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第25話 失態

 次の日も、アルバ様は施しへと向かった。

 窓から彼女が出向いていく姿を見送り、私はため息を吐いた。離れることが辛い。


「行ってしまったわね」


 隣で同じく見送っていたニーニャがため息とも区別し難い声音でそうつぶやいた。この屋敷には私とニーニャとカルヴィンにルークスリア、それと使用人しかいない状態となった。


「それで、ルークスリアはどこにいるの?」

「着いてきて」


 先に屋敷に来ていたニーニャはある程度のことを把握しているようだった。屋敷の2階の最奥の部屋へと進んでいった。そこの扉をノックし「開けるわよ」と声を掛けると、相手の返事を待たずに扉を開けてしまった。

 中にはルークスリアが物憂げな表情で窓の外を眺めていた。

 改めて、他のエルフを見てみても分かる。アルバ様が特別だってことを。ルークスリアを見たって何も思わない。アルバ様にだけ不思議な魅力を感じるのだ。


「マーガレット…」


 ルークスリアは警戒した視線を向けてきた。その手元には彼女の弓だ。多分、この屋敷に来てずっと肌身離さず持っているのだろう。そんなに警戒しなくても大丈夫なのに。


「そなたも奴の洗脳にかかったか…」

「洗脳なんて人聞きの悪いことは止めて」


 ルークスリアはあからさまにガッカリとした表情を作った。私はともかく、アルバ様を貶めるような発言は許せない。私が抗議したらさらに嫌そうに顔を歪めていた。


「本当に嘆かわしい。ここに来る前から分かっていたであろう、アレに会うと洗脳にかかってしまうと。分かっていながら何故騙されるのか」

「ルークスリア!」


 説得に来たはずだったが、私はルークスリアのあまりの言いように不快感が拭えなかった。アルバ様はルークスリアのことを悪く言わないようにしていたけれど、ルークスリアの態度は酷いものだった。こんな態度をアルバ様本人に取っていたのだろうか。


「ルークスリア、いくら分かっていないからといって酷すぎる。あなた失礼よ」

「分かっていない?一体何を理解せよと言うのだ?」

「アルバ様は悪いエルフじゃないよ」

「そなたこそ、一体アレの何を分かったと言うのだ?どこを理解し、どこまでを知っていると言うのだ?」


 明らかに侮蔑混じりの視線は、出会った当初のルークスリアを思い出した。彼女はどうやら里を追われたってだけで本当にアルバ様のことを悪く思ってしまっているようだ。


「ルークスリアの言いたいことは知ってるよ。里を追われたエルフに不信感があるんだろうけど、そういうのってエルフ族の悪しき習慣だと思う」

「…何も分かっていない癖に、知ったような口をきくな」


 ルークスリアは一層顔を歪め、窓の外に視線を逸らしてしまった。その後はいくら声を掛けてもこちらを振り返ってはくれず、ずっと手元に抱えている弓が少し怖くて私は部屋を去ることにした。

 今のルークスリアだったら、もしかしたら私に敵対行動を取ってくるかもしれないと、何となくそう感じたのだった。

 私はアルバ様が帰ってきたらすぐに彼女に会いに行った。すぐにでも報告をと思ったのだ。


「彼女はダメです。すごく頑なになっていて…」


 私はお疲れだろうアルバ様に労いの言葉を掛けた後、ルークスリアのことを話し始めた。


「もうアレは誤解を解いてやろうとかそういうのは必要ないのではないでしょうか。あんな失礼な言動を取るのだから、いくら今後心改めることがあっても許せない…」

「ねえ」


 言っている内にどんどん昼間のあの失礼な態度を思い出してムカムカしていたら、アルバ様に遮られた。ハッとして彼女の顔を見やると、いつもと変わらない笑顔だ。


「私が何て言ったか覚えてる?」

「え?」

「私は彼女の誤解を解くように説得してと、そう言ったのよ。ルークスリアの態度の是非について、判断は任せていないわよね?」


 いつもの笑顔だけれど、とても冷たい口調だった。

 そんな、まさか。彼女を怒らせてしまうだなんて。私は血の気が引いていくのを感じた。


「そ、それは…」

「何であれエルフである彼女と仲良くしたいと、私はそう言ったのよ。毛嫌いはすれども屋敷を出て行かないルークスリアを見るに、まだ希望はあるのではないかと。そう思って一緒に旅をしていたあなたに説得を依頼したのよ」


 何か言い訳しなくてはと思うけれど、何も言葉が出てこない。アルバ様が怒っている。それはそうだ、私は彼女のお願いを聞いていたのに勝手な判断で自分の意見を言っていた。


「ごめんなさい…」


 私は小さな声で何とか謝罪の言葉を絞り出した。どうしよう、見捨てられてしまうんだろうか。そんなことになったら、私はもう死んでしまう。

 しばらくの沈黙が私に息を吸うことも咎めるようだった。しかし、そうして長い沈黙を経た後、アルバ様はクスリと笑われた。


「ちょっと意地悪すぎたみたいね。ごめんなさい、大丈夫よ」

「ア、アルバ様…」

「でも、分かったわよね?あなたはあの子を説得すればそれだけで良いのよ。ね?」


 良かった、許しを得られた。私は情けなくも目に涙を滲ませながら何度も頷いた。アルバ様がそう望むのなら私はそのことだけを考えよう。そう決意した。



 ***



 私はどっと疲れながらその日は眠りについた。

 とにかく、アルバ様を怒らせるような失態はもうしないように気をつけよう。そうして目を閉じ眠りについたら、懐かしい夢を見た。

 コンクリートで整備された道、電柱が等間隔で並び、背の高いビルが立ち並ぶ。

 黒髪黒目の純日本人と分かる人々が忙しなく行きかう通り。信号待ちをしている人々が、青色に変わった途端いっせいに動き出す。元の世界の何気ない光景だった。


「ここは…」


 私は制服姿だ。たくさんの人々がいる中で一人ぽつんと立ち尽くしていた。あっちの世界に慣れてしまったらこれが夢だってことがはっきりと認識できた。あんなに焦がれて帰りたいと願っていたのに、アルバ様に出会ってしまったらその気持ちも失せてしまった。

 それでも、久しぶりの現代日本が懐かしくて、ちょっと知っているところを巡ってみることにした。これは夢なのだから、寝ている間だけ堪能するのもありだろう。

 私は記憶を頼りに歩いていく。帰り道でよく寄るタイ焼き屋さんを過ぎて、並木道を真っ直ぐ通り抜けていけばそこには私の通っていた高校がある。

 みんなは登校しているだろうか?しかしそう思って教室まで行ってみて驚いた。確かにたくせん人がいるのに、それが誰なのかの認識が上手くできない。顔を見ているはずなのにそれが誰なのか分からないのだ。


「仕方ない。だってこれはただの夢だからな」


 急にそんな声がして、私は驚き跳びあがった。そいつは教室に当然のようにいて、周りと同じように現代日本の学生服を着ていた。最も、サイズ的にムリがあるようでブカブカの格好だけど。


「イーラ…」

「よう、元気にしてたか?」


 相変わらずムカつくニヤニヤ顔でイーラは何故か私の夢に現れた。唯一顔の認識ができる存在だった。


「どうして…」

「ジークベルトに手を貸してもらってな。あいつ程掴めない奴もいないな。夢魔だから夢の干渉ができるようなんだ。お前の夢に潜り込ませてもらった」


 夢への干渉?

 まあ何だっていいけれど、つまりこいつは意思を持って私に会いに来たっていうことだ。


「何の用なの?」


 私はそう問いかけた。

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