第18話 『嫉妬の鏡』
鏡は今度はクレマンを映す。鏡の中のクレマンは蔑んだ表情を見せた。
『コレガ王族ノ血ヲ引イテルダナンテ信ジラレナイ。私ガオ慕イスルノハシルヴィ様ノ方デス。シルヴィ様デアレバ、インウィディアトシテモ上手クヤレタデショウニ』
「ほら。クレマンもそうなんだ。優しくして見せてるけど、本当は私のこと疎ましく思ってる!」
クレマンは驚き口をパクパクと開閉していた。これは『嫉妬の鏡』で、摩訶不思議な力があるのも本当なんだろうけど、この鏡の力って本当に本心を見ることなんだろうか?
だって私は『人魚の涙』を奪っちゃえなんて思ってもないし、クレマンもアデライドよりシルヴィの方を慕ってるようには思えない。それでも鏡はそう映している。
「アデライド様、落チ着イテ下サイ。マサカコノクレマンヲ疑ッテイルノデスカ?」
「疑うんじゃなくて。実際に見えちゃってるのよ、この鏡で。私は誰にも必要とされないんだ…」
アデライドは悲しみに頭を垂れる。どうしたら分かってくれるだろうか。その時、イザークが口を開いた。
「分かった。ならそれが我々の本心なのだな」
「イザーク!?」
「我々の本心とやらは分かったが、一方的に見るのは不公平だ。お前の本心も見せてみろ」
アデライドの本心…
随分な言い掛かりだし、そんなことを言われてもアデライドは眉をひそめるだけだった。
「私の本心なんて見て、それでどうするって言うのよ」
「どうともしない。ただ不公平だと言っているだけだ。こちらの本心を勝手に見て責めるのならば、自身の本心も晒すのが筋じゃないのか」
何か策でもあるんだろうか…?
相変わらずイザークは交渉とか対談とかでは大胆な発言が多い。しかし今回はそれが良かったようだ。挑発に乗ってきたアデライドは立ち位置的に一番近くにいた私に鏡を渡してくる。
「そんなに言うなら見てみるが良い。世の中に絶望し、憎み拒絶する私の心を」
私は鏡を受け取った。水中だからか、あまり重さなどは感じない。
アデライドがやっていたように、私はアデライドに向けて鏡を持つ。だから、初め私には鏡に何が映っているのか分からなかった。
『信じられない!』
それは一瞬、誰の声か分からなかった。悲痛でヒステリックで、金切声にも似ていた。鏡を直接見るアデライドたちは、怪訝な表情を浮かべていた。
『許せない!私を出し抜くなんて、許さない!ナイトは私のどうしようもない世話のかかる幼馴染なのに!』
え?何、何なの?
私は何が起こったか分からないまま、固まってしまった。そんな私にお構いなしに、叫びは続く。
『私だけは彼を分かってあげられる。理解してあげられるのに!どんなに夢見がちで爪弾き者でも、私は唯一の彼の理解者なのに!』
「い、いやだ!」
私は何を言っているのか理解すると、硬直から解放され咄嗟に鏡を手放した。水中の為、落ちて割れたりはしないけれど、室内は気まずい空気が流れる。
今のは何?何が起きたの?
「どういうこと…?」
アデライドも訳が分からいというように眉をひそめた。
そこに映ったのはアデライドの本心ではない。聞き間違いでなければ…私の声だった。
「…モシカシテデスガ」
固まる空気の中、クレマンが私の手から放り出された鏡を手に取る。
「コノ鏡ハ確カニソノ者ノ思イヲ写スモノ。シカシ、ソノ思イトハ『鏡ニ写サレタ者』ノ思イデハ無ク、『鏡ヲ持ツ者』ノ思イナノデハ?」
「鏡を持つ者の…?」
「ソウデス。ダカラ先ホドハ、アデライド様ガ我々ハキットソウ思ッテイルノダト思ッテイタカラ、アノヨウナ姿ガ写ッタノデハ?」
クレマンの推測にアデライドは「ウソ…」と小さく呟いた。そしてクレマンは鏡を胸元に抱えアデライドへと向き合った。
「モシソウデアルナラ、アデライド様。ドウゾ今度コソ見テ下サイ。コノクレマンノ本心ヲ」
鏡の中のクレマンは先ほどの蔑みの表情など一片もなかった。ただただ真摯な表情で訴えかける。
『アデライド様。クレマンハアデライド様ガインウィディアデモソウデ無クテモ、オ慕イシテオリマス』
「クレマン…!」
アデライドは感動のあまり涙を浮かべ、その滴が『人魚の涙』としていくつも零れ落ちていった。喜びに頬を染め、信頼の念を持ってクレマンへと視線を向ける。
そんな感動的なシーンで悪いけど、何なのこれは?何だってこんな茶番に巻き込まれているの?
私はクレマンの言葉を信じることはできなかった。その鏡を持つ者の思いって、それじゃさっきの私の言葉が、まるで…
「クレマン、ああ!クレマン!」
ポロポロと惜しげもなくアデライドは涙を流し続ける。『人魚の涙』はいくつも水中を漂っていく。しかし私はそれに手を伸ばす余裕もない。何となくずっとイザークの視線を感じる気がする。ああ、こんな魚人の国になんて来なければよかった。混乱が激しく、私はとにかく気まずい気持ちだった。特にイザークには見られたくないし突っ込まれたくないし疑問を口にしてほしくない。
お願いだから、今の私には誰も構わないでほしい。
「先ほどのことは本当?あの気持ちが、偽りのないクレマンの思いなの?」
「サヨウデゴザイマス、アデライド様。クレマンハ一度トシテアデライド様ヲ裏切ルヨウナ気持チヲ持ッタコトハゴザイマセン」
しかし魚人の2人には今、私の存在は空気のようなものだ。先ほどのことなんて少しも気にしていなくて、ただ2人の信頼を確かめ合っていた。
「それじゃ、シルヴィは?シルヴィと比べて、どう?」
「ソレハ、比ベルヨウナモノデハアリマセン」
「そんな、比べるまでもないだなんて!」
最も、その確かめ合いは多少のズレがあるようだけれど。
確信が持てるけれど、アデライドは多分思い込みが激しい。今もクレマンが自分だけを慕ってくれていると思い込んでいる。しかしながら、クレマンはシルヴィもアデライドも比べたりせずどちらも平等に慕っているつもりだろう。
まあそれは、気づかなくてもいい思い込みだ。これで彼女が私たちに協力してくれればいいのだ。だが、クレマンは強かだった。そうやってアデライドの信頼を取り戻したことを確信すると、さっとひと泳ぎして『人魚の涙』を全て回収してしまった。
そして私とイザークに向き合い、アデライドに向けない冷めた口調で伝えてくるのだ。
「サア、コレデ『人魚ノ涙』ハ確実ニオ渡シガ可能デショウ。アトハ貴方達ガエルフ信仰ヲ何トカシテクレレバ、コチラヲ報酬トシテ、オ渡シデキマス」
すでにルークスリア達がエルフ教の元へと向かっている。今さら約束を反故にするつもりはないが、クレマンはなかなか抜け目なかった。




