↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/13

9

 ただならぬ気配を感じたのだろうか、大輝は何も言わずに頷いてくれた。

 心が震えているせいだろうか足元が確かでない僕を、大輝は時々気遣いながら家まで連れて行ってくれた。

「康弘君じゃない。どうしたの?」

 大輝の後ろに続いてドアを潜り、二人一緒に居間へ顔を出すとおばさんが僕にそう言った。

「こんな遅くに、どうしたんだ?」

 何度か見たことあるだけだったが、おじさんは僕のことを覚えてくれていたようで優しく声をかけてくれた。

 でも、今から言うことはちょっと唐突だし、それに断られたら、断られたら……。

 心臓が胸の中で激しく打つ感覚や粗くなった呼吸に、手がじっとりと汗ばんだ。

 なのに、その手は氷水へ浸したように冷たかった。

 色々なものを、吐き戻してしまいそうだった。

「あの――」

「ごめん、言い忘れてたんだけどさ、今日康弘を泊める約束してたんだ」

 大輝が後ろ頭を掻きながらあっけらかんと言い切った。

 僕は唖然として大輝の顔を見つめた。

 大輝は僕に一切目を向けなかった。

「そうだったの? 次からはもうちょっと早く言ってね?」

「はーい。康弘、行こうぜ」

 そう言って、大輝は僕の肩にポン、と手を置いた。

 そして、さっさと自分の部屋の方へ歩いていく。

 僕は大輝の両親に会釈して、後を追った。

 部屋に入りドアを閉める。ガチャン、という音がしたと同時に腰が抜けてしまった。

「お、おいおい大丈夫かよ」

 パソコン前の椅子に座ってこちらを見る大輝に手を横向けて振り、「気が抜けただけだから」と言って、かすかに震える息を長く吐いた。

 しばらくドアにもたれたままでいたが、不意に大輝が声をかけてきた。

「で、どうしたんだよ?」

 顔を上げると、さっきと同じ体勢のままこちらを見つめていた。

――話した方がいいのだろうか?

 その目線から逃げるように目を逸らす。

――でも、話したところで何かが解決するわけではないだろうし、それに、大輝に無駄な心配をかけてしまうかもしれない。

 横目で様子を見る。大輝は少しだけ腰を浮かせて座り直したところだった。

――言うだけで楽になるって話はよく見聞きするけれど、本当にそうなのかも分からない。

 手に視線を落とすと、蠅のように落ち着きなく動かしていたことに気付いた。

――むしろ、今こうやって大輝の部屋にいること自体迷惑なんじゃないか?

 腰が浮きかけて、止めた。

――いや、ここは迷惑賃代わりに話すべきなんだろう。……多分、そうなのだろう。

 大輝をチラリと見てから、正面の本棚を眺めるようにして声を出した。

「僕の両親が離婚してて、父さんがいないのは知ってるよな?」

「ああ」

「その後再婚したのも知ってたか?」

「小学校を卒業するか、って頃だよな」

 大輝も目線を外して、パソコンの画面をぼうっと眺め始めた。

 あの頃を思い出しているのかもしれない。

「じゃあ、その義父が――DV、してたことは?」

 大輝の眉がピクリと動いた。そして、しばらく間を置いてから答えた。

「初耳だ」

 かすかに語気が強くなっていた。

 僕は、なるべく淡々とした口調を心がける。

 今ですら、動悸と、嫌な汗が肌にまとわりついているような不快感があった。

「そのDVってのが大きな音を立てるだけだから、僕自身DVなのかよく分からなくてな。あと、詳しい理由は分からないけど、僕がDVされ始めた頃から母さんは僕を無視するようになってきた」

 ご飯は作ってくれるんだよ、不思議なことに。と茶化してみるが、あまり効果はなかったらしく、大輝は難しい顔でキーボードを睨んでいた。

 顔を正面に向け直した。

「それで、今日初めて叩かれた」

 左頬に痛みがぶり返したような気がした。

「汚い人間、とか言われたよ」

 自嘲の笑いが漏れたが、震えをごまかすためだったのかもしれない。

 大輝はただ深く深く息を吐いた。

 そして、笑顔を浮かべた。

「大丈夫。きっと明日には元通りさ」

 でもその声は、怒っているようにも、泣いているようにも思えた。

「さて、今日はもう遅いし、寝るか」

 パソコンの電源を落とし、膝をパン、と叩いて立ち上がる大輝。

「ああ、うん」

 僕も立ち上がろうと思ったが、ベッドが一つなのでそのまま床に寝転がった。

 フローリングはひんやりと冷たかった。

 クッションを引っ張ってきて枕代わりに頭の下へ敷いた。

 大輝はそれを見て僕にタオルケットを放り投げると、電気を消した。

 暗闇の中で大輝は着替えているのか、ごそごそと衣擦れの音がする中、僕は気を失うように眠りへ落ちていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。