10
夢を見ずに寝ることができた。
大輝にいろいろと話したお陰だろうか?
それとも、自分の部屋じゃないからだろうか?
分からなかったけれど、大輝のお陰なのは間違いなさそうだった。
親友だから、だよな。
「あ、起きてる」
大輝がこちらを見て大きなあくびをする。
僕は昨日眠りに落ちた格好から上体だけを起こしていた。
大輝は伸びをしてベッドから降りると、ジャージを脱いで制服を手に取った。
「学校、行けるか?」
シャツに腕を通しながら大輝が訊く。
昨日教室で感じたものを思い出して、首を振った。
「そうか」
しばらく黙々と着替えていた大輝が、ゆっくりとそう言った。
その途端に、情けない気持ちが溢れてきた。
「やっぱり行くよ」――でも、そう言うことはどうしてもできなかった。
怖いという気持ちに似ているけれど、少し違う。
嫌いなものを口の中に入れた時のような、本能的な拒絶。
そんな感覚が邪魔をした。
俯いて頬を一度叩き、タオルケットを持って立ち上がった。
ある程度に畳んでベッドに置くと、大輝は「気にしなくてもいいのに」と笑った。
「つい、な」
釣られて僕も薄く笑った。
「で、とりあえず家に戻るのか?」
軽い調子で聞いてくるが、端々に心配の色が見えるようだった。
「うん。そうする」
そうするしかないから、という言葉を辛うじて飲み込んだ。
大輝は眉根を寄せて少し納得していなさそうな表情だったが、自分の鞄を掴むと部屋のドアを開けた。
「鞄忘れるなよ」
また忘れるところだった。
隅に置いてある鞄を取り、大輝の後ろについて部屋を出た。
顔を洗ってリビングへ行くと、朝ご飯の用意がしてある。
目の端でそれを見て、早く出ようと声をかけた。
「ありがとうございました」
「あれ? 朝ご飯食べていかないの?」
おばさんが驚いたように言うが、僕の方が驚いた。
「そんな、そんなに気を遣ってもらわなくても……」
「気にしなくていいのに」
大輝が笑いながら脇を小突く。
「いや、でも」
「若いんだから遠慮しないの」
あまり何度も断ると、返って失礼だ。
僕は静かに頭を下げた。
「ありがとうございます」
全員椅子にかけたところを見計らって、自分も座り、手を合わせた。
「いただきます」
ぼそり、と呟くように言って目の前に並べられたものを見るが、食欲はあまりなかった。
様子を窺うように顔を少し上げる。
三人は時々他愛もないことや、テレビから流れるニュースについて話しながら、楽しそうにしている。
余計に食欲が無くなっていくのを感じながらも、目の前に置かれた分は平らげた。
「ごちそうさまでした」
食器を引くおばさんの顔は笑っていたけれど、僕はこの不快感が顔に出ていないか気になって、すぐに立ち上がった。
おじさんが先に出ていく。
いってらっしゃい、という温かい声が僕の疎外感をさらに煽る。
ここも僕の居場所じゃない。
おじさんもおばさんも優しいけれど、あくまで他人に接する優しさなんだ。
椅子の背に手をかけたままぼんやりとテレビの画面を見る。
この辺りは曇りのち雨のマークだった。
と、突然誰かが後ろから肩に手を置いた。
思わず払いのけて振り返ると、大輝の面食らった表情がそこにあった。
――何をびびってるんだ……。
取り繕うように慌ててまくし立てた。
「ごめん。ぼーっとしてたからびっくりして」
「オレの方がびっくりしたよ」
そう言って少し笑った。
「そろそろ行こうぜって言おうとしただけだよ」
時計を見るように視線で促がされた。
見ると、確かにそろそろ出た方がいい時間だ。
「ありがとうございました」
「いえいえ。また来てね」
おばさんに頭を下げて鞄を掴み、行ってきますと言いながら玄関へ向かう大輝を追った。
後ろから行ってらっしゃいという声が追いかけてきたが、僕を通り過ぎた。
外に出て空を見上げると、灰色の雲に青空は塞がれて、街全体が窮屈に縮こまっているように見えた。
エレベーターで一階まで下り、駐輪場までついていく。
その間、僕は何を話せばいいのか分からからなくなっていたのでじっと黙っていた。
「じゃ、行くわ」
大輝が自転車に跨る。
「ん、おう」
伏し目がちに手を振ると、明るい笑い声が返ってきた。
「あんまり落ち込むなって! オレがいるから大丈夫だっての!」
大輝はそう言うと、手を挙げて走り去っていった。
少し元気をもらえた気がして、自分の家へ帰る気になれた。




