第15話 二つの城
また元の世界の夢を見た。
私たちがまだ中学に上がるほんの少し前のこと。
「ねぇ、本気で言ってるの?」
冷たい声音が問いかける。その言葉が向けられている××は気まずそうにしていた。
「おかしいんじゃないの、私たち来年にはもう中学生だよ?」
「ウソつき××。妄想と現実の区別がついてないんだって」
「知ってる?そういうの、『痛い』って言うんだって。お姉ちゃんが言ってた」
クラスメイト達は××を責める。私は丁度教室に入ってくるところで、その女の子たちを止めた。
「止めてよ、××は昔からこうだけど、みんなに迷惑かけるようなことはしてないよ」
「舞ってば、ご近所さんだからっていっつも庇って」
「優しいよね、舞は」
舞って誰だ?
そうか、私か。何だか久しぶりすぎて違和感があった。
舞は、優しい?
「××のことは、私が見てなきゃ心配なんだもん」
××って誰?私の放っておけない幼馴染。
私が見ててあげなきゃ、彼は…
***
空の旅はカルヴィンに負担をかけたが、私たちは大いに助かった。
カトライア大陸に行くまで、いくつかの無人島に上陸し休憩しながら向かった。数日かけた海上の旅は、新たな大陸に着くことで終わりを迎える。
エンヴィレナは不思議な国だった。
魚人族領なので、もちろん魚人たちが住まう国だ。そして彼らは魚人なので、生活圏は水中になる。しかしながら交易だったり他種族との関わりのため、水上にも施設があるのだ。だから水中の町と、水上の観光地との二層構造になっている国だった。
まずは入国審査のため手続きに向かったが、手続きのためのカウンターの向こう側は水で溢れていた。その水中から半身を出して対応してくれるのは魚の鱗に全身が覆われた人型の魚人だった。人魚かと思ったが、彼女には足があった。
「みんな、足があるんだね。尾ひれになってるかと思ったのに」
「それは人魚でしょ。人魚なんて王族しかいないって話だから、早々見られないんでしょ」
ニーニャが教えてくれた。そうか、私が想像している上半身人間で下半身が魚って言うのは人魚のことを指すのか。普通の一般的魚人は、人の姿に魚の鱗が生えているか、もしくは魚に近い姿に手足が生えているようだ。
受付の魚人族は喋りにくそうに口を開いた。
「観光デスカ?」
水中で暮らす彼女たちはあまり水上の生活には慣れないようで、喋るにも一苦労だ。私だって水中で話してみろって言われても困ってしまうし。
でもファンタジーな世界なんだから、舐めるだけでエラ呼吸と肺呼吸を変えられる飴だったりとか、着るだけで水中でも酸素が確保できる服だったりとか、そういうものは開発されていないんだろうか。いないんだろうな。結局この世界で不思議な力を持っていたのは『ゴールデンイーグルの羽根』と『魔女の秘め事』くらいだった。
「いや、エルフ領ラスタリナから来た。王とお会いしたい旨を鳩兵隊を派遣して伝えていたが、話は通っていないか?」
ルークスリアが前に出て問う。
結局、ルークスリアがエンヴィレナに行くと決まった時、折れた老は緑の狼煙を上げエンヴィレナに鳩兵隊を派遣していた。ラスタリナの女王が訪問するのだから、一報入れないのはまずいのだ。私としても早くナイトの所に向かいたいし、話を通してくれるのであれば大歓迎だった。
しかしルークスリアの言葉を聞いた途端、魚人は顔を歪めた。
「エルフ…」
「そうだ。聞いていないか?」
「…聞イテル。シルヴィ様ノトコ、通セト」
あからさまに態度の変わった魚人族に、ルークスリアも戸惑う。
「何か問題か?」
「アナタ、エルフ。ココニ来ル理由、分カラナイ」
「エルフだと何かあるのか?」
魚人族は暫く無言でルークスリアを眺めたが、「別ニ」とぶっきらぼうに呟くと上司に報告に行ったようだ。
「母様が女王として国を治めていた時は、友好的な関係だったはずなんだが…」
ルークスリアがしょんぼりと肩を落とす。実はこの部分、ウォーレン老も懸念していた。ここ最近になって、友好関係にあった魚人族と溝ができているというのだ。その理由がエルフ族からはさっぱり分からないらしく、それもあってウォーレン老はルークスリアを行かせたくなかったらしい。
しばらくして受付の魚人族が戻ってきた時、一緒に連れてきたのは魚類に近い見た目をした男だった。
「初メマシテ。クレマン、申シマス」
クレマンと名乗った魚人は私たちを連れお城まで案内してくれることになった。ついでに観光もと言われ、私たちは国をゆっくりと見物しながら進むことになった。
二層構造のこの国は異世界に慣れてきた私でも物珍しい光景が広がっている。
上の町は観光区域、下の町は居住区域と呼ばれているようだ。私たちは観光区域をゆっくりと回ってみた。道は基本水上の上にたくさん伸びる橋のような形で、店と店なんかを繋いでいる。その橋から下を覗けば魚人たちの住む居住区域を見ることができた。
観光区域はさすが、他の種族が来ることもありこの国の名産やお土産を売る店がたくさん点在する。一度『人魚の涙』を模したお菓子を本物かと思って飛びついてしまったが、さすがに高級品はそう簡単には売っていないようだ。
「コノ国ハ見テノ通リ、上ノ区域ト下ノ区域ニ分カレマス。実ハ城モ同ジクナノデス」
「城も?二分してるってこと?」
「ハイ。我々ハ『空城』と『水城』ト呼ビ分ケテイマス。ソシテ『空城』ハ姉君ノシルヴィ様が、『水城』ハ妹君ノアデライド様ガイラッシャイマス」
町だけでなく城も分かれるのか。何だかややこしくなりそう。
「本日ハ皆様ヲ空城ニオ連レスルヨウ仰セツカッテオリマス」
空城…姉のシルヴィ姫がいる城か。
まぁ、水中で呼吸のできない私たちは水城には行けないだろう。なら当然、呼吸のできる上の区域にある空城に呼ばれるのは当然とも言えるか。
「クレマンさんは、空城で仕えてるんですか?」
「イエ。ドチラノ城ニ仕エルトカ、ソウイッタ分ケ方ヲシマセン。我々ハ王家ニオ仕エスルノミデス」
カッコいいんだけど、だけど…!
私はクレマンさんを見ながらそっと気づかれないように両腕を摩った。
獣人族領に行った時は平気だった。彼らは人に近い獣人もいれば、獣に近い獣人もいた。それでも獣に近い…例えばスコットみたいな、人型より獣に近い二足歩行の狼でも違和感なく接せられた。
それが、魚類だと何だか生理的に受け付けなくなるのは何でなのだろうか。
私は鳥肌の立った腕をさり気なく摩りながら、クレマンさんについていくのだった。




