表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/18

第四話 進む道

悪夢の一夜が明け、翌日の稽古。


退会を申し出た龍彦だったが、先生達に引き止められ、一旦保留となっていた。


その日、少し遅れて道場に伊豆川が現れた。


明らかに様子がおかしい。視線は落ち着かず、どこを見ているのかわからない。


そんなに困るくらいなら、最初からあんな事をしなければいい。


智久は、心の中でそう思っていた。


伊豆川は、小さく口を開いた。


「……昨日は悪い」


だが、その謝罪には中身が無かった。


智久は知っていたのだ。伊豆川が周囲に、「昨日、アイツをシメてやった」と話していた事を。


この時点では、先生達をはじめ、事情を知る大人達は、明らかに安倍家に気を遣っていた。


交通事故で言えば、過失割合は100対0。


それほどまでに、伊豆川に非があった。


だからこそ、誰も強く踏み込めなかったのだろう。


しかし、その大人達も、後にスメアキャンペーンへ加担していく。


この時の智久は、まだそんな未来を想像すらしていなかった。


空手を続けるのは、龍彦自身だ。


事件の日、親子で何度も話し合いを重ねた。


そして龍彦は、最後にこう言った。


「俺……空手は大好きだけど……」


小さく俯きながら、続ける。


「お父さんが可哀想だから辞める」


智久は、この言葉の本当の意味と重さを、龍彦が二十五歳になった時に知る事になる。


子供に向けてはいけない言葉。伊豆川は、それを平然と吐き捨てたのだ。


智久は、龍彦に言った。


「この前の事は、お父さんが我慢する」「だから、お前がやりたいなら続けていいんだぞ」


だが、龍彦は首を縦に振らなかった。


「……じゃあ、太陽学園も無しでいいんだな?」


「うん」


短い返事だった。


智久は静かに頷いた。


「わかった。じゃあ、一つだけ約束してくれ」


「今エントリーしてる大会が三つある」「それだけは、本気でやり切ってくれ」


龍彦は、「わかった」と答えた。


最後の挑戦となる三大会。


会派大会。流派の県大会。そして全国予選。


――会派大会前日。


龍彦は、学校の授業中に足を捻挫してしまう。


今まで大きな怪我などした事が無かっただけに、智久も落胆した。


この足では試合は無理だ。


そう思われた。


だが大会当日の朝、病院で特別に診察を受け、足をテーピングで固めて出場した。


龍彦は、“本気で挑む”という約束を忘れていなかったのだ。


結果は――


会派大会、準優勝。流派県大会、準優勝。全国予選、ベスト8。


十分に、やり切ったと思える結果だった。


それから龍彦は、道場を休むようになった。


いつか改めて話をしに行こう。


そう考えていた、ある日。


一本の電話が鳴る。


「天星高校の久松です」「少し、お話がありまして」


当時、市内の空手強豪校は、有望な小学生選手に積極的に声をかけていた。


久松監督もまた、龍彦の試合を見ていたのだ。


智久は天星高校へ向かった。


「もう、息子はやり切りました」「こちらのお役に立てるような実力もありません」


そう言って断るつもりだった。


だが、久松監督は笑って言った。


「大丈夫ですよ」「うちで強くしますから」


その言葉に、智久は返答できなかった。


後日、弥生が言った。


「もしかしたら、良い方向に進むかもしれない」「一回だけでも、練習会に行ってみようよ」


智久は半信半疑のまま、龍彦を連れて参加した。


初めて経験する“部活”という空気。


かつてライバルだった同世代。優しく接してくれる先輩達。


龍彦は、少しずつ笑顔を取り戻していった。


そして――天星中学校への進学を考え始める。


後日、校長室で進学候補の選手達と顔合わせが行われた。


そこにいたのは、


低学年時代、一緒に全国へ行った県内最強の選手。


一年時、三位決定戦で龍彦を破った選手。


さらに、形で全国出場した実力者達。


県内同学年の“オールスター”だった。


龍彦の目に、再び闘志が宿る。


そして天星中学校への受験を決意し、再び空手の道を歩き始めた。


その年の流派全国大会。


安倍家は、久しぶりに晶と再会した。


晶は高校卒業後、大学へ進学していた。


まだ天星進学が正式決定していなかった頃の事。


晶は言った。


「聞きましたよ、安倍さん」「辛かったですね」


そして続けた。


「大学卒業したら、地元に戻ります」「そしたらすぐ道場を開きます」「龍彦も、妹さんも、自分が見ますから」


救世主のような言葉だった。


龍彦を知る晶が、兄妹を見てくれる。


ようやく、暗闇の中に光が差した気がした。


太陽学園の監督は、伊豆川と親しかった。


その事もあり、太陽学園への進学は白紙となり、龍彦は天星中学校を受験する事になる。


龍彦の世代は、中学でも空手を続ける選手が非常に多かった。


太陽学園への進学希望者も、県内最多だったという。


だが、私学の空手道部は甘くない。


負けん気の強い選手達。熱量の高い保護者達。


衝突など日常茶飯事だった。


それでも――


道場の時とは違った。


ぶつかり合いながらも、少しずつ互いを認め合っていく。


智久は、“雨降って地固まる”という言葉の意味を、初めて理解した。


ならば、あの道場も――


いつか、そうなれる日が来るのだろうか。


智久は、毎日のように考えていた。


この作品には、作者自身の経験をもとにした描写が含まれています。


ただし、登場人物名・団体名・設定・時系列などは、作品として再構成したフィクションです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ