第16話 シルヴィ姫
空城は、立派で華やかな城だった。
水上に聳えるその城は、大きな水路とその脇を通る通路から通ることができて、魚人族もその他の種族も入ることができた。クレマンに通された場所は広い応接室で、中央に噴水のようなものがあった。
そこが魚人族が他の種族と話をする時に座る椅子の代わりのようで、そこに1人の美しい人魚が座していた。
「よくいらっしゃいました。私がこのエンヴィレナが姫、シルヴィです」
人魚は美しい長い髪を垂らし、豊満な女体の下に尾ひれを生やしていた。これこそ私の想像していた人魚である。人魚は先ほどまで会っていた魚人たちとは違い、喋りも流暢だった。
「お疲れでしょう。大陸から大陸へと渡るのは、なかなか骨が折れると聞きます」
ニコニコと人の良さそうなお姫様だ。私たちに座るよう促すと、シルヴィはなおも話しかけてくる。
「エルフ族が訪ねてくるなんて、一体いつ振りでしょう」
「突然の訪問、すまなかった」
ルークスリアが頭を下げるとシルヴィは首を横に振る。先ほど会った魚人とはえらい違いである。何となく面食らっていると、クレマンが「シルヴィ様、シルヴィ様」と小声で囁きかけた。
「マズハ用向キノ確認ヲ」
「それもそうね、ごめんなさいね私ったら。とりあえず、まずはあなた達が訪ねてきた理由をお聞きしましょうか。何しにいらしたんですか?」
「実は、わらわ達は頼みあって来たのだ」
「頼み?奇遇ですね、こちらも頼み事があるんです」
パッと顔を輝かせるシルヴィ。うーん、頭を抱えるクレマンを見ると、多分このお姫様がのほほんとしすぎてるだけな気がする。先ほどの魚人を見て、何となくエンヴィレナも他国同様に私たちのことは歓迎ムードでないだろうと思っていた。その理由については分かりかねているけれど、もしかしてシルヴィからの頼み事を聞いたら分かるだろうか。
「それじゃ、お互いに頼み事を聞き合えばいいわね」
「そちらの頼み事というものが何なのか分からぬが…どうしても抜き差しならない理由があり『人魚の涙』が必要なのだ。これを譲ってはいただけないか」
「あら」
シルヴィがルークスリアから『人魚の涙』と聞いた瞬間、困ったようにクレマンを見た。クレマンはしばし沈黙した後、シルヴィに「大丈夫デショウ」と告げた。
「そうね、クレマンがそう言うならきっと大丈夫。こちらの頼み事は…」
「待て待て、待ってくれ。きっととは、どういうことだ?そんな曖昧では困る」
さすがに慌ててルークスリアが止めると、やはり困った顔でシルヴィは小首を傾げた。
「そうは言われても、『人魚の涙』は特殊だから」
「その特殊と言うのは?」
「『人魚ノ涙』ハ、一代ニ1人シカ作リ出スコトガデキナイノデス。今代ハ代替ワリヲシテ、妹姫ノアデライド様ノミガ感涙シタ時ニ作リ出スコトガデキルノデスガ…」
のんびり屋のシルヴィの代わりにクレマンが説明してくれた。そうか、それじゃアデライド姫に頼まないといけないのか。しかし何だか歯切れが悪い。
「シカシナガラ、アデライド様ハ今、水城ニ引キコモッテ出テイラッシャイマセン」
「え?引きこもってる?」
何それ、困るんですけど!
「どうにか会えないんですか?」
「だから、あなた達が私からの頼み事を聞いてくれたらきっとアデライドも出てきてくれるわ」
本当か?
と言うか、一体私たちに何を頼みたいって言うんだか。
「それにエルフが関係してくることなんだし、あなたもエルフの女王をしている身なら他人事じゃないはずよ」
「エルフが?」
「そう。私からのお願いは、エルフ教を何とかしてほしいってことなの」
エルフ教って…
一度、人族領トルペの港にて出会ったことがある。エルフを崇拝する狂信者だったような。
「今、ココカラ西ニアル人族領『オルヒデーエ』ニテ、エルフ教ノ教エガ広ガッテイルノデス。ソレガ、狂信者ヲ増ヤシ財ヲ巻キ上ゲ勢力ヲ拡大シテイル。魚人族ノ中ニモソノ毒牙ニヤラレル者ガ多ク、コノ国カラ財ガドンドンエルフ教ニ流出シテイッテイルノデス」
「何それ?その人がどの宗教に属そうと、それは本人の意思に寄るんだからどうにもならないんじゃないの?」
クレマンの説明に思わずと言った感じでニーニャが突っ込む。クレマンはしかし頷かない。
「アナタ方モエルフ教ニ染マッタ者タチヲ見レバ分カリマス。アレハ異常デス。特ニ、アル女性エルフガコノ大陸ニ流レツキ教祖ニ納マッテカラコノヨウナ事態ニナッタノデス」
「そのエルフ教をどうにかしたら、『人魚の涙』をくれるのね」
うーん、交換条件か。ここは引き受けない訳にはいかないのかな。
しかしそこで反対したのはイザークだった。
「信用できない。本当にそのエルフ教のことを解決したら『人魚の涙』を譲ってもらえるのか」
「もちろんよ!アデライドは、お父様とお母様がエルフ教にハマってしまったせいで水城に引きこもっちゃったんだもの!」
「え?」
お父様とお母様って、この国の王様とお后様ってことだよね?それって大分危ないよね。国の王様とお后様が率先して信仰していれば、そりゃ魚人たちも歯止めがきかないよね。
「お父様とお母様が元に戻れば、きっとアデライドもまた外に出てきてくれるわ」
シルヴィはそう信じてやまないというように、言い切った。しかし、イザークは簡単には承諾しなかった。
「それが交換条件だとしても、せめてその妹姫とやらにまずは直接会わせてほしい」
「そうね、確かに本人からの了承も得ておきたいよね」
「ソレハ構イマセンガ…」
よし、決まりだ。しかしルークスリアは意見が違うようだった。
「そちらはマーガレットたちに任せよう。わらわは先にそのエルフ教を見に行きたい」
「そっか、同じエルフだもん気になるよね」
「あぁ、そのエルフ族はこの大陸に流れ着いてきた者のようだし…」
ルークスリアには先にオルヒデーエに行き動向を探ってもらうことにした。勿論一人で行かせる訳にもいかないので、私たちは二手に分かれることにした。
「それじゃ、私とイザークは妹姫様に会いに、ルークスリアとニーニャ、カルヴィンはオルヒデーエに向かっていてね」
そうして、私たちは3人を見送りアデライドに会うことになった。
しかし彼女は水城の中。水城は空城と違い水の中に沈んだ城である。そこにどうやって行けば良いのか、そこが問題だ。
「風の魔法を使う」
イザーク師匠にこれまた魔法を伝授してもらうことになった。
今回使うのは風魔法で、元々は風を身体の周りに纏わりつかせて素早さを上げる効果を持つ魔法のようだ。風で素早さの補助をし、動きやすくなるっていう魔法のようで、今回はその応用版らしい。
しかしながらこの魔法がかなり難しかった。と言うのも、ずっと継続して自分の周りにこの風を纏わせていないといけないからだ。しかもこの風も、水が自分の方に入ってこないようにある程度の質と言うか強度と言うかが必要になる。
結局私ではこの魔法は使えず、イザークにかけてもらって水の中に潜ることになった。




