスから短刀を受けとる。
「これは…あんたの母親の形見じゃないのか。こんなことに使うんじゃないよ」
セシリアは切なげにルークスリアを見やったあと、アルバを見る。その表情は一変して冷たいものになっていた。
「同族殺しの罪は重い」
そして、信者が呆気に取られている間に、セシリアはアルバの耳を削ぎ落としてしまった。




