第24話 教祖アルバ2
アルバ様は日も落ちた頃、お帰りになった。
彼女はずっと働いていたにも関わらず疲れなど少しも見せず私の元へと来てくれた。
「お待たせしてごめんなさい」
アルバ様に悪いことなんて一つもないのに、彼女は私なんかを気遣ってくれる。私は妙な高揚感を感じながら「とんでもない」と首を振った。
「この屋敷は私の私邸だから、くつろいでちょうだい」
「はい、ありがとうございます」
まるでいたずらっ子みたいな笑みに、私は何度も頷いた。プライベートな空間に呼んでくれるだなんて、彼女は私に心を許してくれているのだろうか。
彼女は本当に美しかった。滑らかな衣がその肌を覆っているが、そのミステリアスな雰囲気がより彼女を魅力的にしていた。着替えたり水浴びをしたくはないのだろうかと気になったが、アルバ様は大丈夫だと、むしろ私の方を心配してくれた。
「そちらの方が、長旅で疲れているんじゃない?」
「いえ、大丈夫です」
本当に、何てお優しい方なんだろうか!他人に施しを与え、こうして気を配って。こんな完璧な人がこの世に存在するなんて、信じられない。私は直視するのも緊張して、ずっと挙動不審になっていたんじゃないだろうか。それでもそんな怪しい行動をする私をクスリと笑うだけで、アルバ様は話し始めた。
「来てくれて本当に嬉しいわ。実は相談したいことがあったの」
「私にですか?」
アルバ様が私に相談?
一体何事かと思ったが、「それより前に」と彼女は微笑んだ。
「あなたはどうしてオルヒデーエに来たの?」
それは…
私は思わず言い淀む。戸惑う私にアルバ様は優しく微笑まれた。
「別にいいのよ、あなたがどんな理由でこの町に訪れたのだとしても。ただ、知っておきたいの」
「それは…」
本当のことを言うべきか悩んだけれど、アルバ様が私を安心させるように手を取ってくれたから、私は意を決して話すことにした。
「私、魚人族に頼まれたんです」
「エンヴィレナかしら」
「そう、そこの姉妹の姫様に…エルフ教をどうにかしてくれって。そうすれば…ある物をくれるって」
私は嘘偽りなく全てアルバ様に伝えた。でも誤解がないように言い訳もした。
「魚人族とそんな約束をしてしまったのはアルバ様のことを知らなかったからなんです!今となっては愚かしい約束だったと思います。アルバ様は悪いことも何もしていない!もうそんなこと少しも考えていません、信じてください!」
「落ち着いて、大丈夫」
アルバ様は私の手を優しく撫でてくれる。どうやらアルバ様の気分を害してはいないようだ。ほっと安心して私は息を吐いた。
「それで、そのある物っていうのは?」
「それは…」
どこから説明したらいいんだろうか。私は少し考えた。
「『人魚の涙』を手に入れたかったんです」
「それを、どうして?」
「『魔女の秘め事』ってものを手に入れるために必要で」
「ふーん、そうなの」
え?
「アルバ様は、歴代の王と魔女の秘め事のこと、ご存知なんですか?」
「ん?」
建前上は王しか知らないことのはずなのに。最も獣人族なんかは結構知れ渡ってしまっていたけれど、それでもそれは不思議な甕のことであって『魔女の秘め事』という言葉は知らなかっただろう。
「ええ、そうね。エンヴィレナの王が私にそれを貰ってほしいと、そう言ってくれたので」
「ああ、なんだ。そうなんですね」
なるほど確かにエンヴィレナの王もアルバ様に会い改心した内の1人だった。彼が自らの財産を全て献上しようとしていたというのは魚人族の姫様から聞いていた。
「どうして『魔女の秘め事』が欲しかったの?」
「それは…この世にあってはならないものだと思って、破壊したかったんです。それは、世界の均衡を崩し破滅へと導くから…」
でも今となってはどうでも良いことだ。私はもう『魔女の秘め事』にも元の世界にも何の興味もない。ただアルバ様がいてくれればそれでいい。
私は全てを説明した。アルバ様は聞きたいことが全て聞けたようで、いよいよ本題へと移る。彼女の相談したいこと…それは同じエルフ族のルースクリアのことだった。
「あの子はエルフでしょう。だから、誤解があって私を毛嫌いしているようなの」
「誤解とは…?」
「…どこかで聞いたかもしれないけれど、私は故郷を追われここに来た身なの」
アルバ様は目を伏せ切なげに語り始めた。
「エルフが同族を大切にする種族って言うのは知っているかしら?」
「はい、聞いてます」
「そう。それで、エルフは仲間を大切にするからこそ、よっぽどのことが無い限り里から…仲間から離れることはないの。今まで、冒険者みたいな根無し草の者たちには…魔族は除外しても人族や獣人族などはいてもエルフは見ていないんじゃない?」
そういえば、言われてみれば他種族は冒険者の中でも見かけたが、エルフは見かけなかった。
「だから、故郷を追われたエルフってだけで、エルフにとっては心象が悪いの。どんな理由であったとしても」
「そんな、理由を聞きもしないでそんなのって!」
「そう。私が故郷を追われたのはとある事故が原因なのだけど…それはルークスリアには聞きいれてもらえなくて。私は、同族なんてなかなか会えないからできれば彼女とは仲良くしたいの」
悲し気なアルバ様に胸を締め付けられると同時に、ルークスリアへの嫉妬とアルバ様を受け入れられない愚かさへの怒りと、色々なものが込み上げてくる。アルバ様は手を動かすとその度に絹のように滑らかなその衣が揺らめく。幻想的にも感じるその光景を前に私は考えるよりも先に言葉が口をついた。
「彼女の説得は任せてください!必ず誤解を解いてみせます」
「ありがとう。あなたの仲間にも同じ事を頼んでいるから、皆で協力してちょうだい」
喜んでくれている。私は高揚感で回りが見えないほどだった。彼女のためにできることをしよう。ニーニャとカルヴィンの手など借りなくても私がルークスリアを説得すれば良い。そうしたら、彼女は私だけを褒めてくれるだろうか。
そんな、邪な考えを悟られないように、私は答えた。
「必ず、アルバ様のお望みの通りに」




