ガチャの現実と『闇の王子』の降臨
氷の嵐の名残である冷たい空気が、ゆっくりと溶け始めていた。
先ほどまでおぞましい姿を見せていたニヴルヘイムの死の森は、今や静まり返った氷の彫刻庭園のように見えた。
俺は立ち尽くしたまま、鳴りやまないシステム画面を見つめていた。
レベルアップの通知は、最終的に「15」でストップした。
ボス級の変異モンスターを単独で倒したことによる劇的なレベルアップだ。完全にデタラメなガチャの景品のおかげだが。
「基本通知を閉じろ。詳細ステータスとスキルの説明を表示してくれ」
目の前の青いスクリーンが点滅し、先ほどよりもはるかに見栄えの良くなった数字の列を再構築した。
【システムステータス】
名前:イシハラ・リュウナ | レベル:15
職業:盗賊 | ランク:E
筋力(STR):25 | 敏捷(AGI):40 | 知力(INT):35
耐久(VIT):25 | 器用(DEX):50 | 運(LUK):1
魔力(MP):120 / 120 | 攻撃(ATK):30 | 防御(DEF):25
[サブスキル]:[スリ(ピックポケット) Lv.2]
[固有スキル]:[GIVIN(解放済)]
ステータスの向上を見て、俺は満足げに頷いた。
敏捷(AGI)と器用(DEX)が急激に伸びている。
これなら、またモンスターに遭遇しても走って逃げることができるだろう。
続いて、先ほど俺の命を救ったイカれた能力へと視線を移す。
「【GIVIN】の詳細を開け」
【スキル:GIVIN】
説明:次元の狭間からランダムに運命のガチャを引く。
消費コスト:200 MP / 1回
排出確率:50%で超大当り(レアリティA〜SSS)、50%で絶対的悪運(デバフ / 外れ)。
備考:初回ガチャはチュートリアルボーナス(MP消費ゼロ)でした。
俺の目は限界まで見開かれた。
数秒間、鯉のように口をパクパクと音もなく開閉させてしまう。
「に、200 MPだと!?」
俺は冷静さを完全に失って叫んだ。
現在の自分の最大MPである「120」をチラリと見る。
もし『チュートリアルボーナス』の注意書きに気づかず、今すぐもう一度あのガチャを引こうとしていたら……。
俺は『マナ枯渇』――強制的にマナを失い、数日間気絶するか、最悪の場合は即座に脳死に至る現象――を引き起こしていただろう。
おまけに、排出確率は五十パーセントだ。
半分の確率で奇跡を手に入れ、もう半分の確率でふざけた不運を引くことになる。
俺はゴクリと生唾を深度深く飲み込んだ。再び冷や汗がこめかみを伝う。
自分がさっき、とんでもない命がけのロシアンルーレットを回していたことに気づき、背筋が凍った。
だが、その驚きは一瞬だった。
極限の精神的プレッシャーのせいか、あるいは、地球にいた頃はずっと心の奥底に封印していた痛い『本性』のせいか。
俺の口角が、ゆっくりと吊り上がっていった。
背筋を伸ばし、右手を上げる。そして、やけに大げさな動作で自分の顎を撫でた。
「ほう……悪くないスキルだ」
意図的に低く、かすれた声を作って呟く。
宙を舞う氷の破片の海の中でゆっくりと体を回転させ、自分が作り出した惨状を、まるで三流の悪役のような傲慢な笑みで見つめた。
「生と死の狭間で、五十パーセントの確率? 割に合う賭けだ。まさかこの能力が、ここまで俺の役に立つとはな」
片手で顔の半分を覆い、指の隙間から片目だけを覗かせる。
「どうやらこの世界も、見方によってはかなり面白いらしい……ああ、実に興味深い。俺を『ゴミ』と呼んで廃棄したクソ女神やあの腑抜けどもが、いずれこの俺の影に怯え、ひざまずく光景が目に浮かぶぜ」
(……なーんて格好つけて言ってみたけど、ぶっちゃけマジで心臓バクバクだわ! 武器もないしチュートリアルもなしで、こんな地獄のど真ん中に放り込まれるとか普通に死ぬ! 早く誰か助けてくれェェェ!!)
森の風が静かに吹き抜け、俺がわざとらしく醸し出している『闇のオーラ』を演出するかのように前髪を揺らした。
正直、俺はこの新しい設定を完全に楽しんでいた。……いや、そうでも思わなければ恐怖で精神が崩壊しそうだった。
しかし、俺の完璧な『闇の王子』のポージングは、視界の隅に突然小さな金色の通知が現れたことで中断された。
【システム通知】:【GIVIN】の使用痕跡により、あなたの魂にアノマリー(特異点)の隙間を検出しました。
【隠しパッシブスキル解放:共鳴 Lv.1】
「ん? レゾナンス?」
俺はスッと手を下ろし、いつもの平坦な表情に秒で戻った。
画面をタップし、その説明を確認する。
【パッシブスキル:共鳴 Lv.1】
説明:使用者の周囲の共鳴波長を同調させます。未達成のアノマリーに基づき、運命の確率(排出率)を上昇させるトリガーとなります。
現在のステータス:非アクティブ(条件が満たされていません)。
俺は眉をひそめ、その文章を何度も読み返した。
「共鳴波長を同調? 未達成のアノマリーってなんだ? なんだよこの説明文? さっぱり意味が分からん」
さらに詳しく調べようとしたが、システムはそれをアクティブにする方法について一切のヒントを与えてくれなかった。
ましてや、このスキルが『他人からの好感度』に関連しているという事実など、この時の俺が知る由もない。
「あー、もういいや。そのうち何に使うか分かるだろ」
俺は肩をすくめ、よく分からないことで頭を悩ませるのをやめた。
「血の匂いに釣られてモンスターが来る前に、さっさとここから離れた方がいいな……コホン。いや、闇の王子は、玉座へ向けて速やかに旅立たねばなるまい」
俺は再び顔を引き締め、汚れた制服の襟を正すと、威風堂々とした足取りで暗い森の奥へと歩き出した。
――とはいえ、モンスターがこっそり後をつけてこないかビビり散らかして、五歩進むごとにチラチラと後ろを振り返りながらではあったが。




