「ミックス」
投稿の下についた青いリアクションは、ロックのものだった。
一分後、メッセージが来た。
「いい書き方じゃん」
「誰も返事してこない」とハルトは打った。
「すぐには来ないって。お前は投稿を貼っただけ。ドアをノックしたわけじゃない」
ハルトはもう一度ノートパソコンを開いた。彼の投稿はとっくに上へ流され、その下には他人の投稿が並んでいた。「LFT|デュエリスト|18」「LFT|サポート|20|夜オンライン」
「なあ」と彼は書いた。「もし誰かと組んで仕事を始めたら、この投稿は消さなきゃいけないのか?」
「なんで」
「だって……もうチームにいることになるだろ」
「お前がいるのはミックスだ。チームとは違う。LFTはlooking for team、チーム探し中って意味。契約がないうちは、お前はフリーエージェント。どこかと組んでても、投稿は残しとく。そうすりゃ、他のやつらにもまだ空いてるってわかる。ここじゃみんなそうしてる。誰も怒らない」
「もし怒られたら?」
「じゃあ、そいつらはハズレってこと」
ハルトは小さく鼻を鳴らした。
「あと」とロックは付け足した。「マネージャーのことは、俺はさっぱりわからん。俺は選手だから。行けって言われたところに行くだけ。だから、そっちの世界のことは自分で調べろ。ここにいて、読んで、知り合いを作れ。誰がどんなふうに書いてるか、見とけ」
「お前のダチは? LFTを見てるって言ってたよな」
「ああ。送っとく」
「そいつ、どこのチーム?」
「ミックス。見りゃわかる」
ロックはそれ以上、何も書かなかった。
ハルトは自分でその友人を探してみた。#LFPをさかのぼり、適当にいくつかプロフィールを開いた。ニックネーム、地域のタグ、赤、黄、灰色。このなかの誰がKuroganeの選手と知り合いなのか、わかるはずもなかった。四万人。その全員が、その「誰か」でありえた。
(まあ、いい)と彼は思い、二度目にノートパソコンを閉じた。
(・・・)
00:47
ロックはKuroganeの寮のベッドに寝転がり、天井を見ていた。スマホの光が顔を照らしている。
彼はDMを開いた。
「Elma」
最後のメッセージは一か月前のものだった。「金曜、一戦やろうぜ?」ロックは、あのとき返事をしなかった。
「生きてる?」と彼は書いた。
返事はほとんどすぐに来た。エルマは寝るということを知らない。
「おお! ロック! あのロックが俺にDM! どういう風の吹き回し?」
「お前ら、マネージャー欲しがってたろ」
「欲しかった。今も欲しい。でもどこで見つけんの? まともなやつはうちには来ないし、払う金もない」
「一人いる。新人。ランクは五千位くらい。ゲーム歴は長くて、試合が見えるって言ってる。経験のためなら、タダで働くってさ」
「タダ⁉ マジで?」
「マジ」
「そいつ、まともなの?」
ロックは少し黙った。あの試合を思い出した。自分は一言も書かなかったチャット。アイコンの白い髪。
「まとも」と彼は書いた。「試してみろよ。いじってみろ。どうなるか見とけ」
「オッケー! 連絡先ちょうだい!」
ロックは送った。
それからスマホを胸の上に置き、考えた。(自分たちで探すのは面倒くさい。そこに、できあがった人間が来る。しかもタダで。あいつには経験、こっちにはタダの手。せいぜい弾よけでもやってろ。生き残れたら、使い物になる)
彼は横を向き、眠った。
(・・・)
08:12
ハルトのスマホに、通知がひとつ残っていた。
ロック:「お前の連絡先、ダチに送った。Elmaってやつ。向こうから連絡来る」
ハルトはそれを二回読み直した。それからサーバーのメンバー一覧を開き、「Elma」と打ち込んだ。
黄色の名前。Semi-Pro。タグはJP。アイコンは、剣を持ったアニメの女の子。
(なるほど。こういうやつか)とハルトは思った。
13:36
ちょうど昼飯を温めていたとき、メッセージが届いた。
「やあ! ミックス『Hollow Crown』のキャプテン、エルマです! ロックから聞いたよ、マネージャーやれるとこ探してるって! ちょうどうちも欲しかったんだ! とりあえず今夜九時に通話するから、みんなと顔合わせしよう! ポジションは空いてるから、細かいことはそのとき話そ!!」
ハルトは、三つ並んだ感嘆符を見つめた。
「わかりました」と彼は返した。「連絡ありがとうございます。ロックから少し聞いてます。やってみましょう」
「最高!!! じゃあ夜に!!!」
スマホを置いて、ハルトは気づいた。今まで一度も、誰かとパーティーを組んでプレイしたことがない。知らない人間のいるボイスチャンネルに入ったことも、一度もない。八年間、このゲームのなかで彼はずっと一人だった。彼と、古いパソコンと、カクカクする画面だけ。
それが今夜、ヘッドホンのなかに、知らない声が五つ入ってくる。
(・・・)
21:00
チャンネルの名前は「Hollow Crown|ボイス」だった。
ハルトはそれを押した。接続の小さな音がした。
「おおおっ!」いきなり誰かが叫んだ。「来た! こいつだ! マネージャー!」
「エルマ、叫ぶな」と二つ目の声が言った。落ち着いていて、少し眠そうな声。「今入ったばっかりだろ」
「叫んでない、喜んでるの!」
ハルトはマイクをオンにした。
「こんばんは。影山ハルトです。ハルトでいいです」
「ハルト!」エルマは手を叩いたみたいな声を出した。「よし、じゃあ順番に! 名前、ランク、ロール! 俺から、キャプテンだからな! 江間涼太、ニックネームはElma、ランクは四千くらい、IGLやってます。つまり俺が指示出す係!」
「指示を出すのはこいつ」と眠そうな声が言った。「で、いちばん下手なのもこいつ」
「キャプテンはいちばん上手くなくていいんだよ! キャプテンは引っぱるもんなの!」
「引っぱってく先は、だいたいリスポーン地点な」
誰かがマイクに向かって吹き出した。
「はい、次」と眠そうな声。「月城悠真。サポート。ランクは三千くらい。大会のルールを読んでるのは、たぶんここで俺だけ」
「霧島颯太!」三人目は早口で元気だった。「スモーク、二千五百! マップで何も見えなかったら、それ俺のせい!」
「鷹宮蓮」四人目の声は低く、短かった。「デュエリスト。千二百」
ハルトはわずかに眉を上げた。千二百。ロックといっしょにいたロビーで見た連中に、もう近い数字だ。
「で、九条湊」最後の声は、少しだるそうだった。「スナイパー。千三百。蓮に百位抜かれてて、こいつ毎日それ言ってくる」
「毎日じゃない」と蓮が言った。
「毎日だろ」
ハルトは、互いの言葉に割りこみあう彼らの声を聞きながら、黙っていた。千位台が二人、真ん中に二人、そして四千位のキャプテン。いちばん声がでかい。いちばん強いやつが指示を出すんじゃない。いちばんやりたいやつが指示を出している。
(おもしろい)と彼は思った。
「で、ハルト!」またエルマだ。「なんか質問ある?」
「今はないです。まずは、みんながどうプレイするか見たいので」
「それだ! 正しい!」エルマは大喜びだった。「じゃあ最初の仕事! 明日、練習相手を探してきて。スクリム。同じくらいのレベルか、ちょっと上のとこ。できる?」
ハルトは、スクリムをどこで探すのか知らなかった。誰に、どう連絡すればいいのかも。そのための専用チャンネルがあるのかさえ、知らなかった。
「できます」と彼は言った。
「最高!!!」
悠真がマイクの向こうで小さくため息をついた。これまでにマネージャーを何人か見てきた人間のため息だった。
ハルトはサーバーを開いた。四万人。そのどこかに、明日の対戦相手を探しているチームがいるはずだ。
彼はチャンネルをスクロールしはじめた。
(つづく)




