↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/15

第六話「終点」?

電車が揺れて、ハルトは冷たい窓にこめかみを預けた。トンネルの灯りが流れていく。十二時間の待ち時間、面接、四問目……頭は空っぽで、濡れた上着みたいに重かった。


(終点だ。少しくらい、目を閉じてもいい)


彼は目を閉じた。


夢の中は、田舎町の古いアパートだった。冬で、暖房はほとんど効いていない。枕の上、すぐ頭の横で、トラ柄の猫が丸くなっている。


「チャタ、どけよ……」と、幼いハルトがつぶやく。


チャタはどかない。小さなエンジンみたいに大きく喉を鳴らして、マフラーのように頭に巻きつき、ざらざらの舌でつむじを舐めはじめた。


夢が飛ぶ。古いモニター、唸るパソコン、画面は十フレーム。ハルトはマウスを握りしめる。最終ラウンドだ。


「またゲームか!」廊下から父の声がした。「宿題は誰がやるんだ?」


「あと一戦だけ……」


「いつも『あと一戦』だろ!」


台所で母がため息をつく。父は、ゲームなんて電気代の無駄だとぼやく。それでもチャタだけは、膝の上で温かく静かに寝ていた。勝っても負けても、気にしないのはチャタだけだった。


(チャタだけは、どうでもよかったんだ)


「お客さん。終点ですよ」


目を開けると、制帽をかぶった年配の駅員が立っていた。


「あ……すみません」


「いえいえ」駅員はうなずいた。「みんな寝ちゃうんですよ。おやすみなさい」


ハルトは電車を降り、肩が鳴るほど伸びをして地上に出た。家までは歩いて十五分。夜の空気は、雨と、どこかの窓から漂う焼きそばの匂いがした。


(履歴書は書いた。電話番号も残した。あとは、俺にはどうにもならない)


部屋は狭い。ワンルームに、床の布団と低いテーブル、それにノートパソコン。それ以上は要らなかった。


靴を脱いで冷蔵庫を開ける。帰りにコンビニで何か買ってもよかったが、今日はそんな気分じゃなかった。昨日の残りのご飯、卵、少しのネギ。もう遅いから、軽い夕食でいい。


料理は好きじゃない。でも、嫌いでもない。一人暮らしが長い人間ができる程度に、できるだけだ。


フライパンで卵が音を立てるあいだ、考えは勝手にシフトのことへ戻っていった。クローク、コート、知らない人の香水の匂い。どう始めたのか、前はどうで、今はどうなのか。


それから、人事のあの二人のこと。


(たぶん、あの二人にきつく当たりすぎたな)


卵を返す。


(まあ、言いすぎた。たぶん俺が悪かった。でも、今さら何も変わらない)


食べ終えると、すぐに皿とフライパンを洗い、テーブルを拭いた。毛皮のコートがかかったハンガーを運び慣れた筋張った腕は、いつも通り落ち着いて動いた。


布団に腰を下ろし、ニュースを開く。


ブーッ。


通知。もう一つ。そして着信。


「影山さんですか? 派遣会社の者です。遅くにすみません! 急なシフトで、今夜なんです。都心のイベントで三時間、時給も上乗せです。終電に間に合わなければ、タクシー代は主催者が出します。お願いできませんか?」


ハルトはメッセージの金額を見た。悪くない。


(また? 嘘だろ)


次のシフトは三日後。食べるものはまだある。余分な金は、余分にはならない。明日は夜まで寝ていられる。


「……分かりました。行きます」


住所は歌舞伎町だった。高層ビルの上層階にある「NEO TOKYO」。ネオン街を見下ろす、看板もポスターもない内輪のパーティーだ。


通用口はビルの横、目立たない灰色のドアだった。ハルトはインターホンを押した。


「派遣のスタッフさんですか?」ドアの向こうで女性の声がした。「少々お待ちください、主催の者です。今ご案内しますね……」


ドアが開く。


「こんばんは、あなたが……」


言葉が喉で止まった。


そこにいたのは佐倉ミオだった。きっちりまとめた髪に、手にはタブレット、胸には「主催」の名札。その肩の後ろから、ユイが顔をのぞかせた。


「……あなた!?」


ハルトは一瞬固まった。それから、口の端がわずかに上がった。


「わあ。すごい偶然ですね」


「待って」ユイがまばたきして、ミオを見た。「この人? あの人?」


ミオはゆっくりタブレットを下ろした。


「スタッフは派遣会社に頼んだの」と、彼女は小さく言った。「社長に今夜を任されて、契約も私がした……でも、名簿までは見ていなかった」


彼女はハルトを見つめた。名前しか書いていない履歴書。十二時間の待ち時間。四問目。その男が今、制服姿で、肩にバッグをかけて通用口に立っている。


ハルトは軽く頭を下げた。


「影山ハルト、クローク担当です。どこに立てばいいですか、佐倉さん?」


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。