第九話 黒い波紋
春の風が吹く、ある日。
県内では、会派の県大会が開催されていた。
龍彦は、部活の大会が重なっていたため、今回は出場していなかった。
数日後――操や他道場の仲間達から、智久のもとへ連絡が入る。
「晶が、大会で揉め事を起こした」
内容は衝撃的だった。
――同じ会派の、あまり面識のない他道場の先生の胸ぐらを掴んだ。――
なぜ、そんな事になったのか。
その経緯は、徐々に明らかになっていく。
胸ぐらを掴まれた相手は、智久の友人でもある宮林力。宮林の息子の試合で、それは起きた。
試合終了直後。
晶の知人選手が、宮林の息子に対して
「今、“バーカ”って言われた」
と訴えたのだ。
しかし、晶は以前から宮林を快く思っていなかった。過去に対戦した際、その試合スタイルが気に入らなかったのである。
つまり晶は、最初から絡む理由を探していた。
後に判明するが、宮林の息子は実際にはそんな発言をしていなかった。相手側の虚偽だった。
にもかかわらず、晶は確かな証拠も無いまま、宮林本人や妻に詰め寄り、謝罪を要求した。
周囲は思った。
――流石に、次の大会には来ないだろう。
だが、晶は平然と現れた。
龍彦の事件から、既にかなりの時間が経っていた。そして、あの日を境に、晶の評判は確実に落ち続けていた。
ある大会の日。
審判をしていた智久のもとへ、晶が歩み寄ってくる。
「お、ようやく話しかけてきたな」
智久は、少しだけ嬉しくなった。
だが、晶が口にした言葉は、予想外のものだった。
「安倍さん、次の試合、審判外れてください」
次の試合は、宮林の道場と白鳥道場による団体戦決勝。
智久は元々、白鳥道場側の立場として審判を外れるつもりではいた。
だが、その瞬間、理解した。
「あの野郎……」
晶は、明確な悪意を持って声を掛けてきたのだ。
自分と揉めた宮林の道場。そこに、宮林と親しい智久が立つ事を嫌がった。
――ついに、俺にまで敵意を向けてきたか。
智久と晶の溝は、さらに深まった。
同じ大会で、操の様子もどこかおかしかった。
話しかけても、まともに返事をしない。
時には睨みつけるような目を向け、見下すような態度すら見せた。
その時、智久は思い出す。
小学生時代、操に対して抱いていた違和感を。
そうだ。
操は、究極の八方美人だった。
――三つ子の魂百まで。
性格というものは、そう簡単には変わらない。
きっと、長いものに巻かれたのだろう。
晶主催の練習会にも参加しているらしい。
だが、なぜそこまで晶にべったりなのか。
まだ尻尾を掴めていない、“黒幕”の存在が影響しているのだろうか。
どちらにせよ、操もまた、スメアキャンペーン側に加わっている事だけは間違いなかった。
智久が最も懸念していたのは、晶の持つカリスマ性だった。
肩書き。実績。圧倒的な強さ。
そうしたものに惹かれ、自分や子供の利益だけを求める人間達が集まってくる。
そして彼らは、都合よく誰かを悪者にし、新たなスメアキャンペーンを作り出していく。
もしかすると、それはもう始まっているのかもしれない。
晶は、もはや智久の知っている晶ではなかった。
智久が昔、晶を可愛がっていた理由。
それは、彼の優しさだった。
かつて、自転車で龍彦を迎えに行ってくれた日の事を、智久は今でも忘れていない。
だからこそ、余計に苦しかった。
そして、智久は決心する。
「もう、あの連中とは関わらない。距離を置く」
晶が帰ってきてから、態度を急変させた人間達。
影響力のある人物に媚び、誰かを村八分に追い込む。だが、その本人がいない場所では、平然と友達のように振る舞う。
信用してはならない人間達だった。
そして――
智久という標的を見失った晶の取り巻き達は、次なる標的に、信じられない人物を選ぶ。
白鳥道場の代表。
白鳥隼人、その人だった。
灰原や金城は、一部の子供達を連れ、晶の母校で行われる練習会へ参加するようになる。
さらに、晶が始めた“塾”と称する道場にも通い始めた。
道場代表である白鳥を無視し、暴走を始めたのである。
晶自身も、育ててもらった道場へ反発を見せ始めていた。
自分が興味を示さない基本練習や形の時間になると、後ろで父兄と談笑したり、スマホを触ったりしている。
だが、組手の時間になると急に参加する。
その態度を問題視した白鳥は、ある時から練習内容を、基本と形中心へ変更した。
当然、晶はそれを面白く思わなかった。
態度はさらに悪化していく。
そして父親の黒田春夫も、同様に不満を抱いているようだった。
勝手な行動を続けていた灰原も、白鳥から叱責を受ける。
だが、その叱責を反省ではなく、“恨み”へ変えていった。
こうして積み重なった溝は、やがて白鳥道場そのものを、大きく揺るがしていく事になる。
この作品には、作者自身の経験をもとにした描写が含まれています。
ただし、登場人物名・団体名・設定・時系列などは、作品として再構成したフィクションです。




