第19話 想う人
私とイザークは水城を離れ、陸地へと上がってきた。エルフ教を何とかできれば必ず『人魚の涙』は渡してもらえるって約束を取り付けられたので、今のところは良しとしたのだ。
イザークと二人きりで旅するのは、思えば初めてではないだろうか。私は焚き火を囲ったとある日の夜、イザークに投げ掛ける。
「前はナイトもいたのにね」
「…心配するな。きっとナイトも元に戻る」
私が安心するようにか、イザークは優しく返してくれる。いつもイザークは私に優しくて、いつでも私の味方でいてくれるって安心感がある。
「それにしても、アデライドは可哀想ね」
私はアデライドに聞いた話を思い出した。
彼女にインウィディアの力が受け継がれてから、彼女の母親はキツく当たってきた。それがあったから父親は少しでも自分はアデライドの味方でいようと気にかけたようだ。それがまた母親の怒りに拍車をかける要因となったのは不運としか言えない。
そんな母親の嫌がらせが、ある日突然止んだことには驚いたらしい。
「エルフ教にハマったお陰で嫌がらせが止まるってのも、皮肉なものよね」
初めは喜んでいた家族も、いつしか貢物に献上金にと、エルフ教を盲信する母親に危機感を持っていく。そして国庫にまで手を出そうとしたので見るに見かねた父親がオルヒデーエに向かい、そのまま母親と同じくエルフ教に染まって帰ってきたと。
「怖いわね。一体どんな手を使って洗脳してるのかしら」
「本当に洗脳だろうか?」
「え?」
イザークから思わぬ返しが来て私は思わず聞き返した。
「洗脳じゃないかもしれないってこと?」
「いや、多分洗脳されているのではないかとは思う。だが、人はたまに洗脳無くしても盲信することもある」
まぁ、それはそうだろうけれど。
「どういうこと?もしかして、イザークも何か洗脳されてるみたいに盲信したことがあるとか?」
「あぁ。盲信かは分からないが、絶対的に想っている」
驚きすぎると声って出なくなるものなんだ。茶化すつもりで発した言葉への予想外な回答に、私は暫く何を言って良いのか分からなくなった。
イザークが絶対的に想っている?
感情が乏しいけど私やナイトに優しくて、いつでも味方でいてくれるイザークが?何だか結び付かない。
「…それって、誰なの?」
「神木の元にいる、聖女だ」
聖女。
今まで名前は出てきていたけれど、それは魔女に付随したものだった。聖女の話はあまり聞かない。そうというのも、魔女以上に人前に姿を現さないみたいだからだ。
「イザークは聖女に会ったことがあるの?」
「昔に1度だけ」
イザークが思い出すようにふっと笑った。珍しく見るイザークのレアな笑顔だけれど、嬉しくなかった。訳の分からない寂しい気持ちで胸がギュッと苦しくなる。
知らなかった。そうなんだ。嫌にそわそわした気持ちを誤魔化すように私は明るく声を張る。
「1回しか会ってないのに、そんな心を奪われてるの?聖女ってすごいのね」
「あぁ。俺に生きる意味を与えてくれた人だ」
静かな夜。珍しく微笑むイザークの隣で、パチパチと焚き火が音をたてる。漠然とした不安を感じ、これと似た気持ちを前にも感じていたなとふと思った。
それはこの異世界に迷い混んできた時。ナイトと二人で頼る宛もなかった時だ。パーシヴァル達に出会えたことでやっとその不安も解消されたのだ。思えばその時から私たちはイザークの庇護のもとにいた。ネイトの身体を乗っ取り私たちを近くから見守ってくれていた。
常に味方でいてくれたのに。そんなイザークが突然離れていってしまったような、そんな気持ちになったのだ。
私は焚き火に照らされるイザークの横顔をそっと見る。魔族で、『ラースラッドの悪魔』で、私たちの師匠で、私たちの味方。彼には色々な一面があるけれど、今の横顔は全く知らない人だった。
「マーガレット、夜も遅い。見てるから、寝た方がいい」
イザークはいつものように私を気遣い、夜の番を買って出てくれた。
***
オルヒデーエの町は特に変わった様子もなく、普通の人族領だった。この町では衣を体に巻き付けたインドのサリーのような格好が流行りのようで、ほとんどの女性がその格好だった。
見た限りでもそこそこ広い町なので、「さてどうやってルークスリア達を探すか…」と考えていたら、冒険者証明書を確認していた門番に声をかけられた。
「君はマーガレットか。なら隣にいるのはイザークか?」
「え、何でですか?」
どうして知っているのかと驚くと、門番は朗らかに笑った。
「君たちが訪ねてくると、君たちの仲間に聞いている。少し待っていてくれ、呼んでこよう」
何と、どんな町かと警戒していたが、優しいではないか。
私は気遣いに気を良くしてイザークを見たが、彼は警戒した表情をしていた。…あ、もしかして、逆に怪しいのかしら?
「マーガレット!」
しばらくして門番とともにやってきたのはサリー姿のニーニャだった。元々獣キャバでも指名1位を獲得していただけあって、どんな衣装もお似合いである。
「よかった、やっと来れたのね!」
ニーニャに変わった様子はない。私はひとまず安堵した。
「遅いわよ!」
「ごめんごめん。でも、約束は取り付けられたから」
「ん?約束?あぁ、そうね。そんな話もあったわね」
ん?
ニーニャは私の手を引くと強引に歩き始めた。私は急なことに躓きかけたが、何とか踏ん張りニーニャに着いていく。その後ろにイザークも着いてくるけれど、ニーニャの歩調は速い。
「待ってたのよ!このオルヒデーエ、とってもいい所よ。町の人たちは親切だし食べ物も衣装もわけてもらえるし。住む場所も提供してもらえたのよ」
「ちょっと、ニーニャ?速いよ…それに、どこに向かってるの?その衣装もわけてもらったものなの?」
ニーニャは一方的に話すのに私の質問には答えてくれない。聞こえてないことは無いはずなんだけど。嫌な感じがバシバシとする中、ニーニャがとってもいい笑顔で振り返った。
「この町ではみんなが助け合えるの。エルフ教創始者、アルバ様の元に集えば」
あ、これあかんやつだ。
力強く引っ張ってくるニーニャにストップをかける。抵抗を見せると笑顔だったニーニャの顔が曇る。
「ちょっと、アルバ様の元に連れて行ってあげようって言うのに、何なの?」
「ニーニャ、洗脳されるの早くない?そんな日も経ってないって言うのに」
「洗脳って何!?失礼よ、訂正しないさいよ、マーガレット!」
これが水城で聞いた王をも取り込むエルフ教の洗脳か。
ニーニャはもうすでにすっかりエルフ教に染まっているようだ。これは先に行かせるべきではなかった。一緒に行ったルークスリアとカルヴィンも心配である。一体、どんな手を使っているのだろうか。
「アルバ様に会えばマーガレットも分かるから!」
「何を?あ、ちょっと待って。確かエルフ教に染まると貢いじゃうのよね?ニーニャ、お金は?半分に分けてたと思うけど、あれどうしたの?」
「お金ですって?そんなものに縛られてるから幸せになれないのよ。全部アルバ様に献上したわ。でも大丈夫。衣食住は全てアルバ様の元、平等にみんなに配られるから」
何してんのよ!
どうやらすっかり全部毟り取られてしまっているようだ。これは正気に戻った時にお説教ものである。この異世界で旅をしてきて、お金の大事さ切実さっていうのを嫌という程私は実感したのだ。




