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目覚めると、携帯電話のアラームが鳴るにはまだ早い時間だった。
ベッドから起き上がり伸びをする。秋らしい色合いの絵が躍るカレンダーが目に入った。
日々の繰り返しばかりだと時間が過ぎるのなんて早いものだ、と言い聞かせる。
もう一度時間を確認して、何をするにもまだ余裕がある、とパソコンの電源を入れた。
特に何かしようと思っていなかったせいか、自然とあのサイトへアクセスしていて我ながら苦笑ものだ。
だが、投稿する小説は書けていない。閲覧数か、あわよくば評価が増えているかという期待を込めて作品管理の画面へ向かった。
この半年ぐらいで作品数は五つ。できるだけ質の高い小説を書こうとすると時間がかかるのは仕方ないことだ。――と自分を肯定しても、納得いくはずはなかった。
閲覧数は微増。評価は変化無し。ため息も出ないままテンプレートの表紙が並ぶ画面から戻り、次に向かったのは大輝のユーザーページ。
自分だけ約束を守っていないのだからよくないのは分かっていたが、その罪悪感にはもう慣れていた。
軽すぎるクリックの感触とともに作品画面が開く。僕はそれを見てストレスを溜めるだけだ。
この半年の大輝の作品数は僕の倍。どうしてこんなに早く書けるのかという疑問しか浮かんでこない。
質は僕の方がまだ上だろうけど、けど。
――クソッ。
ページを閉じたのと同時にアラームが鳴り響く。
苛立ちを肩代わりさせるように荒っぽくそれを止め、ベッドへうつ伏せに倒れ込んだ。
ぼさぼさの髪をさらにかきまぜ、それでもどうしようもなくて、仕方なく制服を手に取った。
朝食を食べる気分にあまりなれず、そこそこで席を立つ。
「いってきまーす」
いってらっしゃいの声は無い。
自分の席に着いても気分は下がる一方で、授業中だろうとそうでなかろうとうるさいクラスメイト達に苛立ちが募っていく。
小説を書きたいと思っていても、こんな環境で集中なんてできない。教科書もノートも筆記用具も出そうとせず、僕は机に頭を乗せた。
やる気を出すつもりはなかった。むしろ、できることなら自分の部屋で小説を書いていたかった。それか静かな環境で本を読みたかった。
そのどちらもできないなら、ここで休息を取って英気を養う方が建設的だ。
僕は半ば必然を感じつつ眠りに落ちた――
「おい、起きろよ康弘」
「あ……もう授業終わってた?」
ぼんやりとした頭のまま周りに視線を巡らせると、弁当を取り出して楽しそうに喋り合っているグループがいくつか目に入った。
「寝すぎ」
「だな」
大きくあくびする。目の端に涙が浮かんで、シャツの裾でそれをぬぐった。だるい。
「今日も学食か?」
伸びをしながら頷くと、大輝は僕の肩をパンと叩いた。
「よし、そうこなくちゃな」
へらへらと笑う大輝の顔を見て思う所はあったものの、何も言わず食堂へと向かう。
中は既に、一瞥しただけでは空席を見つけられないほどだった。少し遅れて入ってきたせいだろう。席を取りに行くのは面倒だった。
「……僕は食券を買っておくから席取っておいてくれ」
「あー、分かった。オレはカツ丼な」
大輝は軽い調子でそう言うとテーブルの間を縫って進んでいき、隠れるのに丁度いい太さをした柱の向こうへ消えてしまった。
僕はそれを見送ってから、食券を買うために券売機へ向かった。前に並ぶ数人を心の中で急かしながら一番後ろに並ぶ。
並んでいる間に何を食べようか考えていたが、結局大輝の注文に引きずられるようにカツカレーを買っていた。
カウンターに置かれた二つのカツメニューを両手に持つと思っていたより重く、これは席を探す方が楽だったかもしれないと後悔しながら大輝の姿を探した。
「おい、こっちだこっち!」
背中側からの声に振り返ると、丁度二人用のテーブルに陣取っている大輝が見えた。適当に返事を言いつつテーブルの隙間を抜け、ようやくといった調子で席に着いた。
「サンキュー」
「にしても、混みすぎだな」
感謝の言葉を聞くのもほどほどに、ため息をついて頬杖をつく。
「だから、お前が寝すぎだったんだって」
小気味いい音をさせながら割り箸を割ると、その先を僕に向けてくる。僕はぞんざいに謝りながら金属のスプーンを手に取った。ひやりとしていた。
「ところで」
僕が一口目を口に運んだ所で、大輝が気持ち興奮した様子で声をかけてくる。
「小説のことなんだけどさ」
予想していたはずなのに、口の中のものをよく噛む前に驚いて飲み込んでしまった。仕方なく合の手を入れる。
それに応じてから、大輝が続けた。
「昨日さ、初めてコメントもらったんだよ……!」
噛み締めるような声音だった。二口目を運ぼうとした手が止まる。
「へぇ、すごいな。なんてコメントだったんだ?」
急に重くなったかのように、スプーンがゆっくりと皿に収まる。目を見ることができなかった。
――コメントなんて、僕は一回も……。
「んーと、簡単に言うと『まだまだ下手だから頑張れ』かな」
その言葉にパッと顔を上げると、照れたようにはにかみながら頬を掻く大輝が目に映った。
僕は静かに、ぎこちなく目を逸らした。
「そうか、そうか」
その言葉の先を見つけるのにどれだけ時間をかけたのか、感覚の麻痺した僕は分からなかった。
「まだ始めたばっかりだしな」
やっと出た言葉も、どこへ転がっていったのか。
言葉を継ぐ必要を無くすために二口目のカレーを頬張った。香りも味も無く、ただ辛いだけの気がした。
「そうだよなー」
そう言って、大輝は頭の後ろで手を組む。しかしすぐ、身を乗り出すような勢いで椅子から背を離した。
「でもさ、お前はオレより早く始めてるしコメントももっともらってるよな」
心臓が跳ねた。
まただ。またこの感じだ。
「まあ、な」
唾液が出ない。代わりに水を飲むと、胃の中で食べた物が腐っていくようだった。
「どんなコメントだよ?」
大輝の声音は純粋な興味だけだ。悪意なんて無い。分かってる。
波立ち始める心を無理に抑える。
「それを言うとさ、比べちゃうだろ?」
笑顔を貼り付ける。本心を隠すために。
「もう言っちゃったものは仕方ないけどさ、競争の素になるからそういうのは止めようって前にも言ったし」
スプーンを手に取る。冷め始めたカレーを掬おうとすると、小刻みな震えが伝わって小さな音が何度も鳴った。
大輝は不満げな表情を浮かべたままだったが、僕が食べるのを再開したからか箸を持った。
それからは二人とも黙ったままだったせいで、周囲の喋り声が酷くうるさく思えた。




