『スティール』の悪用と初めてのジャックポットガチャ
「い、石原くぅぅぅぅぅんッ!?」
ヒメカナの悲痛な叫び声が、大理石の祭壇に反響した。
一人だけ転送エラーで『死の森』へ落ちてしまった惨劇。女神は玉座の上で冷や汗を拭いながら、必死に威厳のある表情を取り繕った。
『コ、コホン! 大変遺憾ながら……イシハラ勇者は、転送の乱れによりお亡くなりになったようです。はい、黙祷! 終了! さあ皆さん、悲しみを乗り越えて魔王討伐へ向かいましょう!』
「ふざけないで!」
ヒメカナが女神を鋭く睨みつけ、声を荒らげた。
「転送の乱れって何ですか!? あなたが神様なら、今すぐ彼を探して助け出せるはずでしょう!?」
「そ、そうです女神様! 頼む、俺を石原のところへ送ってくれ! あいつを助けに行きたい!」
ヨシラも青ざめた顔で前に進み出て、ヒメカナに同調した。
『あー……それは無理ですねー。彼が落ちた『ニヴルヘイムの死の森』は、致死率99%の危険地帯です』
女神は面倒くさそうに手を振った。
『世界を救うSランクやAランクの勇者様たちを、オール一桁のEランク一人のために危険に晒すわけにはいきませーん』
「そんな……! 石原くんを見殺しにするっていうの……!?」
ヒメカナが絶望に膝から崩れ落ちた。
「おい、委員長。女神様の言う通りだぜ」
タカハシ・ヒロが腕を組み、冷ややかな声で割り込んだ。
「あいつの職業は『盗賊』だった。正義の勇者パーティーに、泥棒なんて最初から必要なかったんだよ。運命が彼を淘汰したんだ」
「ヒロの言う通りだ」タツヤも鼻で笑った。
「あんな足手まとい、生きていたってどうせ魔王軍の餌になるだけだ。放っておけよ」
「あなたたち……! クラスメイトを見捨てて、何が勇者よ!」
ヒメカナは涙を流しながら、かつての仲間たちを強く睨みつけた。
『ま、まあまあ! 運が良ければ生き残るかもしれませんし! 皆さんは彼のご冥福を祈りつつ、魔王討伐に向けて頑張りましょうね! はーい、解散!』
強引に場を締めくくる女神。
ヒロやタツヤといった上位陣は「足手まといが消えて清々した」とでも言いたげに肩をすくめていた。
しかし、ヒメカナとヨシラだけは、静かに涙を流し、拳を強く握りしめていた。
(どうか……どうか生きていて……石原くん……!)
***
【死の森】
俺は瞬きをした。
目の前のゴブリンたちが、よだれを垂らしながら、明確な『殺意』を持ってこちらを睨んでいる。
俺の全身の毛穴から、滝のような冷や汗がドッと噴き出した。膝が笑い始める。
「クソッ……着陸したばかりだってのに」
俺は毒づきながら、必死に後ずさった。
俺の筋力(STR)と敏捷(AGI)はたったの一桁だ。逃げ切ることは不可能。素手で戦うなど自殺行為に等しい。
どうする? 武器もない。魔法も使えない。俺にあるのは……。
(俺の職業は……『盗賊』。サブスキルに『スリ(スティール)』があったはずだ!)
俺の目は、ゲーム内のマップを解析するように素早く周囲をスキャンした。
右へ三メートル、先端が鋭く尖った『折れた木の枝』がある。
しかし、遠すぎる。取りに行く間に殺される。
(直接触らなきゃ盗めないのか? いや、試すしかない!)
一体のゴブリンが跳躍し、錆びた剣を俺の首へと振り下ろしてきた。
俺は右手を、三メートル先のあの木の枝の方へと伸ばした。
頭の中で、枝が自分の手の中に収まるイメージを強く念じる。
「スティール(盗め)!」
――シュンッ!
手のひらに、ゴツゴツとした重みが走った。
瞬きする間に、三メートル先の尖った枝がテレポートし、俺の右手の中にすっぽりと収まっていたのだ。
(すげえ! 遠隔でも引き寄せられるのか!)
システムの仕様を理解した俺は、躊躇うことなく、宙を舞うゴブリンの体へ向かってその枝を突き出した。
――ズブッ!
「ギギャァァッ!」
一体目のゴブリンが枝に貫かれて絶命した。
残る二体が激怒し、左右から同時に襲いかかってくる。
俺は枝を手放し、今度は左へ五メートル離れた場所にある『川の石』へと左手を伸ばした。
「スティール!」
石が瞬きと共に手の中に現れる。俺はその石を、左から来たゴブリンの頭に思い切り叩きつけ、頭蓋骨を砕いた。
同時に、右のゴブリンが俺の制服の腕をかすり、傷を負わせる。
ヒリヒリとした痛みに顔をしかめながら、俺は最後のゴブリンの膝を蹴り飛ばした。
(枝や石が盗めるなら……相手の『体の一部』はどうだ?)
俺のゲーマーとしての思考が、極限のパニックの中で残酷な最適解を導き出した。
俺はゴブリンの醜い顔面に向かって手を伸ばし、叫んだ。
「スティール!!」
俺が狙ったのは、ゴブリンの口から突き出た『牙』の一つだ。
――メキッ!!
「ギャギィィィッ!?」
システムによって牙を一瞬にして強制的に引き抜かれ、ゴブリンは激痛に悲鳴を上げてバランスを崩した。
その黄金の隙を突き、俺は落ちていた錆びた短剣を拾い上げ、最後のゴブリンの胸に突き立てた。
――ドサッ。
三体のモンスターが息絶える。
【システム通知】:ゴブリンを3体討伐。経験値(EXP)を獲得しました。
【システム通知】:極限の精神的重圧条件を満たしました。
【システム通知】:固有スキル【GIVIN】が解放されました!
俺はへたり込み、激しく息を喘がせた。
肺が破裂しそうに痛み、冷や汗が額を滝のように流れる。
「ハァ……ハァ……クソッ。たかが雑魚三体で死にそうだぞ……」
しかし、息を整える間もなく、足元の地面が大きく揺れた。
――ズシン。ズシン。ズシン。
前方の木々がなぎ倒される。
現れたのは、銅色の筋肉と巨大な牛の頭を持つ、身長三メートルに達する怪物だった。
右手には、血まみれの巨大な斧が無造作に引きずられている。ミノタウロスだ。
(ボスモンスター!? 冗談だろ!)
圧倒的な威圧感に、俺の体は完全に硬直した。パニックに陥り、立ち上がるために足に力を入れることすらできない。
ミノタウロスは俺を睨みつけると、その巨大な斧を高く振り上げた。
逃げ場はない。枝や石でどうにかなる相手じゃない。
俺は、空中に点灯しているシステム画面を見た。新しく解放されたスキル。
「クソッ、どうにでもなれ! システム、【GIVIN】を起動しろぉぉっ!」
俺はヤケクソで叫んだ。
その瞬間、俺の脳内にベルの音とルーレットの回転音が鳴り響いた。
システム画面が狂ったように回転する抽選ホイールへと変わり――。
――ピコーンッ!!
【GIVIN起動】
排出結果:1x ギビン・ボックス!
アイテムをドロップします……
ミノタウロスの斧が振り下ろされようとしたその瞬間、ニヴルヘイムの森の上の空が裂けた。
光り輝く銀色の巨大な『ギフトボックス』が、隕石のような速度で俺とミノタウロスの間に落下してきたのだ。
――ドゴォォォォンッ!!
巨大な箱が着弾し、怪物の斧ごとミノタウロスの体を物理的に押し潰した。
その箱の上に、目を眩ませるほどのホログラム文字が浮かび上がる。
【ミステリーボックス:レアリティ S+】
内容物:[絶対零度領域 - 広域魔法]
突然、その箱が爆発するように開いた。
中から飛び出したのは、常軌を逸した極低温を伴う、青白い吹雪だった。
氷の衝撃波は瞬く間に半径20メートルを呑み込む。
――ズゴォォォォォッ!!
空気が凍る。木々が凍る。
そして、巨大なミノタウロスも――周囲に隠れていたかもしれない残りのモンスターたちも――数秒のうちに透明な氷の彫刻へと変わってしまった。
爆発の中心にいた俺だけが、スキルによって『術者』と認識されていたため、無傷のままだった。
俺は口を半開きにしたまま、ゆっくりと立ち上がった。
一秒後……。
――ピキッ……パリーンッ!!
ミノタウロスの氷像にヒビが入り、粉々に砕け散ってクリスタルダストとなり、跡形もなく消え去った。
俺のシステム画面が、真っ赤な通知で埋め尽くされ、鳴り止まないチャイム音が響き渡る。
【システム】:ミノタウロス(変異種)を討伐。莫大な経験値(EXP)を獲得!
【システム】:レベルアップ!
【システム】:レベルアップ!
【システム】:レベルアップ!
俺は空中にきらめく氷の破片を見つめ、次に、そのデタラメなガチャを引き当てた自分自身の手のひらを見つめた。
「……マジかよ」
「いくらなんでも、この主人公補正はヤバすぎだろ……」
俺は信じられないといった様子で、一人呆然と呟いたのだった。




