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第六話 何かが起こる前兆

道場は、少しずつ、おかしな空気に包まれていった。周囲の態度も、どこか噛み合わなくなっていく。


灰原と金城の息子は強かった。さらに、昔から道場にいた龍彦の先輩の弟も同学年だった。学区こそ違ったが、この三人は皆、大きなタイトルを獲得していた。


そして、智久の友人・節子の息子も同じ学年だった。入門は遅かったものの、センスは十分にあった。


大会や遠征のたび、配車を決めるのは灰原だった。普通なら、同じ学年同士で固める。


だが灰原は、節子の息子だけを智久の車に乗せ、他の選手たちは灰原と金城の車へ振り分けた。


明らかな仲間外れだった。


灰原自身、自覚していたのか、それとも無自覚だったのか。どちらにせよ、周囲には見えづらい形で行われるそのやり方は、やはりダークトライアド的な性質を感じさせた。


そんなある日、智久は白鳥先生と飲み屋で向き合っていた。


娘の咲良が、他流派へ入門したこと。そして、灰原を中心にした、見えづらい圧力について。


智久は、それらを静かに打ち明けた。


さらに、龍彦の今後についても話した。


「中学で空手部に入っていますし、龍彦は道場を辞めようかと思っています」


白鳥は、静かに口を開いた。


「ほう、なぜだい?」


智久は、少し間を置いて答えた。


「僕がこのまま道場にいたら、道場が真っ二つに割れる気がするんです」


白鳥は、すぐに返した。


「だからと言って、これまで裏で道場を支えてくれた君が、引く必要はない」


思えば――。


周囲の目が冷たくなり始めた頃も、わざわざ大会要綱を届けてくれたのは白鳥先生だった。


スメアキャンペーンが始まった頃、白鳥先生が何も耳にしていなかったはずがない。年齢的にも、中心メンバーと近かった。


それでも先生は、流されなかった。智久への態度を、一切変えなかった。


恩人だった。


だが、その時、智久の中に別の疑問が浮かんでいた。


――周囲に流されない?


このスメアキャンペーンの黒幕は、本当に灰原なのか?


灰原は、確かに先生方と懇意ではあった。しかし、入門してまだ浅い。しかも、普通の感覚を持つ人間なら、灰原の胡散臭さにはすぐ気づくはずだった。


何かがおかしい。


そんな違和感を抱きながらも、智久は胸の内にしまい込んだ。


話し合いの結果、龍彦はそのまま道場に所属を続けることになった。


別の日、智久は灰原と話す機会があった。


その時、道場を辞めるかもしれないことを伝えると、灰原は真っ先にこう言った。


「俺が辞めさせたって、周りに言わないでくれよ」


――やはり、こいつなのか?


智久が白鳥に相談した理由は、まさにそこだった。


今になって思えば、白鳥は最初から灰原の性格を見抜いていたのかもしれない。だからこそ、公平に接してくれていたのだろう。


それ以降、智久は灰原と距離を置いた。さらに、その同年代の人間たちとも距離を取るようになった。


誰と話しても、全て筒抜けになる。そんな気がしていた。


唯一、道場の相談をしていたのは操だった。


操は聞き上手だった。気づけば智久は、何でも話せるほど信頼を寄せていた。


そんなある日、晶から連絡が入った。


「近々、地元に帰ります。何か仕事があったら紹介してください!」


ついに晶が帰ってくる。


龍彦も喜ぶだろう。智久は期待を膨らませた。


咲良の事情は、すでに他流派の先生にも伝えてある。戻る話も、きっと理解してもらえるはずだ。


だが今、智久の頭にあったのは龍彦のことだった。


その時、不意にある話を思い出した。


――そうだ。空手部の父兄から頼まれていた件があった。


「そうだ……晶に相談してみよう」


智久は慎重になっていた。

子供の頃から信頼していた晶だが・・・。


この手の話は、とにかくデリケートだ。誰に、どの順番で、どう切り出すべきなのか。


久松監督か。学校か。それとも晶本人か。


何が正解なのか、まるでわからなかった。


そして最初に連絡したのは、晶だった。


「晶、ちょっと相談があるんだけど……」


「実は、龍彦の学校のコーチが辞めることになったんだ」


「もし興味があるなら、監督に晶を推薦したいと思ってる」


すると晶は、すぐに答えた。


「興味あります。よかったら紹介してください」


智久は念を押した。


「わかった。でも、こういう話ってデリケートだろ?」


「誰から切り出すべきかも迷ってるんだ」


「とにかく、帰ってきたら真っ先に連絡ちょうだい」


「監督に紹介したいと思う」


「それまで、絶対に誰にも言わないでほしい」


晶は答えた。


「わかりました。また連絡します」


だが――。


その後、晶から連絡が来ることはなかった。


「やっぱり興味なかったのかな……。自由にやりたい年頃だしな」


智久は、少し肩を落とした。


龍彦は中学の部活が忙しく、以前ほど道場には来なくなっていた。それでも、部活のない日には、たまに顔を出していた。


そして、ある日の稽古日。


――あの事件が起きた。


この作品には、作者自身の経験をもとにした描写が含まれています。


ただし、登場人物名・団体名・設定・時系列などは、作品として再構成したフィクションです。

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