第29話 叔父
アルバの眉間が不愉快そうに寄せられた。
「その呼び方はやめてくれる?」
叔父さんってのは嫌だったらしい。だが否定はされなかった。彼は、ルークスリアの叔父なのだ。
「あの子から何も聞いてないの?」
身だしなみを整えた気配を感じて私はそろそろと彼に目をやる。しかしやはり、彼は美女エルフだった。
「一緒に旅した仲間なんて聞いたから、てっきり心を許してるのかと思ったけど。大して信頼されてなかったんだね」
「そんなこと!」
「あの子の説得もできない。何も聞いてない。とんだ役立たずだ」
イーラのニヤニヤ顔がチラつく。アルバの嗤う顔に苛立ちを感じる。思わず大きな声が出てしまった。
「元々あんたの役に立つつもりは無いわよ!」
「うるさいなぁ。さっきから言ってるだろ」
倒れたままだった私にアルバの足が飛んでくる。避ける暇もなく私の頬を足の甲が捉えた。
私は痛みも勿論だが、それよりも驚きの方が強くて声もなくそれを受けてしまった。なんの躊躇もなく無抵抗な人間に対して足が出たのだ。この美しいエルフから。
「あんまり大きな声、出さないでよ」
呆然とするしかない。
戦闘ならしたことがある。命の危機だって感じた。でもこんな扱いをされるなんて、初めてだ。
「ねぇ、知りたい?あの子が話さない理由」
アルバは平然としていた。まるで私の顔を蹴ったことなんて無かったかのように。私の返事を待たず話し出す。
「ほら、見て。この耳」
こいつ異常だ。足蹴にした人に嬉々として話しかけてくる。
長い髪をかきあげアルバは耳を露にした。そこには尖ったエルフ特有の耳があった。
「キレイでしょ。普通でしょ。これを見て、あの子は戸惑っていたんだよ」
ルークスリアが?
意味がわからず、しかし異常なアルバに恐怖を感じ、静かに話を聞いた。
「エルフは仲間意識が強く、里で一緒に暮らす。里を出ていくなんて異端者だ。エルフはよっぽど罪深くなきゃ仲間を追放しないし断罪しない。悪い癖でもあるかなぁ。仲間は大切で失いがたいものだから、なぁなぁで済ませたりもするんだ。でも一度、許すことができないと判断したら徹底する」
長寿で繁殖能力の低いエルフだからこその仲間意識。それは本当に大きく影響するようだ。
「悪いことをすれば一族会議が開かれ、罪を裁かれる。そうして、追放を言い渡されるエルフはエルフの象徴とも言える耳を削がれ里を追い出されるんだ」
他種族にはない身体的特徴の1つである長い耳。これはエルフの象徴とされているようだ。それを削ぐ…つまり、もうエルフではないと示しているのだろう。
「それでもよっぽどのことがなきゃ無いんだよ。例えばそう、同族殺しの罪を犯したりしないと。逆に言えば里から離れ耳の削がれたエルフは本当にヤバイ奴だってことだから毛嫌いされる」
ルークスリアは里を離れているが耳の残ったアルバに違和感があったらしい。どう接していいか判断に迷ったのだ。
「あの子は僕のことをどう判断したらいいか迷ったんだよね。それに僕のことを初めて見たときは本当に驚いていたよ」
「それは…珍しいエルフだから?」
「それもあるかもしれない。でも、違うだろうね。なんせ、僕は自分で言うのもなんだけど、姉さんにそっくりだから」
姉…ルークスリアのお母さんに?
姉弟なら似ているのもありうるのか…それとも衣の力?いや、衣の力は他者の洗脳だろうし。
「姉さんにそっくりで耳の残るエルフ。あの子は判断に迷ったろうし、母恋しさもあったんだろう。僕のことを突き放すでも受け入れるでもなくいたよ」
楽しそうにクスクスと笑う。ルークスリアには叔父がいて、母が死んだときに次の王にするかどうかって話がでていたはずだ。でもそれは拒否してルークスリアがエルフの女王となった。
一体アルバはどうして自ら出ていったのか?
私の疑問に答えは返ってこなかった。
「お前には関係ないだろ」
アルバは私の髪を掴むと思いきり引き上げる。
「痛い!」
「最近、僕は多少悩んでいたんだ。望んだこと、思った通りになったはずなのに虚しい。そんな僕の元に神様がプレゼントを贈ってくれた。それが、あの子だ」
「あの子…?」
「ルークスリアだよ」
アルバはとても嬉しそうに笑った。というより、この話を始めてから彼は終始嬉しそうだ。
「成長して、姉さんによく似てきた。さすがは姉さんの娘だね」
ゾッとした。
アルバはルークスリアを身代わりにしようとしている。姪っ子を自分の姉代わりにするなんて不気味だ。
「あの子がここを出ようとしてるんだっけ?許さないよ、そんなこと」
アルバは私を見下ろす。
「これまで散々だったんだ。せめて少しくらいは役に立ってよね」
歪な笑みは狂っている証拠だった。
アルバは私を引きずって邸を出た。優しいアルバ様の乱暴な振る舞いにエルフ教信者は初め皆驚いていたが、彼が笑みを向ければたちまち収まってしまった。
私は施しの行われた広場に連れてこられた。
「アルバ様、如何されたのですか!?」
駆け寄ってきたのはニーニャだった。残った僅かの理性でか、私の不当な扱われ方を見て心配してくれたようだ。
「皆を集めてください。今回の騒動の首謀者が判明しました。あのエルフの子は、何も悪くないのです」
「首謀者?」
「この者が唆して私とあの子を引き剥がそうと画策したのです。あの子は騙され、まるで自分の意思で邸を出たかのように仕立てられたのです」
戸惑っていたニーニャもアルバが瞳に涙を溜めればすぐだった。ニーニャが呼び集めた信者たちにより、私は広場の中央で拘束され手を杭に繋がれていた。
そして見やすい位置に簡易的な椅子が設置され、そこにアルバが当然のように腰かけた。彼は蔑むでも、嘲るでもなく、ただ自然体でそこにいた。
「皆、あの子を探しだし私の元へと連れてきてください。捕まらなければ、この者の首を落とします」
ウソでしょ!
恐ろしい発言だ。私は心臓がバクバクと鳴った。助けてもらえないかと子猿くんに視線を送るが、彼は逃げない代わりに助けてもくれそうになかった。
「あの子を連れてくることのできた者に褒美を与えましょう。皆、頑張って下さい」
そんな大きな声も出してないのにアルバの声はよく響き、広場に活気を与えた。いやいや貴方たち、頑張ると一人の罪もない人間が死んじゃうのよ。
オルヒデーエは夜遅くにも関わらず騒がしくなった。松明を持ち、武器を構え、怒号が飛ぶ。ルークスリアを探して町全体が動いているようだった。
あぁ、どうか無事でいてルークスリア。どうしたらいいのだろうか。私のピンチにいつも駆けつけてくれるのは…
「イザーク…」
腹から血を流す、魔族のことを考えた。私のピンチにいつも駆けつけてくれた優しい魔族だ。
彼は大丈夫だろうか。もしかしたら、罰当たりな私はここで死ぬ方がいいのかもしれない。彼に怪我を負わせてしまった私は助けてもらうことなんて…
諦めかけるが、ナイトのことを思い出す。
ダメだ、ナイトがおかしくなってるんだ。大切な幼馴染みがどうなってるのか、確かめないと。
こんな一大事なのにナイトのことが気になる。だって私たちは幼馴染みなんだもの。




