第14話 新しい杖
私たちはエンヴィレナを目指すことになった。エンヴィレナはカトライア大陸という別の大陸にある国のため、移動がかなり長距離になる。
船に乗れるような資金もないため、私たちはカルヴィン頼りだ。彼は少し渋い顔をしたが、何とか承諾してくれた。
「数日猶予をもらいたい。長距離飛行をするのであれば、少し体力を温存したいのだ」
カルヴィンはそう言って深い眠りについた。竜人族は寝溜めができるらしい。2、3日眠って、起きたら出発することになった。
「お姉ちゃん!」
カルヴィンを待つ間、私を訪ねてくれる人がいた。しかし、知らない同い年くらいの女の子だ。女の子はニコニコしながら親しげに話し掛けてくる。
「久しぶりだね!」
「えっと…?」
「マーガレット、この子はエスターだ」
エスター!?
エスターって、あの小さかったエスター?ルークスリアは特に驚きもなく教えてくれたが、エスターは以前会ったとき10歳くらいの少女だった。それが今は私と同じくらいの年齢に見える…
「やはり若い者の成長はあっという間だな」
「いや、数年会ってなかったとかそんなんじゃないんだよ?こんなに大きくなってるなんて…」
「エルフの成長速度は人族と違う。人族で言うところの10代後半から20代の見た目でいる期間が長いのでな。その前後は驚くべきスピードで成長するのじゃ」
ウォーレン老に説明をもらい、そう言えばそんなこと前にも聞いたようなことを思い出した。しかし、知り合いの子が実際こんなに急成長を遂げていると気持ちが追い付かないものだ。
「どうしたの?お姉ちゃん、エスターのこと忘れちゃった?」
「いや、忘れてなんかは…」
同い年の見た目なのにお姉ちゃん呼びされることには大分違和感を感じてしまうけれど、話してみるとやっぱり彼女は私の知るエスターだった。
「ねぇ、ちょっと来て!」
「わ、ちょっと待って!」
エスターは私の手を取り突然走り出した。着いていくと、そこはご神木の根元だった。
ハイノを探す時も近づいたけれど、ご神木は相変わらずどっしりとそこに根を張っていた。ここから魔女が生まれたというが、いまいち実感は湧かない。そもそも、それは神話というか、まことしやかに語られた噂というか、そういうものに過ぎないのだ。
「お姉ちゃん、手を出して」
「なに、どうしたの?」
私が素直に手を差し出すと、エスターは私に一本の杖を手渡してきた。それはゴツゴツとして少し歪で、不格好な形をしていた。
「杖?」
「お姉ちゃん、上見える?」
「上?」
「あそこ。この杖はね、ご神木の枝が落ちてきてその枝から私が削り出して作ったの」
残念ながら人族はエルフほど目が良く無いようで、エスターが指した先を私は見分けることができない。しかしこの杖はご神木からエスターが作ったらしい。
驚いてエスターを見ると、彼女は嬉しそうに笑っていた。もう自分のことを名前で呼ばないし、無邪気な姿は大人びたものに変わってしまったけれど、エスターの笑顔は変わらないものがあった。
「ある日、散歩をしていたらこの枝が落ちてきたの。拾ったら、お姉ちゃんのために杖を作るんだってどこからともなく声が聞こえてきたの」
「声?」
「そう。私、杖なんて作ったこと無かったし杖を伝って魔素が流れるようにする技術なんてなかったけど、これはご神木からのお告げなんだって思ったら作れる気がして!」
それでこんなに興奮しているのか。私は手に握ったその杖をじっくり眺めてみた。ドワーフ族が作る繊細で優れた杖ではないけれど、エスターが丹精込めて作ってくれたのならそれ以上の価値がある気がした。
「ありがとう、エスター。ちょうど持ってた杖が壊れちゃったところだから、とっても助かる」
「そうなの!?それじゃ、きっとご神木はそれを分かって私に枝をくれたんだよ!」
エスターはさらに興奮しきりだった。
「きっと、お姉ちゃんにはご神木からの祝福があるんだね」
ご神木から?なぜ?異世界からの異端者だから?
でも何でも良い気もした。エスターが作ってくれたのだから、今度は大事にしたい。残念ながら前のものは熱狂的執着という魔法道具に破壊されてしまったのだから。まさか製作者が自ら破壊してしまうなんて皮肉なものだ。
***
魚人族領へ向かうメンバーについてだが、私、イザーク、カルヴィンは決定していたが、他にも2人名乗りを上げてきた。
「姫、お戯れも大概になされよ!」
ウォーレン老が必死に止めるのをツンとして聞き入れないルークスリアと、意外なものだがニーニャだった。
「人族領ダーリエにて理解されたのだと思っていた。まだ姫には外交はムリなのじゃと」
「確かに、これまで外交は老頼りであったため、ダーリエでは人王に良いようにされてしまった。しかしならばこそ、もっと見聞を広げ、わらわ自身がエルフ以外との関わり方を知らねばならぬのだ」
ルークスリアはそう言って聞かなかった。これはウォーレン老が折れることになるのではないだろうか。それよりも私が気になるのはニーニャだった。
「ニーニャ、着いてくるの?」
「…」
ニーニャは無言で頷いた。今後について、戻ってきたニーニャとミラに説明をしたらニーニャは一緒に行くと言い出したのだ。一体、ミラとどんな話をしてきたんだろうか。喋らないニーニャの隣にいるミラに答えを求めるように視線を向けると、彼女はニコニコと動じていなかった。
「大丈夫だよぉ。ニーニャはヤケクソになってる訳じゃないからねぇ」
「そうなの?」
「別に、もう大丈夫よ!魔族について、もう少し知ってみようと思っただけ。それがミラのためになるかもしれないし。だから私も着いていくんだから!」
元気が戻った様で何よりだ。話を聞いていたナンシーがニーニャに歩み寄る。先ほどのやりとりを見ていただけに緊張したが、ナンシーは「気を付けて」とニーニャの手を取った。ニーニャとナンシーも仲直りできたようだ。
「誰が着いてきても構わないが、遊びに行く訳ではない。カトライア大陸は俺も行ったことがない。何があるか分からないから、その覚悟だけはしておいてくれ」
イザークが忠告する。魚人族なんて初めて会うし、一体どんなところなんだろうか。
早く『人魚の涙』も手に入れて、ナイトのところに行きたい。ナイトが今、一体何を考えているのか。ちゃんと会って話ができれば、何もかも上手く解決してくれるんじゃないかって気がするのだ。
明日にはそろそろカルヴィンが目覚めるだろう。私は逸る気持ちを抑えながら、出発を待つのだった。




